Glue-Treatment
BGMは、ハイドンのソナタ 3-1

ニカワの取り扱い方法

HOME


Feb.2003


◇ ニカワって、どんな接着剤? 素材の説明から、溶かし方や使い方、ニカワの特徴を解説
◇ なぜ、ヴァイオリンにはニカワなの? 古来より弦楽器制作現場で使われてきた理由
◇ 貼ってあるニカワのはがし方 リメイクやリペアーの際、どのようにしてニカワをはがすか
◇ ニカワの歴史について えっ、そんなに古くから・・・





ニカワは、洋の東西に関わらず、人類が古くから使ってきたすぐれた接着剤といえます。ヨーロッパでは、木工などに少なくとも4000年以上もの歴史があるといいます。
しかも、木の接着においては、現在の木工ボンドより接着面が強固であることが証明されています。






獣や魚類の、皮や骨、腱や腸などをよく煮た、その液をいったんはこして乾かし、固めたもの。
そう、早い話が魚の煮付けでできる煮こごりなんですネ。
だから、昔からある『三千本ニカワ』などはアメ色で、ちょうど割り箸を折ったりねじってたり、曲げたような形(下の写真)をしています。
ちなみに、一頭の牛皮から三千本取れることから、三千本と呼ばれるようになったという説と、一貫目の分量が3000本ということからという説があります。どちらにしても、日本の伝統的な製法といえます。
ニカワを精製して白くしたものが、プリンなんかをつくるときに使うゼラチン、つまり、タンパク質の一種、コラーゲンが原料になっています。






ヨーロッパの、弦楽器用材料としてあつかっているカタログには、獣のニカワ A (Animal Glue)、骨のニカワ B (Born Glue)、 獣皮ニカワ C (Hide Glue)、ウサギのニカワ D (Hare Glue)、魚・浮き袋のニカワ E (Fish Bladder Glue)などがリストアップされています。
三千本ニカワしかも、ほとんどのものがザラメ糖のようなグラニュータイプシート状にされたもの。
そうしたことからも、あちらのメーカーさんたちは、多分、経験や好みで、単用にしたり、 一定の処方でブレンドして使っているものと思われます。

国産品では、三千本ニカワ(写真・右)という品種がヴァイオリン製作にはいいということから、私はこれを愛用しています。日本画や油絵のキャンバスをつくるときにも使うもので、となり街の画材専門店で買い、いままで使ってきました。
今のところ、安い割には、まったく問題はおきていないし、寒暖・乾湿のギャップが多い日本の風土で育った、日本古来からのニカワが、日本で使う楽器に悪いはずがない、という信念があるからです。 






三千本ニカワの棒状のものは、ほどよく粉砕し、グラニュータイプは そのままで水の中に適量を投げ入れ、しばらく放置。それを60〜70℃の温湯で湯煎します。

筆者は、粉砕するのには電気用のニッパーで適度な大きさにパリパリとちぎるように刻み、そのまま使います。
なぜニッパーかというと、キッチン・バサミ程度のものではそれがなかなか固くて切れず、ニッパーが最適なのです。

でも、使うときには早く溶かして使いたいので、2、3センチにさらに細切れにして、まとめてブラウンの電動コーヒー・ミルで粉砕することも・・・。 この方法だと、ほんの数秒でごま粒程度のグラニュー・サイズに、細かくなります。
コーヒーミルの刃が折れてしまってからは、もっぱらニッパーです。それだけ固いものです。

湯煎には、焼きプリンをつくるときに使う白い陶製の容器が都合いい大きさ。
そして、セラミックだから熱には強く、洗いやすく、ほどよい重さでお湯の中に沈むからです。いろいろ試した結果、そうした利点をふまえ、台所からひとつ盗んで
(亡くなった天国の奥さん、ゴメン)愛用しています。

縁が欠けたような、古い湯飲み茶碗でもいいでしょう。なぜ、縁が欠けたものがいいかって? 
それは、ニカワを塗りつけるための刷毛を、ちょっと立てかけるのに、 割れ目・欠け目があるとそれに突っかかって筆が滑らなくて斜めに立っていて都合がいいからですヨ。

