*****《ある町の社会教育委員のメモ》*****

【子育ち12の基礎力?】

 この稿の第089号「社会人基礎力」(2006年05月19日)で約束していたことに取りかかります。まずは,どのような約束であったか簡単に振り返っておきます。

 平成18年5月14日の読売新聞に,「社会人12の基礎力」という記事が載っていました。政府の「再チャレンジ推進会議」が社会人を評価する基準となる能力要素をまとめたということです。能力要素(その内容)を以下に列記します。なお,詳しくは,経済産業政策局の「社会人基礎力に関する研究会」の中間取りまとめを参照してください。

☆前に踏み出す力(アクション)
 =一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力
 1.主体性・・・・・・・・・・・・・・・・・(物事に進んで取り組む力)
 2.働きかけ力・・・・・・・・・・・・・・(他人に働きかけ巻き込む力)
 3.実行力・・・・・・・・・・・・・・(目的を設定し確実に行動する力)
☆考え抜く力(シンキング)
 =疑問を持ち、考え抜く力
 4.課題発見力・・・・・・・(現状を分析し目的や課題を明らかにする力)
 5.計画力・・・・(課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力)
 6.創造力・・・・・・・・・・・・・・・・・(新しい価値を生み出す力)
☆チームで働く力(チームワーク)
 7.発信力・・・・・・・・・・・・(自分の意見をわかりやすく伝える力)
 8.傾聴力・・・・・・・・・・・・・・・・(相手の意見を丁寧に聴く力)
 9.柔軟性・・・・・・・・・・・(意見の違いや立場の違いを理解する力)
 10.情況把握力・・・(自分と周囲の人びとや物事との関係性を理解する力)
 11.規律性・・・・・・・・・・・・(社会のルールや人との約束を守る力)
 12.ストレスコントロール力・・・・・・(ストレスの発生源に対応する力)

 以前から,子育てについて12の指針を提案してきましたが,そこでは12という数字に大事な意味を持たせてきました。そこで,上記の社会人12の基礎力に倣って,子育ち版を考えることができるのではないかと思われ,後で試みると約束していました。12という数字の重なりは偶然なのかどうか分かりませんが,どこかに共通するものがあると期待するからです。


 同じ数である12の指標をつきあわせていけばいいのですから,思考作業は簡単です。子育ち12章の構成になぞらえて,社会人12基礎力を対応させてみます。

    【子育ち12章】            【社会人12基礎力】
 《誰が育つのか?》
  1.決断する(自我の確立)・・・・・・・・・・・・主体性
  2.協力する(自他の認知)・・・・・・・・・・・・働きかけ力
 《どこで育つのか?》
  3.安心する(居所の確保)・・・・・・・・・・・・柔軟性
  4.信頼する(共存の認証)・・・・・・・・・・・・情況把握力
 《いつ育つのか?》
  5.表現する(言語の獲得)・・・・・・・・・・・・発信力
  6.理解する(概念の構築)・・・・・・・・・・・・傾聴力
 《何が育つのか?》
  7.実行する(能力の発揮)・・・・・・・・・・・・実行力
  8.尊重する(価値の選択)・・・・・・・・・・・・規律性
 《なぜ育つのか?》
  9.忍耐する(現実の直視)・・・・・・・・・・・・ストレス
  10.期待する(将来の展望)・・・・・・・・・・・・創造力
 《どのように育つのか?》
  11.分析する(失敗の発見)・・・・・・・・・・・・課題発見力
  12.挑戦する(学習の実践)・・・・・・・・・・・・計画力

 多少のずれはあるものの,それぞれに意味の重なりやつながりが見えて,キーワードとしての類別に対応が取れているように思われます。文字に連なる頭の中での思考の色合いをもう少し整理して表現しておかなければなりません。

 子育ち12章の構造を今少し説明しておきます。
 《誰が育つのか》という課題視点に対して,「もう一人の自分」という自我を想定します。自分を見ているもう一人の自分です。我を忘れるという時の我です。心神耗弱という場合の心神です。自我が人としての存在になると考えます。自我の確立が人として「必要な要件」であり,育ちの本体になります。そこで具体的には,決断できる力,主体性を発揮できる力という指標を掲げることができます。
 また,人は社会で生きるという制限が課せられています。自分一人では生きられないという条件の下では,自他の認知が人として「十分な要件」となり,育ちの課題になります。具体的には,協力できる力,人に働きかける力という指標が想定されます。こうして,必要かつ十分な二つの要件の対が揃うことになります。

