JH2CLV's Topics & Memorandam
Septembere 2018

Sep 30〜Oct 1  台風24号の被害…HexBeam再び
台風24号による風は凄まじかった。30日晩から徐々に風が強まり、日が変わる頃にピークを迎えただろうか。雨戸を締め切っていても、風は僅かな隙間を通過する圧力を持っていて、ピューピューと音を立てて侵入してくる。こりゃ普段と違うなと思っていたら、22時40分頃一斉に停電。こうなることも予想しポケットに懐中電灯を忍ばせていたが、当地は凡そ10分程度で復電した。その後3日経っても停電が継続する地域が静岡県下にはある。あの電柱の倒れ方や架線の断線やゴミの巻き付きを見ると、これも止む無しと頷ける。信号機に携帯発電機から電力を供給して動かす警察の皆さんも大変だが、24時間体制で復旧を目指す電力さんも同様。また停電している地区の皆さんも皆同じだ。
写真はリモートシャック近傍の茶原で待機していたHexBeam。風で舞い上がりスプレッダ先端から着地した模様。3段繋ぎのスプレッダ2段めがボキ。18MHzワイヤーエレメントも断線。この台風が通過したらタワーへ上げる予定だったのにと、ややトホホ。オンマウスは起こしたHexBeam越しのタワー。千切れたスプレッダを重ねてある。タワーの10MHz/HB9CV反射エレメントが30度程回転し、分かり難いが50MHz/HB9CV導波エレメントの半分が脱落している。これ以外に太田ポンカンを中心とするミカンの若木が、100本以上傾いたり倒れたりで復旧に追われている。

Sep 27  スピーカー技術の100年
ちょっと気になっていた本「スピーカー技術の100年(誠文堂新光社)」。ネット上で発刊されたことを知り、最近になってAmazonから案内があった。著者は三菱ダイヤトーンの製作に長年携わった佐伯多門氏。MJ無線と実験誌の常連執筆者で、スピーカー・エンクロジャー関係の権威だ。読者評もオール5☆ですこぶる良く、間髪いれずに注文していた。
それが一昨日到着した。情緒的な表現は極力避け、資料や写真等を交えた技術情報中心の内容となっている。この種の図書(特にオーディオと称する関係)では、著者の主観が入り、客観性に乏しくなることがままある。本書は淡々としたタッチで書かれ、読み物としてはあっさりしている感があるが、初めて目にする写真や図が多数収録され、技術資料としては大変価値がある図書だと言える。多くの資料を多方面から収集し、それを1冊にまとめあげた作業量とご苦労は大変なものだったろうと容易に推測出来る。私的には、PA(拡声)やトーキーの黎明期に、高能率スピーカーを求めて各社がしのぎを削った時代に興味があり、大変参考になっている。
自宅ではトーキーの系譜にあたるALTECの「The Voice of Theatre "A-7"」が鳴っている。能率は104dB/w/mもあり、10W以下の小出力真空管アンプでも、朗々とした音をVoiceでもMusicでも提供してくれる。この本を手にしながら聴く半世紀前の音はまた格別だ。

Sep 26  福井からの友人
福井時代にお世話になったJA9CPY見谷氏が1年1ヵ月振りに尋ねて来られた。事前に電話が入ったのが先月後半。まだ時間があるなぁと思っていたら9月もあっという間に終盤になってしまった。この日はめったにやらない無線部屋の掃除を、5時過ぎに目覚めてせっせと始めた。随分と綺麗になった感じがするが、大半は他の部屋へ一時退避しただけで、物の多さは相変わらずだ。今回も奥様同伴で、初アイボールが出来るのではとソワソワしていたのだが、宿の湯に浸かっているとかで今回も空振りで残念。
写真は無線部屋でのツーショット。所要から戻ったカミサンの撮影。今春、見谷氏から嫁いだ75A-4を奥で動かしている。AGC回路に手が入れられ動作不良だったが、応急的な対応で復活させてある。電源を入れ7MMzバンドをワッチして、復活の様子を見ていただいた。14時半頃から18時頃まで、無線談義はもとより、業界の話や人生設計の話等で盛り上がる。そしてカミサンも加わり帰路のお奨めコース談義も。それから忘れちゃいけない、多くのグッズを今回も搬送して来られた。重量スペアナをはじめとする測定機にトランシーバ、そして真空管やマイク…etc。足の踏み場がない工房が更に混み入ってきた、さてどうしよう。大切に使って貰えそうな友人へ、QSYの相談を始めることになった。写真は花嫁候補筆頭のADVANTEST/R3265。