「水ようかん」に使われているような小さな空き缶だってかまいませんが、 お湯の中では軽すぎて浮いてしまい、これだと使いにくいです。湯煎のお湯は、ミルクの空き缶とアルコールランプとの組み合わせた簡単なコンロ?でもいいでしょう。

 どんぶりでお湯をチーンして、湯飲み茶碗を沈めるのでかまいません。結果として「湯煎」になっていればいいのです。

できるだけ100℃の温度計を使い、正しい温度を測って溶かすことをお勧めします。 ぬるすぎても、また沸騰するような熱すぎでも、接着力が大幅に弱まってしまいます。
最適な状態で溶かして使ったものと、そうでないものと、どれくらい接着強度に違いがあるか。それは「日本ニカワ・ゼラチン工業組合」のデータには、次のように表記されています。

「60度で溶かしてすぐに使ったものの強度を100とすると、98度で5時間も加熱したものは、およそ半分程度の強度しかない」 、ということです。

ニカワの湯煎専用器も市販されてはいますが、国産品としてはなく入手は代理店経由か、もしくは外国からの個人輸入ということになります。

写真・右が、電気式の自動温度調整付き、右はアルコールランプ式です。ねッ、これなら空き缶で作れそうでしょ!

ちなみに、お値段は左が132US$、右が100.5US$と、国によってはTAXと航空運賃がそれぞれかかってしまいます。
ジャンク品で熱帯魚のヒーターとサーモがあったら、それを組み合わせて、 ちょっいとサーモのネジ調整で同じ目的のものができますね。
というわけで、「つくり魔」でプロレタリアートの小生は、昔、使っていた電気アンカのニクロム線とサーモ、 それに、プリアンプ用のアルミ・シャーシを使い、廃品利用でほとんど0円でつくりました。 その写真入りの詳細は
こちら→

さて、水とニカワの溶かす最適な比率は、というと、私はどちらかというとラーメン屋のオヤジよろしく、 いたって目検討派。

経験則だけで適当にやり、比率を正確に計ったことがありません。というのも、ヴァイオリン制作においては、各工程で貼る面積も違い、使う量も異なるからという理由がひとつ。
また、何度も溶かしたり固めたりした「再生品」より、新規に溶かした方が接着力が優れているという理由から、 できるだけその都度、使う分だけ溶かすようにしているからです。最初は、無駄にしてもしょうがありませんから、水・大さじ2、3杯程度、ニカワは小さじ一杯程度でお試し下さい。それくらいの量があれば、たとえば裏板、表板の中央の接ぎ合わせにくらいに、楽に使えますヨ。

 
溶かしてから、サラサラしすぎて薄すぎないか、ボトボトして固くて濃すぎないか、 これでは、いずれも最強の接着力が得られません。
薄すぎると、弱くてはがれやすいし、濃すぎるからといっても決して丈夫な接着面にはなりません。
丁度、ウスター・ソースがアメ色の半透明だったら・・というような、 トロトロくらいの濃度がいいでしょう。サラサラだったら、温度をかけたまま、水分だけを蒸発させるためにしばらく放置します。
ほんの10〜20分もしないうちに、どんどん水分が蒸発して、濃くなっていくのが分かります。
目測して、トロトロになってから使います。ドロドロだったら、水
(お湯でも可)を適量、加えて薄め、トロトロにします。

その後、あるメーラーさんから、特売で買った『酒の電気燗つけ器』が、『大きさといい、 温度も具合がいい』、ということをうかがいましたから、追記しておきます。
筆者は飲まないので、そんなものがあることすら気がつきませんでした。 m(_ _)m
使



さて、今度は接着の実践ですが、貼る前に、貼る方、貼られる方の両面をチェックして下さい。
ニスが染みているとか、油汚れのようなものが付いていないかどうか、 また、凹凸があってもいけません

ニスは耐水性ですから、水溶性のニカワはしみ込みませんから、それだけ接着面が弱まります。これは、スクレーパーで軽く削るか、溶剤などできれいに拭き取ります。
同様に、電動工具などの油汚れも、ペイント薄め液やベンジン、あるいはシンナーなどで拭き取っておきます。

