Lo-D HMA-9500の修理 (Jan 8, 2005)
はじめに
既に四半世紀以上経過(1977年頃の発売)したと思われるLo-D(日立製作所)のメインアンプHMA-9500が持ち込まれた。このアンプは当時日立が最も得意としたパワーMOS-FETがファイナルデバイスとして使用されている。日立は高周波デバイス用パワーMOS-FETの開発も早くから始め、リニア・パワーMOS-FET業界では老舗である。
HMA-9500は、片チャンネルにHS8041CとHS8042Cをそれぞれ2個ずつパラレルにしてコンプリメンタリ接続し±電源を供給している。電源はLR別々のトランスと平滑ケミコンを擁し、これらが金属ケースに収められそのままシャシ上に露出する、非常に大胆なデザインである。また基本的にDCカップリングで構成されており、入力端にカップリングのDC/AC切り替えがある。出力は120W(5Hz〜20KHz)/0.01% rated outputとなっている。重量は約30Kgあり当時としては超怒級と言えるだろう。またアースラインはスピーカー出力のところで「数Ωの抵抗(実測=5Ω)」を介して筐体接地する、興味を引く回路を採用している。

写真は修理を終え音出しチェックをしているHMA-9500の勇姿。製造から四半世紀過ぎたとは言え、しっかりとした作りであるから、メンテナンスにより初期の性能を維持できる。
修理は抵抗の定数変化(オープン)が原因で、今まで積み上げた経験則(半導体かコンデンサ不良)が見事に外れてしまったが、またひとつノウハウを残せたと言えよう。
以下簡単に現象と修理内容について記した。

電源投入と症状
電源SWを入れると先ずグリーンのパイロットランプが点灯し同時に赤のプロテクションランプが点灯する。続いて10数秒経過するとスピーカーリレーがオンとなりスピーカーが接続され、同時にプロテクションが解除され赤ランプが消灯し運用状態になる。
入力にSGから1KHzを放り込んでみるとLchは正常だがRchがガサゴソ音。1KHzのレベルを-25dB以下にするとグジュグジュとした発振音に似た音が混入してくる。-25dB以上にすると綺麗な1KHzトーンが出力される。 実際に音楽プログラムを入れてみるととてもオーディオアンプとは言えない音で、グチュグチュ&ガサゴソ音の連続である。
電源電圧を測る
経験的に先ず電源を疑う。ひょっとして正常な電圧が出ていないのでは…と意気込んで測定したが問題は無かった。それにしても4〜8Ω負荷なのに±75Vもあるのはスゴイ。
写真はHMA-9500のボトムビュー。中央が電源関係、左がNGのRch基板、右が正常のLch基板。シンメトリックに製作してあるので、基板は左右で互換性が無い。基板の取り外しは、側面のFET固定ビス8本を外し、基板をシャシに固定しているビス2本外せば取り出す事が出来る。ハンダ処理無しで基板の背面を覗けるので、保守性は非常に良い。

パワーMOS-FETを疑う
パワーMOS-FETはビスを緩めれば簡単に取り外せる。LchとRchのFETを交互に入れ替えて様子を見る。悪い方のRchのFETを4個Lchに実装するが動作はOKであった。したがってFETは壊れてはいない。ちなみにLchの4個をRchに実装するとやはり動作が可笑しい。と言う事でFETは無罪で、それ以前の回路が悪い事になる。
写真はNGのRchに使用されているパワーMOS-FET群。左がHS8041C(N-ch)/右がHS8042C(P-ch)で最大Dd=100W、最大Vds=160/-160V、最大Id=7/-7A、入力C=600PFで、ケースカバーにそれら情報が記述されている。当時はまだパワーMOS-FET先がけの時代で、呼称名のHS…は未だ日立独自の模様で、2SJや2SKで始まる一般規格に至っていなかったものと想像する。取り付けはソケットになっていて、ビスを緩めると簡単に外す事が出来る。FETと放熱器の間はシリコングリスが塗られ絶縁シートが挿入されている。通常は放熱器の上に取り外した金属カバーがビス4本で取り付けてある。カバー表面には写真のようにパワーMOS-FETを盛んにPRするかの如きプリントがされ、メーカーの意気込みや時代背景を感じさせる。