Sep 24  日中35℃の猛暑と十五夜
日中田んぼのミカン畑で摘果作業。青島とはるみの摘果に併せ、枯れ枝落としにも精を出す。余りにも暑いので昼食で引き揚げてきた12時頃、玄関の温度計を覗くと何と35℃。昨日も暑かったが今日はそれ以上だ。
数年前に一度台風で倒れた後、起こしてロープを張ってあったはるみが春先より元気がない。根の浅いはるみは一度倒れると根が千切れ中々元に戻らない。ここにきて葉も実も黄色くなりいよいよだった。意を決して浴びせ倒すと容易に倒れ、僅かな根で樹を支えていたことが判明。まだ生きている根だが、思い切ってノコギリを入れる。何とも苦しいが止むを得ない。明日大峰のヒノキ林に廃棄する予定だ。
写真はカミサンが縁側に用意した十五夜飾り。ススキは田んぼの作業中に山切川へ降り土手法面から摘んできたもの。萩の花はカミサンが家で育てている中からか摘んだもの。ヘソ饅頭は庵昇堂からの買い物の名物。晩には雲が出て月は望めないだろうと思ったが、21時40分過ぎにカミサンが月が出ていると騒ぎ出した。縁側で、飾り越しのあおり写真を何枚もパチリ。その姿をカミサンがスマホでパチリ。何とも面白い光景だった。日中は暑くても、この時間になると「暑さ寒さも彼岸まで…」を感じさせる。

Sep 23  三池平古墳祭開催…PA支援ボランティア
第4回の三池平古墳祭が行われた。ステージ情報が乏しく、前夜までにようやくイメージを掴む。舞台監督不在のまま走り出して4回目、その状況は相変わらず。これが当地の運びなのかと苦笑。少なくとも音源や、立位置・Mic位置位は欲しいが、当日になることが殆ど。リハ無し本番を迎える図太さにも正直恐れい入る。年々お客の数も増え、地元の祭りとして定着してきている現状を見ると、もう少し整えた体制で臨むべきではと独り言。それでも喜んで貰えるならばと、朝8時から夜8時までPA支援に汗を流す。
写真は15時、ステージのトップを切った原・庵原こども園の園児たち。親御さんの騒ぎ方が目立つが、結局子供たちにはかなわない。オンマウスは17時頃、南方に位置する日本平方面を会場越しに撮影した様子。客席のテーブルにはロウソクが灯っている。日没後、恒例になった丸山研二郎さん・ノーザンスターさんに、太鼓と笛の原口朋丈さんとオカリナの長谷川孝二さんが加わったセッションが行われ、その変化に富むサウンドに酔いしれる。
PA装置は例年と同規模だが、ステージモニタの要望があり42年前の自作アンプを投入。あの頃はミキサも含め殆ど自作だった。当時、一緒にコンサートをやったフォーク横町のS氏が、今回の出演者B.G.S.の代表と分かりビックリ。応援に来られた、フォーク横丁のボーカルだったIさん(当時)が、その話をS氏から聞き訪ねて来られまたビックリ。何と言うつながりなのかとしばし感慨にふける。

Sep 21  雨の彼岸と祭り準備
連日不安定な天気が続いている。一昨日はこの状況を想定して田んぼ柑橘の管理を実施。昨日は終日雨で今日も同様。自宅南側の土手では写真の如く彼岸花が満開。雨だが何とも穏やかな雰囲気だ。この時間を利用し恒例の秋祭りの準備。この後、23日(日)三池平古墳祭り、10月12日(土)東久佐奈岐神社豊年祭り、10月28日(日)いはら秋祭りと続く。古墳祭りは直近で、内容を確認の上、機材と音源の準備を始めている。音源は主催者から届きPCへ取り込む。平行して気の早い秋祭りのマネージャがカラオケ曲目をファックスしてきた。全曲ではないが、出来るところから始めないと手が足らなくなるので著作権を考慮しYOUTUBE等からフリーのカラオケ動画をMP4でダウンロード。一方古墳祭りは屋外ステージのため送り返しモニターのリクエスト。PAアンプの系統が不足するため、40年前に製作した自作アンプの登場となった。デバイスは業務用モニタでも実績のあるSANKENのSI-1050G。これをBTLで2系統組み込んだパワーアンプだが、なんと見事にクラシックプロのCSP12をドライブする。捨てたもんじゃないなぁと自慢げだが、心配なので1日中通電して音出しを行う。オンマウスは埃落としで40年振りに上蓋を開けたスナップ。音源はPCで、L/RをU-PADで混合しドライブしている。手前味噌だが、結構良くできた作りに感心している。100W超出力アンプをローコストで組むために、好んでこの手のハイブリッドICをBTLで使用していた。手を煩わすことを全くいとわなかった時代だった。