 《どこで育つのか》という課題視点に対して,「安心できる居場所」という育ちの場を想定します。安心しているから,人は自分を成長させます。不安になれば閉じこもり,育ちが閉塞します。人とのつながりが途絶えたとき,生きる力は衰退します。家族や会社といった帰属意識というつながり感が,人として「必要な要件」であり,育ちの場となります。具体的には安心する力,違いを越えた柔軟な和の力という指標が掲げられます。
 また,自他の友好的なつながりが社会の基盤であることから,共存の認証が人として「十分な要件」となり,育ちの課題になります。具体的には,信頼する力,自他の関係をよりよくするための状況把握力という指標が想定されます。

 《いつ育つのか》という課題視点に対して,「言語の獲得」という摂取物を想定します。人は言葉を獲得して人になるということです。はじめに言葉ありきというわけです。物事を考える,感じる,人としての営みは言葉を介して行われています。もう一人の自分は言葉を覚えたときに,育っていくと考えます。自分に名前がついたとき,もう一人の自分は自分を意識化することができます。言語の獲得が人として「必要な要件」であり,育ちの糧になります。具体的には,表現する力,人として意見を言語に正しく表す力という指標が掲げられます。
 また,言語は人間関係を築くコミュニケーションの手段でもあり,概念の共通理解が人として「十分な要件」となり,育ちの課題になります。独りよがりの表現や捨て台詞は何の共感も得られなくて,意味がありません。具体的には,理解する力,人の言葉を聞き取る傾聴力という指標が想定できます。

 《何が育つのか》という課題視点に対して,「可能性の発掘」という能力開発を想定します。人は動物であり,行動を通して生きています。持ち合わせている能力を使うことが生きることになります。思っているだけ,するつもりだけでは何もしていないのと同じなのです。能力を発揮することが,人として「必要な要件」であり,育ちの意味にもなります。具体的には,実行する力という指標が掲げられます。
 また,能力を自分勝手な目的に使うことは許されません。社会的に適正であり,有意義な発揮が求められます。社会には,能力を使うに当たり,目的としての価値観が真善美といった形で共通化されています。価値の選択が人として「十分な要件」となり,育ちの目標になります。具体的には,尊重する力,規律性を守る力という指標が想定できます。

 《なぜ育つのか》という課題視点に対して,「希望の持続」という成長願望を想定します。人は明日は良くなるという展望を持たなければ,日々の生きる張り合いが感じられません。明日が真っ暗という閉ざされた状況では生きることの意味は失われます。もう一人の自分が明日の自分を明るいものと信じられるとき,今日の苦労を耐えることができます。明日があるという思いを背景にして現実を直視することが人として「必要な要件」であり,育ちが促されることになります。具体的には,忍耐する力,ストレスへの対応力という指標が掲げられます。
 また,明るい明日という思いが漠然としたものでもある程度の効果がありますが,長続きはしません。実現可能性という条件の満たされていることが大事になります。単なる夢であってはいけないのです。さらには,人と協力するという社会力の助けも仰がなければなりません。明確な形の将来への展望が人として「十分な要件」となり,育ちの目的になります。具体的には,期待する力,創造力という指標が想定できます。

 《どのように育つのか》という課題視点に対して,「失敗の克服」という成長原則を想定します。人は失敗体験を通して自らの能力を発揮させられます。失敗を真摯に受け止め,未熟なところを見極めるという反省を経て,人は前に踏み出すことができます。失敗することで失敗の程度が見えるので,対処を考えることができます。失敗をしていないと,何が起こるか分からないという不安が膨らみ,臆病になります。失敗の発見が人として「必要な要件」であり,育ちの出発になります。具体的には,分析する力,課題発見力という指標が掲げられます。
 また,失敗の原因が見えると,なすべき課題も明らかになりますが,だからといってその解決への対処がすんなりと進むとは限りません。課題は見えても,どうすればいいのかが分からないことが普通です。失敗を乗り越えてきた先輩諸氏から受け継ぐ学習の実践が「十分な要件」となり,育ちの課題ごとの仕上げになります。具体的には,挑戦する力,実践的な計画力という指標が想定できます。

 どの課題視点についても,自我(奇数項)と自他(偶数項)をベースにしたペアの指標を取り上げています。6W1Hの課題視点と必要十分という対を組み合わせることによって,12の視点から育ちを総合的に分析することができます。その上,社会人12の基礎力との間に対応が見られるということから,「子育ち12の基礎力」と考えても連続性が確保されていることが明らかになりました。

 以上の簡単な認証作業を拠り所にして,これまで通りの子育ちメッセージを続けていくことにします。

(2007年04月29日)