凹凸がいっぱいあると、接着面・全体の「面による接着」ではなくなり、両面の凸部だけがくっついている、その「点だけの接着」になってしまいます。
面接着

これは、カンナやペーパーで、スクレーパーでならして平らにします。つまり「面での接着」「点の接着」か、 これは、だれでもどちらが丈夫か常識で判断できますよね。

◇ 焼き入れ 〜 貼る方、貼られる方の両面、ストーブの熱気やヘヤードライヤーなどで、あらかじめ温めておきます。

私たちは、この動作のことを 焼き入れとか焼き込みといっています。温めておくということは、冷めにくく、温度が下がって、固まりはじめるまでの時間が延びるので、 作業もしやすく、安定した接着ができるからです。また、素材が暖まっていると、熔けたニカワの水分を、木がすっと吸収してくれます。

このことは、やはり、木の表面の上辺だけではなく、表面下の細胞の中まで、ニカワがくいつくようになるのでしょう、 より強力な接着面を形成してくれるものだと思います。





上述したように、ともかくヨーロッパでの長い歴史があり、過去の、多くの名工たちがこぞって使ってつくった楽器が、現在まで使い続けられているという事実。

また、現在のボンドでは、剥がして修理をするということは全く考えられませんが、剥がそうとして熱を加えたり、水で湿りをあたえることで、容易に剥がすことができるという、大きな利点があります。

また、湯煎して溶かす面倒や、ちょっとウン○臭いことを考えなければ 毒性はなく老化や劣化が少なく水溶性であつかいやすい、 自然素材であることなどからも、とても優れた接着剤といえます。

 ◇ 貼ってあるニカワのはがし方 

上述したように、ニカワは、水の中でほどよい熱を加えるために「湯煎」という方法をとって溶かします。

そのため、ほどよい水分と熱(60〜65度)が加わることで簡単に溶解(ゲル化)します。

水だけでも長時間おくと、柔らかくなり溶けたりしますが、
貼ってあるものをはがすためには、「熱」を加えるのが重要になります。

早い話が、ニカワという接着剤は「動物性タンパク質のゼラチン」が主成分ですから、
いったんは煮てつくるプリンや、魚を煮たときにできる「煮こごり」と一緒です。

プリンも、煮こごりも、再加熱すると溶けますよね。

ニカワは、水分が多いと柔らかすぎて固まりにくくなるし、少ないと固すぎます。

もっと、水分が少なかったり、水分が全部、蒸発してなくなると固形分としての固まりが残ります。

ニカワが乾燥して固まった状態がそれです。


固まったニカワは飴色(新しいものは薄茶、古いものではこげ茶色)をしています。

そして、ニカワの場合だと濡らしながら熱すると、ブツブツして、とけるのが目視できる
・・・という状態になりますが、ボンドなんかで貼ったものだとそうなりません。

また、一旦、固まったニカワは、固くて削るのも大変なくらい固い固形物になります。

 表板や裏板のはがし方 

薄い表板や裏板をボディから剥がす場合、時間をかけて濡らすことと、私はヘヤードライヤーで暖めて剥がしています。

その際、ドライヤーは後ろの空気穴を絞る状態、つまり「最高温」に設定しておきます。
(私は、古い金属製の温度調節可能な、使わなくなったタイプのものを使用しています。)

塗ってあるニスを焦がさないように、ドライヤーをにぎった手首をまんべんなくふり、
剥がす部分の全体が暖まるようにして、熱気を当てます。
 
水を含ませた筆で濡らしても、ニスが効いていて耐水性となって、ニカワの接合面が濡れない場合もでてきます。

そうしたときには、キリの刃先で側板の付け根(接合面)を少しこすって、
ニスにキズをつけ、水がしみ込むようにしてやることも必要です。

また、オイル系のニスで仕上げてある場合だと、ときには、補助として消毒用のエタノール(アルコール)も用います。

ただし、ニスがアルコール系だと他の場所のニスそのものを汚く溶かしてしまったり、剥がすおそれがあるのでただの水だけでやります。

消毒用のアルコールには、殺菌効果を高めるために、無水エタノールに20〜25%ほどの
水分が含まれていますから、ここでは、その含まれている水分が効きます。

ニスまで剥がして塗り直す場合は、アルコール系、オイル系に関係なく、遠慮なく使います。

補助工具として、私は「洋食ナイフ状のヘラ」をバールのようにして、用いたりしています。

ブツブツ溶けてきた隙間にヘラを差し込み、はがしていきます。

ただし、洋食ナイフ状のヘラを使っても、ボディ本体は、「ネックとか指板」のような
丈夫に作りではありませんから、 慎重に、板を割らないように、無理なことはせず、
十分、注意しなければなりません。

