雨属性の悲劇
(続続・大漁丸の悲劇)
標的235「修業開始」より
日本の陸が見えて来た時、スクアーロは正直、ほっとした。
アーロに乗って海を渡るのは、最初は楽しかったのだが、
さすがに一日二日とたつと、何かが違うと気づき始めた。
その上に台風まで来て、さすがに危険を感じたが、
ちょうど大漁丸という船が通りかかり、その船で休むことができた。
イタリアを発つ直前までザンザスの寝室にいたせいで、疲れてもいた。
ザンザスは妙に不機嫌で、いつもより長かった。
そのせいでディーノの飛行機に乗り遅れてしまったが、
そんなことはザンザスにとってはどうでもいいことなんだろう。
相変わらず毎日毎日ものを投げつけられ、髪を引っ張られ、どつかれている。
ボスさんも変わらねえなあ。
スクアーロはため息をついた。
ほんの少しだけやさしくなったり、我慢を覚えたんだと思う瞬間もあるけれど、
やはり我がままで勝手なザンザスだった。
ザンザスが不機嫌なのは今にはじまったことじゃねえ。
だいたいいつでも機嫌が悪いし、
オレはやつのご機嫌取りの仕方なんざ分からねえし。
でも、あいつ、年とってますますエロくなってねえかぁ。
最近なんかやたらと胸はだけたりなんかして、誰に見せる気だ?
そりゃ、オレはその手触りも知ってるから、見たらヘンな気になっちまうけどよ。
女どもはボスをうっとりした目で見てやがる。
強くて精力あふれる男を見たら、誰だってそうなるんだぁ。
ボスは深紅の大陽みてえなもんだから、その炎に触れたものは簡単に忘れられるもんじゃない。
日本の近くまで大漁丸に乗っていたので、最後は楽に来れた。
小さな船だったが、うまいまぐろを食わせてくれたし、
アーロのまぐろもあったみてえだし。
アーロも寝りゃいいのに寝てなかったみたいだぁ。
何でだぁ?
食うのに夢中だったからかぁ?
かなり疲れてるみたいだから、
陸についたからしばらく休ませてやらねえとな。
スクアーロは陸につくと、獰猛な鮫の身体をぽんぽんと撫でた。
「遅かったな!!」
覚えのある声がして、ディーノが匣兵器の白馬に乗って待っていた。
「ゔぉおおおい!! それで来たのかぁ?」
スクアーロの驚きなどかまわずに、ディーノが続けた。
「ヤマモトが待ちくたびれてるけど、お前の事はまだ言ってないぜ。
それにしても、ずい分時間がかかったな!!
オレの後ろに乗って行けよ!! 案内する」
ディーノのふるまいはあざやかで、言葉も歯切れがいい。
そのへんに部下がいるんだなぁ。
ていうか、部下に見張らせてたのかぁ。
相変わらずのへなちょこだぜ。
スクアーロは内心思ったが、
自分のアーロはそろそろ休ませなければならないし、断る理由もなかった。
「アーロ、戻れ」
スクアーロが命じても、鮫はなかなか匣に戻ろうとしなかった。
普段は従順で聞き分けもいいのに、その日は妙に抵抗し、
ディーノに牙を見せている。
「ああ、こいつはへなちょこだ。心配いらないぞぉ!!
敵じゃねえのは知ってるだろうがぁ!!」
スクアーロが声を荒げても、匣兵器のアーロは戻るのをためらっているようだった。
「言うことが聞けねえなら、この場でオロされてぇかぁ!!」
とうとうスクアーロが怒り出し、
アーロはしゅんとなって匣に戻った。
「悪いなあ、跳ね馬ぁ。
いつもはこんなんじゃねえのになぁ」
スクアーロは不思議でたまらない様子だったが、ディーノにはすべてが理解できていた。
「いや、エンツィオだって聞き分けが悪い時があるし、疲れてたんだろう」
スクアーロの匣兵器は有能だ。
自分の主を守ろうとしていただけなのだ。
あの鮫がいなくなったら、ディーノにもチャンスはある。
あの匣兵器の鮫にとっては悲劇でしかないだろうが、
こんなチャンスはめったにないのだ。
ザンザスの元から完全に離れ、無防備なスクアーロがここにいる。
しかも、二人きりだ。
手招きするとスクアーロは大人しくディーノの後ろにまたがった。
「ゔぉおおい!! 本物の馬みてえだなぁ!!」
毛並みを触ったり、馬の身体をなでてたりしている。
馬じゃなくて、その主人を撫でてくれ!!
