May 28. 2005 静岡へ異動内示で住まい探し            
昨日異動内示があり故郷静岡に単身赴任する事になった。送別会があり帰宅は深夜だったが、7時には起床し8時半には家を出て住まい探しに静岡へ向かった。不動産屋から届いた物件9件の中から3件を選び現調。それぞれ一長一短だが、無線は意識せず決定する・・・しかし2階建ての2FだからLuckey!か。場所は静岡市葵区上足洗・・・この地は高1の夏休み、電話級講習会で毎日自転車で通った事があり懐かしい。会社までは2Km程度でまぁまぁ。不動産屋のN女史に車で案内をして頂いたが、26年振りに見る界わいは空が広く、昔と同じたたずまいを見つけると嬉しくなる。浅間通り脇の「天ぷらの明月」が目に入り、帰り際に立ち寄り懐かしい「イカ天丼」で遅い昼食をとった・・・変わらない味だ。写真はJR清水駅より臨む富士山。夜岐阜の本巣市で後輩陣企画の送別会があるためトンボ帰り。18時前に家を出て名鉄瀬戸線→中央線→東海道線で大垣まで乗り継ぎ、樽見線のレールバスで本巣市の織部駅で降り、目的地に着いたのは20時前であった。織部駅周辺の川原にはホタルが大量生息するが、まだ気温が低いせいか乱舞とは行かなかった。オンマウスすると19時8分大垣発の樽見線レールバス車内の様子が見える。この日は何とか日替わり前に帰宅・・・長い一日だった。

May 25. 2005 のんべぇハム仲間の集い            
ローカルののんべぇハム仲間が久し振りに集った。場所はいつもの名古屋TV塔東方に位置する中華料理の龍園支店。実はこの日、同僚のJA9LSZが仕事で福井から来名したり、とある会合でミーティングの声が上がったりとで、飲み会の動機付けが十分になったため急遽幹事長が召集をかけたもの。 その急な呼びかけにも関わらず16名もの参加があり大盛況だった。また初めての参加が2名もあり嬉しいミーティングになった。この日の主なメニューは、JA9LSZのネパール運用報告、話題のEHアンテナのハウツー、地上デジタル放送の受信ノウハウ、それにオーナーのロシア球アンプの解説などなどで、閉店の22時までアッという間の3時間だった。 恒例の参加者の集合写真は、龍園のReeお姉さまに撮影して頂いたもので・・・前列左からJA2ATE森島氏、JA2CWU落合氏、JA2FEG浅井氏、JA2OMM中井氏、新人の小林君、JA9LSZ八原氏。中列左よりJH2CLV望月(オーナー)、JA2AVU富田氏、JA2AIC岩田氏、JA2AAU菅野氏。後列左よりJG2QEH岡本氏、JH9PVB虎井氏、JJ2BZX坪井氏、JE2CZE櫻井氏、JJ2NYT中西氏、初参加JH9TLQ小須田氏。

May 9. 2005 ナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の季節            
当地名古屋市守山区大森地区の通称「瀬戸街道」を歩くと、白い花を付けた街路樹が目に入る。全国的にも珍しい「ナンジャモンジャ」の木である。 毎年5月に入ると思い出したように写真の如く細く白い花を咲かせる。花のひとつひとつは非常に小ぶりだが無数の花を付けるため遠くから見ると綿の様にも見える。全国的に見ても自生しているのは愛知県と岐阜県が中心のようだ。
ナンジャモンジャとは俗称で学術的には調べると・・・学名:Chionanthus retusus、和名:ヒトツバタゴ 別名:ナンジャモンジャ 科名:モクセイ科 属名:ヒトツバタゴ属 性状: 落葉高木 原産地:日本〜東アジア・・・となっている。なおナンジャモンジャとは「何というものか」と言う意味からきているらしい。 名古屋市守山区の街路樹には、このナンジャモンジャについての情報を書き込んだパネルが掲げられ、道行く人にその情報を伝えている。
桜と同じように季節の到来を告げる花である。雨や風が吹くと散ってしまうので咲いている時間は決して長くは無い。また桜のように華やかではないがそっと季節の到来を告げる姿は、でしゃばらない人生を教えてくれているようでもある・・・と個人的には思っている。