Sep 16〜19  給湯機の障害(焼損)と交換
9月15日の深夜、カミサンが給湯機でアラームがでいると騒いでいた。多分燃料切れではと思って16日朝を迎えた。ところが、台所やふろ場辺りで電子部品が焦げた様な臭いが充満。慌てて給湯機がある外に出てみるとスゴイ臭いだ。給湯機の前面パネルを外してみるとビックリ。制御用と思われる基板の一部が燃え出し真っ黒。基板だけなら交換すれば何とかなりそうdが、ケーブルハーネスや先端のコネクタまで燃えている。敬老会の終了後、メーカーサポートへ緊急連絡を入れ対応して貰うことにしたが、部品交換では復旧不可能で、予想した通り。また製造から20年経過しており換え時と判断。ところが納期は19日。その間はお湯が使えず、さぁどうしようか。それにしてもこの燃え方は普通ではない。メーカーとしての見解を知りたいのだが、果たしてどんなものなのだろう。
オンマウスは19日に投入された給湯機。本体の他リモコン2台も交換。熱量・サイズはほぼ同じだが、排熱を再利用するECOタイプで、効率が格段に上がっている。これまで200℃以上の排熱があったのが、55℃程度と手を近付けても大丈夫。装置のコストは上がるが、ランニングコストが抑えられので短期で元を取れるらしい。
この間、近くの温泉やカミサンの実家で風呂に入っていたが、ようやく自前の風呂が戻ってきて嬉しい。なおこの業界の込み入った体制を知ることになり勉強になった。

Sep 15〜16  地元敬老会支援
10月16日(日)、地元の庵原小学校で地区の敬老会が行われた。その前日午後より小学校体育館で会場設営が連合自治会を中心に行われた。敬老会演芸の部のマネージャを仰せつかった町づくり推進委のY氏から要請があり、会場の音響関係のお手伝いをすることになった。出し物の音源は事前にカセットテープやCDで頂戴し、デジタイズしてPCへ取り込んだ。子供から大人まで変化に富んだ内容である割に、主催者は担当者任せで毎年の引き継ぎが不十分に思え苦笑する。体育館据え付けの立派なPA装置があるが、空間ばかり駆動して音に芯がない。音量はあっても明瞭度が低く、お年寄りには辛い。それで機材は全て持ち込みで対応した。写真は小学生の演技。電子オルガンの演奏とCDの再生とトークに踊り。余談だがこの小学生の顧問S氏は私の6歳下で勤め時代の後輩。13年振りの再開だった。なお4人編成のフォークバンドの生演奏もあったが、こちらは自前の小型ミキサ出力をFenderの管球ギターアンプで鳴らす妙なグループ。開始前にテストが出来たので、Vocalを厚めにし、そのままミキサ出力をPAする手抜きで凌いだが中々グッドだった。オンマウスは客席で喜ぶ敬老会の皆さん。この笑顔がたまらない。
表に出ず、何となく裏方を標榜しながら進行の手助けをしている感じだ。それでも自然に、それらしく事が運び、皆さんに喜んで頂ければ幸いだ。そして、PAの重要性や役割が正しく伝わればなお嬉しい。

Sep 12〜13  不安定な天候に振り回される農薬散布…ARRL会費継続
当地では不安定な天気が続いている。朝晴れていたかと思ったら、急に暗くなり雨になったりと…。9月上旬には済ませたかった今季の農薬散布(ハダニ・黒点病・その他対策)が延び延びになっている。意を決して薬調してもミカン畑へ移動中に雨に降られる友人もいた。何とかやっつけたいと思っていたら今朝は晴れ。ラッキィ!と約550リットル薬調し、伊野ポンカン畑から散布を開始。快調だった。隣畑のN先輩もやっとかけられると喜んでいた。そして田んぼへ移動、最初の550リットルをかけ切る。昼食を早飯で済ませ、再び550リットル薬調し午前の続きを始めると天候が怪しい。ポツリポツリとやりだした。続けると農薬が流れ落ちるので作業を一時中断。裾生りの摘果や根元の草むしりをして様子を見る。結局16頃に天気は雨に変わった。判断が正しかったのかどうか…いずれにせよ、この不安定な天気は何とかならないものか。残った作業は13日に行うことになった。
オンマウスはARRLから届いた年会費継続案内とQEX。年会費は今回から「プリント版QSTとデジタル版QST」と「デジタル版QST」の選択が出来る様になった。前者は$76、後者は$49。自分は冊子が欲しいので前者を選択したが、ARRLは将来プリント版は廃止したいのかもしれない。これも時代の流れだろうか。QEXは$35の追加で年4回の技術冊子が届く。何れも航空便で。ポイントを突いた実験や試作そして技術情報が、自称自作派ラジオ少年の心を掴み続けている。