ディーノは心の中で思ったが、
背中に感じるスクアーロの身体の感触と、長い髪が後ろからさらさら流れてくるのに気づき、天にも昇る心地になった。
「でも、てめえもやっぱり大空属性なんだなぁ」
明るいオレンジの大空の炎を吹き上げるのを見て、スクアーロが言うと、
ディーノが続けた。
「ああ。お前はやっぱり雨属性だよな。
うちのファミリーにはお前のように頼りになる強い雨属性のやつがいなくて困ってるんだ。
もしもの時は、お前の雨の炎の鎮静作用の力を貸してくれ。
いや、一緒にいる時だけでいいんだけどな」
「おお゛、いいぞぉ」
スクアーロがあっさり同意し、ディーノはきらきらした笑顔を浮かべた。
うしろ暗いところなど全く感じさせない明るい笑顔だった。
それを物陰からそっとうかがっていたロマーリオ達は、
思わず握った手に力を込めた。
「いいぞ、ボス!!」
「さすがだ。スクアーロの雨属性と自尊心をうまく利用して、うんと言わせた」
ボスはあの銀の男が相手だとだめなのだ。
誰もがうらやむ容姿を持ち、
その明るい性格で誰にでも好かれる。
あらゆる女や男をこませるのに、スクアーロだけが好きなのだ。
それはもう学生時代からずっと。
部下達もまた諦観の域に達しながら、二人の様子を見守ってきた。
「がんばれ、ボス!! 雨の炎で鎮静してもらえ。性的に」
力の入って来た部下がとんでもないことを口走ったが、
その場にいた男たちは無言でうなずき、そっとその場を離れた。
不器用でへなちょこなボスの初恋が今度こそ実りますように。
忠実な部下たちは心よりそう願った。
ディーノは夢見心地でスクアーロを後ろに乗せていた。
これって、お姫さまを乗せて守るナイトみたいじゃないか?
もちろん、ナイトはオレで、お姫さまがスクアーロだ。
いや、いっそ駆け落ちでもいいか。
このまま二人で逃げるのも悪くないし。
「ゔぉおおい、やけに遠くねえかぁ?」
スクアーロが耳元で怒鳴り、ディーノは思わず耳を押さえた。
「大丈夫だ。今日はお前のためにこの近くで宿をとってある。
たまには日本風なのがいいと思って、数寄屋風というのにしてある」
ディーノはこの日のために、山の中の有名な旅館をまるまる貸し切りにしたのである。
「スキヤキ風? 知らねえぞぉ!! いや、知ってるか・・・。ボスが結構好きだったやつだぁ!!」
スクアーロはそんなに好きではなかったが、
肉や卵、野菜を甘い醤油で味付けしていた料理だったはずだ。
ザンザスは気に入って肉を追加注文していた。
「ザンザスの事は言わないでくれ。今は、オレとお前の二人きりじゃないか」
ディーノがすねるように言い、振り返ってスクアーロを見た。
いつになく思い詰めた真剣な目にスクアーロはとまどった。
何だ?
こいつ悩みでもあるのか?
いつもきらきらして、何の悩みもなさそうなやつなのに。
そういえば、雨属性の部下がいなくて困ってるって言ってたな。
まあ、ちょっとだけなら、解決の手伝いをしてやってもいいか。
手伝うことでどんな悲劇が起きるのかなど、
考えもしないスクアーロはついそう思ってしまった。
昔から、頼られるとついこのへなちょこの望みを聞いてしまうのだ。
雨属性ゆえの悲劇の時が近づいていた。