波形を追う…しかし
どうも簡単には終わらせてくれないようなので波形を追ってみる事にした。ところが現在自宅にはオシロスコープが無い。それで渋々文明の利器を登場させた。PCによる波形アナライザである。シェアウェアの「ウェーブアナライザ32」を使って入力からの波形を見ながら、また音を聞きながら確認していく事にした。
測定器側はなるべく回路に影響を与えたくないので、100KΩ程度の高い 抵抗とDCカット用の(0.01μF程度)コンデンサを介す。
入力端子に1KHz/-25dBm程度を入力し作業を開始する。…まず念のためRch基板の入力到着を確認する…問題無い(当然か)。続いて入力アンプIC(金属ケース内)の出力…ここも問題ない。その後段辺りのTr…この辺から可笑しくなる。
図はパワーMOS-FETのゲートドライブ抵抗手前を見たものだがとんでもない波形とスペクトラムになっている。上図波形の最小サイクルが1KHzである。本来なら1KHz成分のみの筈でなければいけないが、それ以外の成分のエネルギーが勝っている。中図はそれを周波数軸で見たものだが。300Hzと500Hz辺りに変なモノが見受けられる。これじゃまともな動作は望めないノンリニアアンプである。下図は上・中図を立体的に合成したものである。
入力信号を断にすると何も無くなるので、どうやら寄生発振を起こしているようだ。しかしこれらの波形だけでは不良箇所の詳細な特定は出来ないので、次のステップに進む事にする。
余談だが「ウェーブアナライザ32」は同時に収録も出来るのでファイルとして保存し、いつでも再生して分析が出来る。通常のオシロスコープには無い機能が備わっている…世の中便利になったものだ!。

回路図が無いので比較法で不良箇所発見
発売から四半世紀も過ぎるとまともな回路図が入手できない。しかしアナログの回路なら信号を追って行けば何とかなるものである。おまけに横には正常なLch基板があるので最大の指南書を手にしていると言って良い。
それで次に電源を落としケミコン類のチャージを完全に放電させてから、各部品をテスターで当たって行く。この作業を行って感じた事は抵抗値の大幅な変化、値下がり・値上がりの存在である。普通はケミコンを始めとするコンデンサの容量抜けが圧倒的に障害の原因として多いが、このアンプはむしろ抵抗値の変動の方が気になる。調査の結果オープン(抵抗値=無限大)になった抵抗を3本も発見する事になった。外見だけでは全く異常は認められない。動作しているLchの基板においても、カラーコードを大きく外れた抵抗が幾つもあった。しかし今回は、先ず音を出す事が主たる目的なので、細かい追求や特性追求は別途とした。初期の性能を回復するのであればCR類の全数交換が必要と思われる。
写真はオープンになった抵抗にワニ口リードをつなぎ、外部に正常値の抵抗を接続する事で動作確認をしている様子。写真では2個の抵抗を対象にしているが、実はこの後抵抗を交換して基板を実装したが動作しない。可笑しいと思い再び抵抗値を確認していったところ再び1本オープンとなった抵抗を発見する事になった。結局3本を交換する事で無事回復に至った。

写真はNGだった抵抗3本のうちの2本で、大きさから見て1/4W型に見える。これらは全て同じタイプであった。NGヶ所の番号はR15・R17・R53で、全てオープン(抵抗値無限大)だった。テスターで当たる場合はくれぐれも放電させた状態で、テスターリードを双方向に当てて確認する。周辺回路の状態で真の値を示さない場合が殆どなので、その分を加味してテスターを読む。但し無限大と言うのは明らかに可笑しいので直ぐ判断できる。
他項でも触れているが、このタイプの抵抗は非常に定数変動が多く見られる。カラーコードを読み取って代替の抵抗を用意しても、現在動作している抵抗値とは全く違う場合が多い事が分かった。折をみて全数を所定の抵抗値に交換した方が懸命に思う。何故このような抵抗を選択したか設計者に聞いてみたいところである。四半世紀という長い時間は、物質に様々な変化をもたらすんだと言う事をあらためて認識している。


出力DCオフセットの調整
抵抗を変えた為だと思うが、出力に数VのDC出力が発生していた。オフセット調整VRで約1mV程度に追い込んだ。当然温度特性があるので、一定時間の通電を行い大きな変動が無い事を確認する。
最終テスト・まとめ
最後にプログラムソースを供給し、長時間スピーカーを鳴らし異常が無い事を確認する。
基本的に良く出来たアンプで取り扱いやメンテナンスもやり易い。しかし部品の選定には前述の通り疑問を感じる。特に抵抗については、何かの間違いかと思う程に値がずれている。それも小型の1/4W程度の抵抗にその傾向が多い。まさか抵抗が…という印象が正直なところで、障害箇所の特定に時間を費やしてしまった。普通はコンデンサか半導体デバイスを先ず疑うからだ。
部品についての考え方は、やはり民生器で止むを得ないのだろうか…或いはメーカーさんは最初から知っていたが、まさかこんなに長く使われるとは思っていなかったのだろうか?。色々と想像を巡らすのも面白い。
しかし基本的な作りはしっかりしているので、前述のようにCR類の全数交換を行えば初期の特性を回復させる事が可能と思われる。ただし聞いた感じではその違いは良く分からないが…依頼人は恐らくこれで満足するだろうか。
写真はRch側の基板を取り外した様子。この状態にするには、半田ゴテは不要でドライバー1本で可能であるため、非常に分解作業や部品交換がやり易い。

修理は自分の作ったものではないので、製作者の考え方を研究するには格好の材料だと思う。また謎解き風でゲーム感覚的なところがあり、やり出すと面白い。しかし他人が作った物であっても、原因が分かり音が出た瞬間の感激は、自作した時と何ら変わる事は無い。全くラジオ少年の、あの最初のラジオを鳴らした時の感激である。