December.16,2006 嫌がらせのとばっちり

        ワイドショーなどで、ときどき目にするのだが、恨みを持っている相手の家に、頼んでもいない出前を届けさせるという事件がある。そば屋や、ラーメン屋、寿司屋、うなぎ屋、それにピザを始めとする様々な宅配業者に大量の注文をして相手の家に届けさせるのだ。陰湿なやり口だなあと思っていたのだが、まさか自分のところがこういう事件に巻き込まれるとは思ってもいなかった。

        去年のことである。夕方に出前注文の電話が入った。B社という会社からだった。ここは、よく出前を持っていっている会社なので、怪しいとも何とも思わなかった。ただ、いつもはお昼の注文なのに、この日に限って夕方だったのが不思議だったのだが、別に疑うことはなかった。注文があったのは天ぷらそばや、鴨南ばんという、比較的高額な商品だったが、普段から高額商品の注文の多かったところでもある。急ぎだとのことだったので、手早く調理して、相手先に出前した。会社に着くと、社員たちが怪訝そうな顔をしている。中のひとりが「誰か注文したか?」と回りに聞くのだが、誰も名乗り出ない。この電話は、B社のIさんだと名乗っていたと説明すると、そのIさんがその場にいた。「いや、私は電話なんてしていませんよ」 これで、この出前の注文は架空のものであることがわかった。Iさんは、これらの出前を引き取ってくださって、回りの社員に好きなものを食べるように言った。

        Iさんとしても、こういう嫌がらせを受ける心当たりがどうやらあったようなのである。そうして、私にこう言った。「恥を曝すようで恥ずかしいんですが、どうも社内に私に恨みを持っている人間がいるようなんです。今度から私の名前で注文があったら、折り返し、本当に注文したかどうか確認の電話を入れてくれませんか」 こうして、この会社からの出前注文は必ず確認の電話を入れなおすという事になった。しかし、それ以降、もう嫌がらせ出前注文は無くなり、そうこうしているうちに、出前注文の電話すら来なくなり、気がついたらこの会社は倒産していなくなってしまった。

        そして先月である。またこの手の電話に引っかかってしまった。今回はまったく今まで出前に行ったことのないYという会社である。住所さえわかれば問題が無いので注文を受けた。今回も夕方時分。やはり高額商品が多い。合計して8000円ほどになるから、もちろん喜んで調理して持っていった。あとから用心しなければいけないと気がついたのは、今回も電話の相手が、「Y社のAさん宛に届けてくれ」と言ったことで、これは怪しまなければいけなかったのだ。ただ、大きな会社だと、入口に着いても誰が頼んだのかわからないので、「誰宛に持ってきてくれ」と指定されることはある。その会社に一回も行った事がないと、どの程度の規模の会社なのかわからない。引っかかってしまったのも無理はない。住所を頼りに届けた会社は小さなビルのひとつのフロアだけを使っている小さな会社だった。仕事に残っている社員も3人程度。「Aさん宛なんですけど」と言うと、Aさんらしき人が「そんなもの頼んでないから、持って帰ってくれ。これ以降もうちが出前を頼むことはないから、絶対に持ってこないでくれ」と言う。もちろん、代金を払う意志は無いと言うのだ。

        料理なんていうものは、他に転売することなんて出来ない。もちろん全て廃棄処分だ。どうやらAさん、どこかの顧客に恨みを買ったらしい。こうなると、せっかく作って持っていったこちらは、その労力も材料費も損をしたことになる。かといって、引き取ってくれとも言えないのが、こちらの立場。

        今回、電話してきた人が、Aさんにどんな恨みを感じたのかは知らない。Aさんに金銭的負担を被らせてやろうと思ったのだろう。しかしだ。現実はどうだ。損害を出したのは、Aさんとも、電話をかけてきた人ともまったく関係のない第三者である。まったく事情を知らないただのそば屋なのだ。電話をかけてきた人は、恨みを晴らすこともできず、何も知らない一軒のそば屋に損害をもたらした。Aさんがどんな悪いことをしたのか知らないが、あなたのやったことは単に犯罪を犯したってことなんですよ。ちなみに、今回のY社は、損害保険の代理店である。この代理店とは私の店とは契約していないが、損害を受けたものの痛みを知る損害保険会社と契約したいものですね。


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