Sep 8  孫のお食い初めで群馬往復
6月に誕生した3男夫婦の長女のお食い初めがあり再び伊勢崎を往復した。前日は朝が早いからと21時頃に休んだが、余り早いと妙な時間に目が覚め苦笑する。幾度か目が覚めたが起床は5時過ぎ。6時半頃、自宅を発って新東名を走り御殿場から東名へ移るが、大井松田手前で車5台の事故があり大渋滞。事故現場を左に見ながら通過すると、事故車両の他に怪我をしてうずくまる人や多数の救急車、そして消防車やパと化が走行車線をに点在していた。厚木から圏央道へ移るが、又しても八王子JCT手前から渋滞。その後は順調に走ったっが、3男の家に到着したのは11時を回り、凡そ4時間半を要してしまった。さて凡そ2ヵ月振りみる孫。顔立ちもしっかりしてきて首もすわった。何とも愛らしく可愛い。カミサンはまるでおもちゃの様にしている。動きがある度に写真を撮りまくった。12時過ぎより3男夫婦と嫁さんのご両親に我々で「お食い初め」の儀が行われ、その後昼食会になだれ込んだ。手べ切れない程の食事に舌づつみ。帰路に備えて昼寝中の孫の横で仮眠。 16時半帰路に就く。帰りは関越道の途中、豪雨による渋滞があったが、極めて順調。沼津駿河湾SAで夕食をとって帰宅しても19時半だった。都合7時間半も運転すると、さすがにこの年には応えるが、何時もの週間でNスぺとサタデ―スポーツを見て床に就いた。運転しなかったカミサンの方が疲れた様で先に床に就いていだ。

Sep 4  HomePage開設17周年…台風21号…他
気が付くと9月4日。当HP開設17周年日。バナー(Hand Made Tips for Radio Amateurs)に記している様に2001年9月4日から公開したことになっている。グラフはTopPageに掲げたカウンタの進捗状況を示したもの。現在29万回を超えている。クリックすると拡大する。よく17年も続いているものだと自分でも驚く。その2年後に始めたBBS Radio Villageは既に114万回を超えた。その間世の中は随分と変わってしまった。携帯電話の時代になったかと思ったらスマホの時代になり、人の生活や考えを大きく変えてしまった、ひょっとしたらTVの出現より人類に大きな影響を与えているのかもしれない。PCもタワー型にAMDのK-6/500MHz等を乗せ、OSはWindows98かME、メモリも128MBもあれば十分だった。秋葉ではその種のパーツを扱う店が競って軒を並べていた。ネットワークも当初はMODEMに電話線だったが、その後ADSLに変わったら僅か数MBPSなのにその速さに仰天した。ハード先行の感が強かった時間はあっという間に過ぎ去り、時代はソフト優先の妙な世相になった。単身赴任先で40の手習いで始めた怪しいHTML書きも、余り成長しないで現在に至っている。
還暦を過ぎ、随分とパワーが落ちてきたがアイデアは幾つも涌いているので当分はこのペースを続けられそうだ。何時まで続くか分からないが楽しみながら無理をせず「てきとうー」にやって行きたいので、今後とも宜しくお願いしたいと思っている。
台風21号は四国から関西方面を日本海へ抜けて行ったが、各地に大きな被害をもたらしている。普通の台風では一寸見られない様な凄い映像がニュースで流れている。当地では遥か遠くの出来ごとと思いきや、4日夕方にはかなりの強風が吹き荒れた。7月28日に遠州灘を東から西へ通過した台風18号の時と同じ位の風が吹き山鳴りがした。しかし今回は南風で谷間に沿って吹いているため、慣れた風だった様に思う。この台風を気にして修理を終えたリモートシャックのHexBeamは、そのまま地上に置いたままにしたが正解だった。写真は4日17時頃、自宅のタワーとアンテナ群。平成元年に設置したミニマルチの10MHz3eleYagiと14〜28MHzトライバンド4eleYagiがしなっているが、台風時は見なれた光景だ。30年経つのによく壊れないものだと感心する。
オンマウスは先週旧隣組の寄り合いがあるからと片付けをしていたら発覚した中華タブレットの膨らみ。一寸前までは、横から中が辛うじて見える程度だったが、完全に蓋が開いてしまった。この様子を初期段階に危険だからとメーカーの日本法人サイトでお伝えしたのだが、なしのつぶて。一体どうなっているんだろう…消費者センターへ伝えた方が良いのだろうか。諦めてそのままにしておいたらこんな状態になった。備忘録としてTest&Dataコーナーにその様子をまとめている。また何とか復活できないかと挑戦もしている。