May 7-8. 2005 ハチミツ搾りで帰省            
7日の名古屋はは午前中雨が残ったが午後は快晴となった。この雨が遠ざかるのに合わせて清水の実家で今年最初のハチミツ搾りをやる事になった。清水の天気は7日は回復しないため、8日の朝から作業が行われた。元々ハチミツはミツバチが花から採取し蓄え、彼らが年間を通して食料にするものを、人間が横取りしているに過ぎない。したがって花の咲かない冬期は、人間が彼らに食料を与えなければいけない。これを怠ると人間と蜂の信頼関係が怪しくなり養蜂業は成立しない。花は自然や気候に影響される。花が咲いても雨が降れば蜂が行動できない。蜂の行動は蜜の採取ばかりでなく、植物の受粉と言う自然界で最も重要な役割を果たしている。植物の子孫繁栄と安定な成長には欠かせない。自然はそれぞれに深い関係で回っているのだ。ハチミツを採取しそれを食すると言う行為は実に人工的かつ瞬間的なことである事を我々は忘れないでいたい。
写真は巣箱入り口でなにやら相談している働きバチ(メス)。オンマウスすると蜂が一番嫌がる煙を巣箱に吹きつけ、蜂を巣から追いやっている様子が伺える。このあとハケで巣枠の蜂を追い払い、巣枠を遠心分離機にかけ蜜を採取する。 この地方の主役はミカンの花であるが、今は咲く前の時期なので特定の花の蜜ではない。この日は18リットル缶に3本程の収穫であった。蜂や自然が好きでないと務まらない、決して楽な仕事ではないのである。

May 4. 2005 徳川美術館と徳川園を尋ねる            
名古屋に延べ四半世紀も住んでいながら一度も行ったことが無かった徳川美術館と徳川園を尋ねた。きっかけはカミサンの「源氏物語絵巻を見よう!」の一言だった。最近NHKで平成の模写復元作業の模様がスペシャル番組で放送され、15枚の原画を保存する徳川美術館は、いわばその中心的存在なのである。過去において幾度か模写復元が行われているが、それらは肉眼で見た模写である。しかし今回は、X線分析等のハイテク技術を用い顔料などの成分分析が行われ、模写作業の一助としているらしい。源氏物語絵巻に限らず、尾張徳川藩所蔵の品々が整然と陳列されており、歴史や古美術マニアにはたまらない存在だろう。 写真は入り口から見た徳川美術館であるが、写真の下手側にオンマウスカーソルで見える徳川園がある。日中の気温は30℃近くなり、売店のアイスクリームが飛ぶように売れていた。なお右手には名古屋市に移管された蓬左文庫がある。徳川美術館は名古屋市東区の一角にあるが、周辺は写真から分かるように普通の街であり、このような環境が整っているとは想像がつかない。交通はマイカーも良いがタイミングが悪いと駐車場が乏しい。また電車なら名鉄瀬戸線森下駅又は大曽根駅から徒歩10分程度。上記Link先に詳しい説明がある。一度は尋ねたい名所である。

May 2. 2005 夢にまで見た"Tektronics 475"入手            
5月1日22時頃にネットオークションで落札したTektronicsのオシロスコープ475が届いた。この475はVerticalAmpのf特が200MHzある。1970年代後半、100MHzの465と並んでTektronicsオシロスコープの顔であった。また最近のコストダウンされたTektronicsの測定器群とは機構的な部分で一線を画す製品だと個人的には思っている。半田ごてが触れた位で溶けてしまうフロンとパネルの測定器が多い中で、このシリーズは金属製のトリムとパネルを採用しておりユーザーに大きな安心感を与えている。
補修部品は既に底を尽き、Tektronicsはメンテナンスの停止をアナウンスして久しいが、電気的な劣化が程ほどなら機械的な部分(接点など)のメンテナンスで、末永く使えるものと信じている。
写真は本日18時頃到着した475で50MHzのCWを表示している様子。先頭にステップ型のATTを入れ、オシロの入力をブリッジしてスペアナで50Ω終端させる測定システムである。落札から到着まで2日もかからない素早さで出展された横浜の御仁に感謝している。
かつてはCollinsの無線機と同じように絶対に手には出来ないと思っていた。それが中古であっても\10K台で手に入れ、自分の道具として自由に使えることが信じられない。せいぜい大切にしてやり、第二、第三の人生(?)を歩ませてあげたい。

May 2. 2005 久し振りに名古屋・大須を歩く            
久し振りに名古屋市中区の大須を歩いた。大した目的は無かったが、不足気味の部品や思い付いた部品を買ってきた。写真は大須の第2アメ横の通りでオンマウスするとお馴染みのタケイムセンの様子が見える。この日はGU-84BアンプのSg電源に使った放熱器とボタン電池LR-44を購入。また隣のマルカで入出力絶縁型DC-DCコンバータ、カマデンでセメント抵抗とケミコンを購入。第1アメ横のBONTONに立ち寄るとADVANTESTのスペアナ/トラジェネがあり、ご主人に尋ねると未だ値を決めてないの弁。第2アメ横は4月末リニューアルオープンしたばかりで、右の如きシールが買い物袋に張られている。買い物をすると引換券が貰え、希望する(と言っても数種)景品と引き換えてくれる。 私はカップ麺を3個貰った。しかし、電子立国をイメージ出来た雰囲気はどこかに消え、電気製品や電子部品を扱う店は、タケイムセンをはじめ数店にまで減ってしまった。第1アメ横1F奥に中国製電子部品専門店が出現したり、馴染みのPCショップが姿を消し少年達も少ない等、大須の事情も随分と変わっている。