*****《ある町の人権擁護委員のメモ》*****

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【案ずる】


 イギリスの動物学者ターウインのエピソードです。

進化論≠ナ生物の壮大な発展のドラマを精細に論理づけただけあって,チャールズ・ダーウィンは自分の結婚についても精細かつ壮大に論理づけをしたうえで決定している。
 彼は結婚することと結婚しないこと、それぞれの利益と不利益のバランスシートを作成した。そのノートにはこれが問題だ″というタイトルがつけられている。
「結婚すれば、親戚を訪問したり迎えたり、おそるべき時間のムダ。結婚しなければ、社交界へ出るのは少しですむ。子供のことで金をつかわないし、心配もしないですむ」
「子供がたくさんだと、働かなければならぬ。働きすぎは健康によくない」
「生涯働きづめで何も残らないというのは耐えられない。だが、妻も子もなく一日中孤独でスモッグによごれたロンドンにいることも恐ろしい。暖かな暖炉のそばのソファーにやさしく美しい妻とすわること。そして本を読み、音楽を聴く。やはり結婚か。そう結婚だ」
 この結論に到達してからも、ダーウィンはまだ、「毎日妻と散歩しなければならないとすると、わたしの仕事のすべてをどう処理するか。それにフランス語も学べない。大陸やアメリカを訪れることができない」などとメモしている。
 しかし、ついに決心した。一八三八年十一月九日、ロンドンを発ってメアホールに行き、二日後には従姉のエンマ・ウェッジウッドに結婚を申し込んで、受けいれられた。そして二カ月後に結婚式をあげ、十一カ月後には長男が生まれている。
 エンマは学者の妻として、何よりもダーウィンの研究のさまたげにならないようにつくした。ダーウィンのこれが問題だ″はダーウィンの杷憂に終わった。

 インテリの弱点である考えすぎ,正確に言うと,できない理由を挙げたがるという特質が現れた例です。問題を挙げることに堪能であれば,物事は前に進みません。考えるとは,問題があるのは当たり前として受け入れ,たじろぐのではなく,目の前にある問題だけに集中して解決を目指すことです。出会ってもいない問題を怖れる必要はないのです。予想できる問題のすべてが実現するはずはありません。
 案ずるより産むが易し。相談者が迷い道に嵌まっているとき,案じているだけのこともあるとして,現実に向き合うような励ましを探すことも必要でしょう。

(2015年05月09日)