HIKARU

 

 

 あの夏から、はや1年が経ち、また暑い夏をここで過ごす事になった。 

 照り返す眩しい日差しも、脳天を貫くセミの声もあの日と変わらないのに、向日葵の向こうの微笑みだけがない。

 

 「今日もあの子いるかなー?」

 小学校5年になった私は、一人で電車に乗って、この山のなかにあるおじいちゃんちにやってきた。

 ここは本当に自然が多い。

 あっちこっちにたんぼはあるし、小川も流れてるし、花もいっぱい咲いている。

 こんなところでずーっとずーっと住めたらいいのにね。

 なのに、どうしてここっておじいさんとかおばあさんばっかりで若い人が全然いないんだろう?

 私がここで見た事がある子供ってあの角の家の子と私だけだよ。

 しかも、あの子、いっつも向日葵が沢山咲いてるお屋敷の二階から手を振ってるだけ。

 一回も太陽の下で見た事がない。やけに色が白いし、どっか病気なのかな?

 私は、今日もあの子に会えるかどうかで期待を膨らませて角を曲がった。

「あれ」

 なんと今日は、その子が門の前に立っていた。

「あの…君、いつもうちの前通る子でしょ?」

 少しおどおどした声でその子が聞いてきた。

「そうだけど?」

「僕…ここの家の子で、ひかるって言うんだ。」

「私は、みき。あの…僕って…もしかして、あなた男の子なの?」

「うん、そうなんだ。」

 私は信じられなかった。

 だってひかる君は、私よりも背が低かったし、私よりもずっと色が透き通りそうなくらい、

白くて綺麗な顔をしていたんだもん。

 ひかる君と話してみると、私に驚く事ばかりだった。

なんと彼は、学校に行っていなかったのだ。

 なんでも、彼のお母さんが、先生の免許とかいうものを持っていて、お母さんや家庭教師が

今まで勉強を教えてくれていたのだ。

普通に学校に行っていれば、彼は中学1年生なのだが、もう、高校の勉強まで行ってしまっているらしい。

「ひかる君、学校に一度も行った事ないの?」

「あるよ。小学校1年の始めだけ、東京にいたから。病気で休みがちになって、やめたんだ。」

 そう言って、彼は少し切なそうに微笑んだ。

「ふーん。どこが悪いの?」

「体が弱いんだ。病気の素が入ってきても、それをやっつける力がない。」

 そう言って、ひかる君は一瞬泣きそうな表情になった。

「ごめん。」

 私の底知れない元気を、ひかる君にわけてあげれればいいのに。

「なんでみきちゃんが謝るの?」

 不思議そうな顔でひかる君が私の顔をのぞき込んだその時、

「ひかるー!なにやってんの。入りなさい。」

 家の中から、ひかる君にどことなくにた美人が出てきた。

「ひかる、早くはいりなさい。こんなところで…」

「ひかる君、お母さん?」

「そう。ママ、みきちゃんだよ。僕たち、友達になったんだ。」

「はじめまして。」

 私はちょっと照れながら軽く会釈をした。

「みきさん、あなた、ひかるの体の事、もっと気を使ってくれません?この子はあなたよりずっと繊細で

 体がよわいんですから…」

「…」

 ちょっと、おばさん、それはいいすぎじゃない?

「ママ…」

 とめる様にひかる君が口をはさんだ。

「何やってんの。ひかる、早く入りなさい。」

 そう言って彼女は、ひかる君の腕を掴んだ。

「ごめん、、またね。」

 私が口を入れるまもなく、彼女はひかる君を引きずるように家の中に入って行った。

 次の日、私はめげずにひかる君に会いに行った。だが、門の前には彼の姿はなかった。

 私は彼のお母さんが恐くてそのまま帰ってしまった。

 次の日も、その次の日も…。

 1週間後、お母さんや兄弟がむかえに来て、私は家に帰った。

 

 それから1年たって、私はまたおじいちゃんちにきた。

 途中で電車を間違えてしまい、駅に着いたのは8時すぎになってしまった。

「みきちゃん?」

 迎えに来たのは、おじいちゃんでもおばあちゃんでもなくて、なんとひかる君だった。

「久しぶり。」

「ひかる君!どうして…」

「みきちゃんのおばあちゃんが教えてくれたんだ。」

 1年ぶりに会った彼は、男の子に変身してた。

 身長も私よりも高くなっていて、肌は相変わらず白かったけど、頬に赤みがさしててとても健康そうだった。

「こんな時間に出て、お母さんに怒られないの?」

「実は、抜け出してきたんだ。」

 そう言って、いたずらっこそうに笑う。

「うそー!」

「ほんとだよ。ママに気付かれないように、窓から。」

「へー。ひかる君、元気になったんだね。」

「そうだよ。」

「みきちゃんに会うために、元気になったんだよ。」

 そんな会話をしながら、ひかる君は私を送ってくれた。

「今日、みきちゃんに…会えて良かった。」

 おじいちゃんちの前についたとき、ひかる君が私の顔をまじまじと見つめていった。

「明日も会おうよ。私、ひかる君ちいくね。」

「うんそうだね・・。ばいばい。」

「ばいばーい。」

 彼はそう言って、街頭のない田舎道の暗闇の中に消えていった。

 

 ピンポーン

 次の日、私ははりきって向日葵のトンネルをくぐってチャイムをおした。

「はい?」

 すると、1年前よりもやつれたひかる君のお母さんが出てきた。

「あなた…」

 彼女は、驚いた様に私の顔をまじまじと見つめた。

「あの…ひかる君は…?」

 礼儀正しく気をつけながら、私が尋ねると、彼女はいきなり泣き出してしまった。

「あっ…あの…どうなさったんですか?」

「…ひかるは…死にました。昨日の夜…。」

「う…そ…。」

「あなたのせいよ。ひかるは…あなたを待つんだって、夏になると毎日毎日、外に出てたのよ。

 もともと体の弱いあの子は…高熱をだして…」

 行き場のない怒りに、彼女は身を震わせていた。

「すみません。」

 私には、謝る事しか出来なかった。熱い涙が、私の頬を伝って流れだす。

 ようやくその時になって、私は彼の言葉の意味を理解した。

“今日、みきちゃんに…会えてよかった”

 天国に旅立つ前に、私に会いにきてくれたのだ。

「あなたさえ…」

 いきなり彼女が私の肩をつかんだ。

「…あなたさえ現れなければ…ひかるは死ななかかったかもしれないのに…」

 そうして、こんなきゃしゃな人のどこからこんな力が出てくるのかと思うくらい、まるで狂ったように

金切り声を上げながら、私の肩を揺さぶった。

「あの子は私の命すべてだったのに…なんで…あのこが…」 

 ふっと力を抜いて、ゆっくりと手を離した。そして、崩れるようにへたへたとタイルの上に座り込んだ。

「…。」

 私はなすすべもなく、ただ呆然として彼女をみていた。

 それだけ彼女は、彼の事だけを愛していたのだ。

“ひかる君、今ごろあなたは、楽しそうに天国でかけまわっているんでしょうね。

 そこで会った、大勢の友達とともに、元気で明るく…”

 とめどもなく涙があふれて、頬を伝って胸元に滑り込んでいった。

 

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