飛翔
まだここは、暖かい母さんの胸の下
何も考えなくていい
ただ、みんなと一緒に眠っていればいい
お腹がすいたら、 父さんが持ってきてくれる
母さんが食べさせてくれる
いまはまだ 眠ればいい
だが、時は満ちた
母さんが巣を飛び出した
驚いてみんな一斉に縁に立つ
「かあさーん」
「恐がらなくていいのよ。さあ羽根をひろげて」
母さんが向こうの枝につかまって手招きをする
「こっちへくるんだ」
父さんが応援する
だが見おろせば地面は遠い
落ちれば一たまりもない
「いくぞ」
やがて一人が飛び立った
「僕も」
後を追ってみんなが飛び立った
残ったのは僕一人
「恐くないよ」
回りの木たちがささやく
「楽しいよ」
兄弟たちが手を振る
僕は再び下をみる
恐がる僕をあざ笑うかの様に地面が揺れる
「早くいらっしゃい」
母さんが微笑む
「さあ、飛ぶのです」
木漏れ日が励ましてくれる
「あっ」
意地悪な風が、僕の背中をつついた
瞬間、僕の体が宙に浮いた
どんどん近づいてくる真っ黒い地面
もうだめだ
落ちていく僕の瞳が、
ストップモーションの様に辺りを映す
緑色の草や木達
澄んだ青い空
ああ、なんてきれいなんだ
「羽根をのばすのよ」
真下のすみれが叫んだ
そうか
バサッ
広げた腕に空気があたっていたい
ここでやめたら死んでしまう
一生懸命腕を動かす
フワッ
体が浮いた
もう一度動かして上へ
目の前の枝に、みんなが止まってる
「それでいいのよ」
隣に母さんが飛んできた
「よかったね」
兄弟たちがその隣に並ぶ
緑の木漏れ日が祝福を投げかける
木達はザワザワと拍手をしてくれた
下のすみれが見上げて手を振っている
「すみれさん、ありがとう」
「どういたしまして」
僕の回りを風がとりまいた
「ありがとう。君のおかげだよ」
「まあな」
彼は、ちょっとはずかしそうにはにかんだ。