R-390Aの6DC6へのAGC電圧(May 21. 2014)
はじめに
R-390AのRF増幅管6DC6(V201)が、過大入力時においてAGCが破綻する現象を調べている内に驚くべき事実を発見した。
実は自宅の80m長の
ウィンドムアンテナ
でローカル中波AM局(JOPK/10KW)を受信すると、50Ω終端で+3dBm(110dBμV)を出力する。
これをR-390AのBALANCEDアンテナ端子へ入力するとAGCが破綻し音声出力が歪む。また目的波以外のIM成分が背後に多数確認できる。
アンテナ出力にATTを挿入して調べると、約15dB程度挿入するとAGC動作が回復しスタジオ並みの音声を出力する。即ち当該R-390Aでは-12dBm(105dBμV)以上の信号はAGC制御できないことになる。
アマチュア無線機器で同様のテストを中波AM帯で行うと、多くの場合+3dBmでもAGCの破綻は無い。ただしIMは非常に多い。
これは問題であると感じ、R-390AのAGCについて調査を始めることになった。
写真は2014年5月18日、1982年の購入以来初めてフロントパネルを交換したR-390A。見た目が綺麗になると、なぜか受信能力も上がった様な気がするから不思議だ。
6DC6のAGCについて
6DC6はメーカーのデータシートによるとセミリモートカットオフを謳っている。 ただしEcg-Ip曲線を見ると、限りなくシャープカットオフに近い特性である。
R-390AのRF増幅の場合Ep=185V、Esg=154V、Ek=2.8Vとされていますが、この場合のカットオフEcg電圧はEcg-Ip曲線から判断して-10V程度と思われる。
前述のAM局を受信する時のAGC電圧は実測すると-18V程度に達しており、6DC6の場合カットオフ領域に侵入していると考えられる。
そこで、Ecg-Ip曲線がなだらかに寝ている6BA6W/5749に交換してみると中波AM局は問題の無い復調をする。またIM成分は確認できない。
なのにR-390Aは6DC6に拘っている。過大入力に弱いのに…或いは全体の利得を落とし、更にAGC電圧を落とし、6DC6を過大入力に強くする調整をするとか…。
色々と思いを馳せている最中、偶然にも1956年版の回路図(TM856A-51)と1961年版の回路図(TM5820-358-35-3)を見比べる機会があった。 下図2枚はそのコピーである。ここで1961年版には1954年版には無い処理がRF増幅管のAGCに対して行われている事を発見した。
即ち、1954年版はIF/MIx段からのAGCラインを22KΩを介してCg回路へ接続している。ところが1961年版ではAGCラインを一度270KΩ(AGCライン)と1.5MΩ(接地)の直列回路で分圧したAGC電圧をCg回路へ接続している。その分圧比は約84%である。
この分圧が何を意味するのか…それは推測だが、冒頭に記したAGC破綻対策に他ならないと考えている。 具体的に何dBm(何dBμV)のレベルを意識したか分からないが、6DC6のAGC電圧が84%カットオフから逃げられるとしたら、カットオフ領域への侵入による歪の低減は明らかである。
設計当初は22KΩを介すもののストレートでAGCラインへ接続していたが、過大入力時の6DC6の振る舞いに限界を感じ、270KΩと1.5MΩの分割を採用したと思われる。
全体の特性をリニアかつ低ノイズにしたいとする設計者の思惑や意地があり、このような対策に落ち着いたのではないかと…。そしてこの抵抗比決定までは多くの実験と検討が成されたものと想像する。
容易に安全パイの6BA6W/5749や6BZ6(1950年頃は未開発かも?)に変更したがる我々とはちょっと違う思想性を感じてしまう。
JAの多くのR-390Aファンの皆様も是非とも過大入力時のAGC特性についてテストをされることをお勧めしたい。
TM856A-51/1956・・・初期?DC6_AGC(画像クリックで拡大)
AGCラインからR201/22KΩ経由で6DC6のCgへ供給。
TM5820-358-35-3/1961・・・後期?DC6_AGC(画像クリックで拡大)