とくにC部の先端やエンドピン、ネック取りつけ部分のブロックのある部分は
接着面積が多い分、時間をかけます。決して、バールのつもりで思い切って引き剥がす、なんてことはしません。

一旦、剥がしてしまうと、接着時にはスプール・クランプという締め具も数多く必要で、
 それに全部バラしてしまうとその楽器のぴったり合う内型も必要になります。

指板やネックを本体から外すときなど、ヘヤードライヤーで暖めて筆で水をつけても、なかなか、中までは浸透していきません。

そうした場合、濡らした熱いヘラを差し入れたりしますが、それでも、なかなか中まで熱が届きません。

そんなときに有効なのが、床屋さんで使っているような蒸しタオルです。 

これは、ドライヤーより、より広い面積、より長時間、湿らせたり暖めることができるようになります。

 指板やネックのとりはずし 

指板は、木の肉厚がある程度ありますから、何度も濡らしながら、
ヘヤー・ドライヤーで気長に熱し、熱が中まで伝わるように時間をかけてやります。

その熱が芯にまでじわっと伝わり、接着面の温度がその温度に達しないと、剥がれないことになりますからね。

ナット程度のものは、ネックに沿って水平に添え木をあてがっておき、
小さめの金槌でコンと一発たたけば簡単に外すことができます。

要は、ニカワの接着力をなくすためには、水分と熱とで柔らかくすることがコツです

 ◇ ニカワの歴史 

以下は、両面テープの大手メーカー・ニットー電工のサイト「博物誌」より抜粋。

人類が初めて使った接着剤は天然アスファルトですが、その次に古いと思れるのがニカワです。

ニカワは今は「膠」と書きますが、昔は「煮皮」と書かれたように、
獣類の皮、骨、腸、爪などを煮出した液を分離・冷却し、さらに乾燥させてつくります。

主な成分は、タンパク質です。乾燥させたものを水につけてから加熱してとかすと、接着剤になります。

中国では紀元前4000年頃、エジプトでは紀元前3000年頃から、ニカワが接着剤として使われていました。

古代中国の古墳や、古代エジプトのピラミッドから発見された棺や家具、美術工芸品などに、それを見ることができます。

紀元前140年に即位した漢(今の中国)の武帝は、数々の大遠征を行い、領土を一躍拡大した皇帝として有名。

尚、武の誉れ高い皇帝で、力自慢でもありました。

ところが、弓の弦をニカワで接着したところ、武帝がいくら引っ張ってもとれなかったという逸話が残されています。

当時の人々にとって、ニカワの接着力は驚くほど強いものだったのでしょう。

日本では、使用開始が遅かったニカワ。 

その中国の隣国でありながら、日本でニカワを使い始めたのは遅く、7世紀以降のようです。

ニカワの原料である獣肉を食べる習慣がなかったためでしょう。 

高麗から日本に来た僧・曇徴が、油煙を固めて墨をつくるのにニカワを使ったのが最初と言われています。

墨は、ニカワとすすを混合してつくるのです。 ニカワの製造方法も、ようやくこの頃に伝わりました。

よく状況が動かなくなると「膠着(コウチャク)状態に入った」と言いますが、この「膠着(コウチャク)」の「膠(コウ)」もニカワのこと。 

この他にも、がっちりくっつく言葉に「膠」が使われている例もいくつかあります。

現在では、和紙の加工にも使われていますが、紙の繊維をつなぎあわせる役目を果たしています。

なお、ニカワを精製したものがゼラチンです。 ゼラチンといえば、デザートとしておなじみのゼリーがそうですね。

古来より接着剤として使われてきたニカワも、今では食品の添加物として、私たちの生活に欠かせないものになっています。

TV「トリビアの泉」ではありませんが「何へぇー!」か、いただけるようならメールを下さい。

↑TOP

HOME