キャバッローネの悲劇
(続続続・大漁丸の悲劇)
標的235「修業開始」より
ディーノの匣兵器は、明るいオレンジの炎を出しながら、
重厚な門構えの立派な建物に到着した。
「チャオっす。待ちくたびれたぞ」
聞き覚えのある声がして、ディーノは恐る恐るそちらを見た。
「お゛ぉ!! お前かぁ!! 何の用だぁ!!」
青ざめて落胆するディーノの様子に気づかないスクアーロは大声を上げた。
リボーンは素早く耳栓をした。
「リ・・・リボーン・・・」
ディーノは泣きそうな声を出した。
「オレは家庭教師の精だからな。修業の妨げになるようなことは邪魔するんだ」
リボーンはいきなりディーノに飛び蹴りをくらわせた。
「いでで。やめろって!! この前も蹴ったとこじゃねえか!!」
ディーノは懸命にリボーンの蹴りをさけながら、叫んだ。
リボーンにとっては、へなちょこの一番弟子のままで、
いつまでたってもこんな扱いだ。
リボーンの攻撃をかわし、我に返ると、スクアーロの影も形も見えない。
「スクアーロなら、さっさと宿に入っていったぞ。
その匣兵器の馬、いい加減にしまえ。
お前、からまわりっぽいぞ」
あわてて後を追うディーノは玄関口で転んで、したたかに膝を打ちつけた。
「いでででで!!」
悔しさで爆発してしまいそうだった。
「相変わらず、へなちょこだぁ。とっとと立てぇ!!」
宿に入りかけていたスクアーロが文句を言いながらも、
ディーノの腕をつかんで、立ち上がらせた。
「サンキュ・・・」
奈落の底に突き落とされた気分のディーノの目に、ふたたびきらきらした炎がともった。
リボーンはその様子を無言でながめていた。
せっかく、スクアーロを助けてやろうと思ったのに、知らねーぞ。
山本にきちんと剣術を教えることができるのは、こいつしかいないんだ。
今はボンゴレの命運がかかっている時だ。
だからこそ、隙ができる。
それをディーノは知っている。
へなちょこのくせに、策士になったものだ。
ヴァリアーはリング戦での敗北以降、迫力も戦力もかなり増している。
奴らの力はボンゴレには不可欠だ。
スクアーロはボンゴレのものなんだ。
今は、非情事態なんだ。
このオレの目をかすめて事に及ぶことができるなら、
ディーノがもうへなちょこじゃないと認めてやってもいい。
弟子の成長は嬉しいが、そのせいでボンゴレの雨の守護者の修業がはかどらない恐れがある。
山本は10年前のガキだから、そんなに大胆なことはできないだろうが、
若さ故のあやまちというものが起きかねない。
だいたいスクアーロもよくないんだ。
前はただのうるさい奴だったのに、
二代目剣帝になったあたりから急激に妖艶になった。
やれやれどいつもこいつも色気づきやがって、困ったもんだ。
山本はいろいろな意味で、すげーことになるかもな。
運がいいのか、悪いのか分からないけどな。
とりあえず、暇だから邪魔でもするか。
翌朝、わくわくしながら宿の前に立ったキャバッローネの男たちは、
宿の外まで聞こえる大声に肩を落とした。
「ゔぉおおい!! これのどこがスキヤキ風なんだぁ?」
「スクアーロ、スキヤキはお前にはまだ早いぞ。
戦いの前ににスキヤキはふさわしくないことをディーノはまだ分かっていないんだ。
へなちょこだからな。
一流のヒットマンは戦いの前にスキヤキは食べないんだ」
料亭の豪華和風懐石朝食を前に、
スクアーロとリボーンと、魂を抜かれたように座るディーノの姿があった。
「何でだぁ???」
「スキヤキは食材を細切れにしている。
だから、敵を細切れにした勝利の後に食べるのがふさわしいんだぞ」
スクアーロは不思議そうな顔をしたが、納得したようにうなずいた。
「そうかもなぁ。その方が強くなるような気がするぜぇ!!」
なぜ、スキヤキ?
なぜ、戦いの前にスキヤキを食べてはいけないのか?