AGCラインからR201/270KΩとR234/1.5MΩの分圧をDC6のCgへ供給。
AGC-IF増幅について
455KHzの外部出力の一部を分配して6BA6W/5749(V508)で1段増幅し負電圧2極管検波(5814Aの2結V509A)している。 6BA6W/5749のプレート側はLCによる共振回路がある。ここの共振周波数の外し方で利得が変わりAGC電圧の微調が可能である。ただこの場合CARRIERメータの振れにも影響するので注意したい。
6DC6/6BZ6/6BA6WのEcg-Ip特性
R390AのRF増幅回路と同じ抵抗定数で6DC6/6BZ6/6BA6WのEcg-Ip特性を測定してみた。Ep=180V/Esg=152V、Rk=220Ω/Rg=470KΩ、EsgはEpを10KΩ+82KΩで分割供給している。
グラフから分かる様に、6DC6が如何に特殊な球か分かる。
測定はR-390Aの抵抗定数で行っているので、グラフはより実践的な状況を物語っている。
-7.5Vでカットオフしてしまう6DC6は、専用のAGCアンプを持ち-10V以上の深いAGC電圧を返すR-390Aでは、特に慎重な取り扱いが必要だと分かる。
6BZ6や6BA6Wは最初から湾曲し、かつカットオフが深く何処でもござれ状態だが、6DC6の場合は狭い湾曲部分でのAGC管理が必要がある。
結果として後期のR-390Aは、IFやMix回路へのAGC電圧を抵抗分圧することで、大入力時のAGC電圧上昇(負方向に)を抑える手法を選択をしたものと理解している。
各社の6DC6を比較する特性
手元にはPHILIPSとMULLARDの6DC6しかなかった。たまたま特性が酷似していたので、余り気にも留めていなかったのだが、JA2AGP矢澤OMとのやり取りで、RCAとPHILIPSは明らかに違う旨の情報を頂いていた。
それでもしかしたらAGC特性も違うのではと思い、OMから複数メーカーの6DC6を借用し調べることになった。
左のグラフはその様子。ビックリ仰天である。その各社バラバラさ加減に苦笑してしまう。
大きくカットオフが-10V手前の浅いグループと、-20V前後の深いグループに分類できる。
これはメーカー間の誤差の範囲を超えていると思うし、どうしてこうなったのだろうか。AGC電圧の抵抗分割も含めてその背景に興味が及ぶ・・・。
カットオフが-20V以下の6DC6をR-390Aに実装して、冒頭に記したアンテナをつなぎ大入力を入れると、何事も無かったようにAGCが作動している。な、何と!だ。
各種管を比較する
前項までに調査した真空管のデータを同一グラフで重ね合わせてみた。
また矢澤OMより要請のあった6CB6のデータも複数収録してみた。MAZDAの6CB6(USED)は何と、PhilipsやMullard製と酷似しておりビックリだ。
OMによれば6CB6に6DC6と印刷した球も出回っているらしいが、データを見るとそれも頷ける気配だ。
何れにせよ、真空管って使用時間や状況に応じて特性は劣化するし。新品もいずれはそうなるし。実に厄介なデバイスだと言える。
下はR-390Aの定数で固めたテスト回路。Ipはプレート回路に100Ωを挿入し、両端の電圧を測ることでIpを算出している(電流測定が出来ないデジタルテスタ向け)。
6DC6/ProCom使用時R-390AのAGC特性
グラフのピンクはRF増幅6DC6にProComの球を使った時の総合AGC特性。
手持ちのPhilipsや実装されていたMullardではカットオフ点が早く、110dBμV(+3dBm)で既にAGC破綻をきたしていたが、ProComの場合は120dBμVでも破綻に至らない。青はPhilipsやMullardの場合である。
参考までにProcomの場合のAGC電圧を緑、DilodeLoad電圧を紫で表している。
RF増幅管の違いが、この様に総合的な利得に影響を与える興味あるデータである。
もしR-390AにRF増幅管用にAGC電圧の分圧(前述)が施されておれば、また異なったデータ(恐らくAGC破綻時の入力レベルが上がる)になるものと思われる。
120dBに及ぶ入力レベルの変化を30dB程度に抑制するR-390AのAGC特性には驚かざるを得ない。