Sep 2  HexBeamアンテナ復旧
リモートシャックのHexBeamを修理・補修した。やり方は色々考えられるが、手っ取り早くリーズナブルな方法をとった。過去にも記したが、グラスファイバーポールと言えど、Uボルトを支点にスプレッダが煽られたら、テコの原理で猛烈な力が集中する。下向には面が支配するマウントのアルミ板があるから多少は凌げても、上向については全く部防備だ。この状況を回避するにはやはり金属パイプの力を借りのが良い。スプレッダ外側に金属パイプをはめ込むにはUボルトの内径に制限があり無理。それで 内側に金属パイプを打ち込み目的を果たすことにした。パイプはステンレス製19mm径(肉厚0.8mm)x300mm長。詳細はTes&Dataコーナーでまとめている。
写真は、スプレッダが折れて、2本のUボルトでマウントに固定されていたスプレッダ基部。悲惨な状況で破断している。ささくれ立っている部分を綺麗に切り落とし、内側にステンレスパイプを打ち込んで分離したパイプを一体化する。それを再びUボルト2本でマウントに固定する。折れていないパイプについても全数ステンレスパイプを打ち込み強化を図った。オンマウスは復旧したHexBeamアンテナのマウント基部。手前2本がつなぎ合わせたスプレッダ。ステンレスパイプ頼りの合わせ目が分かる。タワーに復帰するのが待ち遠しいが、台風21号が四国方面に接近しており、通過を待ってからになりそう。

Sep 1  庵原(いはら)夏祭り
今年の庵原夏祭りは9月1日生涯学習センターで行われた。前夜は旧隣組の寄り合いで、当家がホストだった。ほろ酔い状態で床に就いたが、祭りの準備は楽曲だけで、PA機材は今朝になった。
朝8時半にセッティングに赴き暫く音出しをする。4月の花見以来使っていなかったので、小物類にカビが目に付く。虫干しも兼ねた。写真は18時過ぎから始まった踊り。例年と変わらない構成だが、先輩からQSYし一時Video不良で戦列を離れていたDYNABOOKを、OS再インストールで復活させ投入した。そして予備にLet's_noteの小型機。何れも中古だが、音楽ファイル再生で不足は無い。日中は30数℃の猛暑だったが、終日安定に動作してくれた。 今年は13時過ぎから、子供向けの売店や電動カートの走行もあり多くの人出だった(オンマウス)。関係の皆様大変お疲れさまでした。途中からアルコールが入り、カミサンの御機嫌を伺い撤収のヘルプ要請するも、踊りの輪に加わり結構楽しんでいた。
HexBeamのマウントに千切れ残ったスプレッダ。Uボルトで上から締め付けているが、下からの煽り風では力がUボルトに集中するため折れ易い。Uボルトサイズがキチキチのため、内側にステンレス棒(19mm)を挿入して補強する予定。折れたスプレッダは同一品の入手が難しため、直径26mmの耐候性硬質塩ビパイプの利用も検討しているが、果たしてどうなるか。

Aug 29-31  クソ暑さの中の草刈り
つい2週間程前に農薬散布をするために草を刈ったのに、伊野のポンカン畑はもう腰高位に草が伸びている。何と言う成長の速さだろう。子孫を残すために雑草たちも必至なのだろうが、それにしてもそのパワーには驚く。真っすぐ生える草だけならまだしも、藪枯らしやアサガオ等横にも這って絡み付くツル系の草も元気だからたまらない。草刈り機を振るのに力が要るのだ。
29日から日差しの強い日中はなるべく避けて作業を続け、ようやく31日午前中で伊野の草刈りは終了。暑くなければ夜明けから初めて1日で終わる仕事なのだが…。ポンカンの木の根元の草を払って刈った草を木の根元周辺に集積し地面が日差しで容易に乾かない様にする。除草剤で雑草も生えない状態にするのは容易だが、刈った草がそのまま日除けと堆肥になり、ミミズ等が繁殖する。それを狙って地中ではモグラが、地上ではイノシシが活動する。どれだけ効果があるか未知数だが、ポンカンには自然で負担が無い様に思える。この猛暑の中でも深緑の葉っぱと実を付け、水もやらないのに元気一杯だ。
写真は軽トラ越しのポンカン畑。刈った所と刈ってない所が分かる。オンマウスは31日12時頃の自宅玄関の温度計。38℃を示している。草刈りは玉の如き汗を流したが、暑い訳だ…。