意味不明なリボーンの論理をスクアーロはあっさりと受け入れている。
スクアーロは確かに凄い剣士だし、見た目もいいし、優秀なのだが、
頭の回路のできがいいとは言いがたかった。
あの傲慢な常識はずれっぷりは、ディーノとは違うところで手がかかりそうだ。
ロマーリオは、額に手を当てて、うなった。
またとないチャンスだったのに、さすがリボーンだ。
われわれの企みは阻止されてしまった。
しかも、さりげなくボスはへなちょこ呼ばわりされている。
いや、われわれが気をつかって姿を消したせいで、確実にへなちょこだったに違いないのだが。
気の毒なボス。
ディーノはうちひしがれて目の前の料理をながめていた。
急に気持ちが引き締まる気がして、外を眺めると、
遠巻きにロマーリオたちが見守っていた。
スクアーロは、箸を使って食べようとしたが、
使い慣れないもので、なかなかうまくつかむことができなかった。
朝から、サシミも少し出ていた。
なんとか箸ではさんだものの、うまく持ち上げられないでいると、
目の前にすっとサシミが差し出された。
ディーノが器用にサシミを箸でつかみ、
スクアーロの口の方に持って来ていた。
「どーぞ。食えよ」
ディーノは後ろ暗い所などまったくなさそうな明るい笑顔を浮かべていた。
「お゛、お゛ぉ」
スクアーロは一瞬とまどったが、
せっかくとってくれたのだと思い、
素直にぱくりと食いついた。
よし!!
ロマーリオ達は、手を握り合った。
まだまだチャンスはある。
がんばれ、ボス!!
リボーンはディーノの様子を見て、少し見直した。
以前なら、ここであきらめていたのだが。
やるな、ディーノ。
なかなかしぶとくなったもんだな。
「フォークを準備してもらったらどうだ?
その方が早く食事が終わるぞ。
一流のヒットマンならそっちを選ぶぞ」
「お゛お゛、気がつかなかったぜえ!!
ゔぉおおおおい!! フォーク持ってきてくれえ!!」
ディーノが何か言う前に、スクアーロが大声を出し、
完璧な接待をする仲居が素早くスプーンとフォークを差し出した。
「食いやすいぞぉ!!」
スクアーロはサシミはフォークで刺し、米の飯はスプーンですくって食べて、満足げだ。
リボーンがにやりと笑った。
ディーノは悔しさに唇を噛み締めた。
「おい、スクアーロ、ヴァリアーの幹部たるもの、
ヴァリアークオリティで、どんな国の料理もその国流に、その国の作法に習って食べるべきじゃあないのか?」
「ゔぉぉぉ、そうかもしれねえ・・・」
ディーノの言葉にスクアーロは困った顔を見せた。
確かにボスの前でこんなことをしたら、殴られる確率百パーセントだ。
完璧を追求するヴァリアーは公の場での作法にはうるさいのだ。
「・・・おまえに言われちゃおしまいだな・・・」
リボーンはため息をついた。
部下が遠慮して姿を消していた昨夜、
リボーンは久しぶりにディーノのスキだらけでドジ三昧なところを見てしまったのだ。
部下の前でしか力の出せない体質は相変わらすだった。
夜はどうなのかは知らねーが。
色事は部下がいなくても結構うまくこなしてるようだ。
スクアーロの奴は、何も気づかずにさっさと寝やがった。
はたから見たら夜這いオッケーにしか見えなかったぞ。
今だって、ちょっとした据え膳状態じゃねーか。
匣兵器を出しておけばいいのに、しまっているし、
暗殺や戦いに関しては文句のつけどころがないのに、
危機管理能力はいま一つだ。
まあ、自分の身が大事なやつがザンザスの元でいられるとは思えねーけどな。
スクアーロはリボーンとディーノをちらりと見た。
「ゔぉおおい、てめえらは、知り合いだから、ここではきちんとしたマナーでなくてもいいだろぉ?」
「そうだ。ザンザスもそうだろう」
リボーンが何食わぬ顔をしてその名を出した。
「ボスさんだって、面倒な時は、きちんとしてねえぞぉ。
わがままだからなぁ、手も動かさねえときがあるぞぉ!!」
リボーンはいかにもといった風にうなずいてみせてから、さらに問いかけた。
「じゃあ、お前が食わせてやるんだな」
「お゛ぉ、その通りだぁ!!
全部、口まで持って行ってやらないといけないんだぁ!!
うまく持って行かないと、殴られるけどなぁ!!」
ディーノの驚愕の表情に気づかず、スクアーロは続けた。
「さすがに他に人がいる時は、しねえけどなぁ!!」
まだまだだぞ、へなちょこディーノ。
オレには勝てると思ったら大間違いだ。
見て見ぬふりをしてやろうかと思ったが、
弟子のくせにオレに正面切って戦いを挑んできたんだ。
どうなっても、知らねーって覚悟はできてるはずだ。
リボーンはにやりと笑った。
「じゃ、その後は、お前を食うわけだな。性的に」
「ゔぉ、何で知ってるんだぁ!!」
スクアーロは顔を赤く染め、大声で怒鳴った。
ディーノはがくりと肩を落とした。
ロマーリオを始めとする部下たちは、流れる涙を止めることができなかった。
かわいそうなボス。
今日はボスの何度目かの失恋慰安会だ。
モドル