*** 子育ち12章 ***
 

Welcome to Bear's Home-Page
「第 78-05 章」


『子育ちは 優しさ学ぶ 言葉知り』


■子育ち12心情■

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
『子育ち第5心情』

【深いつもりで浅いのが知識 浅いつもりで深いのが偏見!】

《まえがき》
 子育て羅針盤では,子どもの育ちを6つの方向と2つの領域から考察します。6つの方向とは,誰が育つのか,どこで育つのか,いつ育つのか,何が育つのか,なぜ育つのか,どのように育つのかという問題視です。また,2つの領域とは,自分自身の育ち(私の育ち)と他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ちの領域を意識します。6つの方向にそれぞれ2つの領域を重ねた12の論点が羅針盤の針路構成となります。
 この第78版では,77版に重ねて,子どもたちが育ちに向けているはずの心づもりに寄り添って考えます。育ちたいという健気な心積もりを12の指標になぞらえてみることで,子どもたちの育ちの現実に寄り添います。それによって,子育ての願いも目の前の子どもにきちんと重なっていくはずです。子どもが向かっている心づもりを理解できる新たな12の指標盤を楽しんでください。

《深いつもりで浅いのが知識!》
 食事をする前に「いただきます」と言っています。子どもたちは,口にしている食材が何であるか,どの程度まで知っているのでしょう。野菜のような見た目で分かる素材がどのように育っているのか,加工されている食品がどのように処理されているのかといったことです。例えば,枝豆とお味噌は,同じ大豆ですといったことを知っていると,味噌になるまでの手間と暇があることにも連想が働き,いただきますという言葉が知識になります。言葉の背景にある深い事実を知っている,それが知識です。

《浅いつもりで深いのが偏見!》
 学校で給食の時間に「いただきます」と一斉に声を揃えています。ある保護者が,給食費を払っているので「いただきます」は言わせないで,と学校に求めたという話を聞きました。貰っているのではないということか,それなりの対価を償っているということか,経済活動としての面しか見ていないようです。暮らしを支えている人の心豊かな所作は抜きにして,物と金の交換という特異な目で見ていると,言葉がもたらす知見は偏っていきます。いじめをいじりと言い逃れするのも,知識の偏りになります。

《親としての関わりは?》
 子どもが「知識を目指し偏見に引き込まれない」という心情を実現できるためには,親としてどのように関わっていけばいいのでしょう。子どもが言葉を手に入れて,どういうことかを尋ねてきたとき,そんなこと知ってどうするのとか,余計なことは知らなくていいとか,知識の探検の道を閉ざさないことです。100%の答は無理でも,子どもがそうかと思うことができる程度の内容を提供しましょう。例え話なども有効ですし,経験談も子どもには伝わることでしょう。人として知っておいた方がいいことは話し続けることです。



 子どもが賢くなる一つの方法は,ヤバいやすごいといった気分の形容詞ではなく,行動を表す動詞や物事を記す名詞を自在に使いこなすことです。形容詞を主とする言語生活をしていると,いわゆるちゃんとしたお話ができません。それは物事を正確に認識できていないからです。知識とは,名詞と動詞がつながった形式が基本です。読書に馴染んで,教科書を読んで頭に入っていけば,知識が身についていきます。文章を読むのが苦手,その症状が出たら,知識という頭の栄養が不足しているのです。

★落書き★

 込み入った展開に話がこじれてくると,結局のところ,どういったことかはっきりするように促されます。局とは,囲碁や将棋の勝負を意味しており,一勝負を打ち終えることを結局と言い表していました。それが囲碁・将棋以外の世界でも使われるようになってきて,さまざまな曲折を経た後の結末を意味するようになりました。結局という言葉が出てくる前には,ああでもないこうでもないという選択の争いがあっているはずです。結局という言葉が出たときには,そこに苦しい選択があったということを察するべきです。


「子育ち12章」:インデックスに進みます
「子育ち12章」:第78-04章に戻ります
「子育ち12章」:第78-06章に進みます