rainbow
野菜を全て売ると、ただ、なんとなく噴水のへりに腰掛ける。
手元のお金は100ロゼ。
何度数えても、やっぱり、100ロゼ。
これじゃあ、パンを買ったら終わりじゃない。
肉を買うんだったら、せめて250ロゼはほしかったなぁ。
まぁ、ね。売れた野菜にしても、ろくなもんじゃない。
これっぽっちしか稼げなかったのも、しょうがないか。
また、明日出直そう。
貧乏っていうのは、つらいわぁ。
金持ちみたいに、光を集めることができないから、ろくな野菜がつくれりゃしない。
ヒョロヒョロとしてものばっか。
これで、お金を溜めようたって、無理だわ。
生きて行くのが精一杯。
嫁入り費用なんざ、できもしない。
父さんも、母さんも、私をおいて、あの世にいっちゃったしなぁ。
病気?
そう珍しいものでもないでしょ。クル病よ。
背中が曲がって、ベットから出れなくなって、段々と弱っていくのに、手の施し様が無い。
両親は死に、兄弟もいない。親類もいない。
今の私は、マンダリン家の御当主様。
とはいったって、あるのは、小さな畑のついた家とこの身体だけ。
食べるものを買うために、父さん母さんの物なんか、全部売っちゃった。
見上げれば今日も空は灰色。通る人達の顔も灰色。
まるで、私の心を表しているようだわ。
ま、家があるだけ、感謝しなきゃね。
腰まで伸ばした髪を売った金で、1週間は食べることが出来た。
でも、もうそのお金もない。
あ〜、お金欲しい〜。
1房だけ残して編んだ髪を、手でぶんぶん振りまわす。
だって、もったいなかったんだもん。
結局私、この髪気にいってたんだからさ。
赤毛っていうよりも、薄茶に近い色。
透かすと、オレンジ色に見えるって、家族の間じゃ有名だったんだから。
そう・・・だった・・・過去形・・。
私には・・もう・・・家族はいない・・。
あら。何で、涙なんか。
もう、泣かないって、決めたのに・・。
目をぎゅっとつぶって、綺麗なものをイメージする。
真っ青な空、真っ白な雲。
まぶしい太陽・・。
笑顔で働く人達。
どれもがもう、今の時代では見られないものばかり。
見たことはないけれど、想像するのは、私の勝手。
私は太陽を見たことがない。
10年前に死んだ母さんに聞いた話だと、太陽っていうのは、空に浮かんでいて、光はまぶしくて熱いんだって。
私が、「なんでおっこちないの?もし、熱いんだったら、みんな火傷しちゃうよ」って、聞いたら、母さんは、
「そうだね。何でだろうね。」って、微笑んでいた。
「長い時間太陽の光を浴びていると、肌が真っ赤になって、その後に茶色になるんだよ」
ランプの灯りの近くにいると、熱くて赤くなることはわかるけど、肌の色が茶色って、どんな色なんだろ?
土気色・・・じゃあ、病気だよね。
健康的な茶色・・ねぇ。
そう言えば、雨が降った後に太陽が出ると、『虹』というものが、空に出来るらしい。
その『虹』とかいうものは、7つの色が重なり合っているんだって。
たしか・・・赤と、オレンジと、黄色と、緑と、黄緑と、青と、紫だったかな?
そんなものが、真っ青な空に、橋みたいにかかるんだって。
よくわからないなぁ。
私が目を閉じて、その『虹』というものを想像していると、どこからともなく、炎が燃え盛る音がした。
音はするのに、決して熱くはない。
目を開けたそこに、腕を組んで長い髪の美女が立っていた。
肉感的な身体にぴったりとくっついた真紅の服を着けている。
他のひとがそんなもの着たら、ただの派手なんだろうけれども、この人似合ってる。
その表情から見るに、かなり怒っているらしい。
さっきの音は、怒りの炎が燃える音?まさかね。
「リオ、なにやってんのよ。」
「はい?」
聞き返す。
だって、私、この人知らないのよ。
なのに、私の名前を呼んでいる。
何処かであった覚えもない。
「リオ?」
「ごめんなさい。誰?」
「何ボケてんのよ。相変わらずだわね!私よ。クリムズン!!」
記憶をたどるが、やっぱり、クリムズンなんていう名前に覚えはない。
けれど、ふっと、『虹』のイメージが固まった。
それは、絶対にありえない光景。
見渡す限り、色とりどりの花が咲いていて、空は青く、雲は白くて、その上に、7色の弓みたいなものが
浮かんでいる。
うん。これが『虹』だろう。
初めてしっくりくるイメージに、うなづく。
で、ところで、この人は、誰?
「ちょっと、リオってば。」
「ごめん。わからない。」
「あのね〜、冗談もいい加減にしてよ。ミルガがおっかけてきてんだから。
ミルガ・・・ミルガ・・・やっぱり、記憶にない。
もしかして、この人、どっかで私の名前聞いて、からかって遊んでいるのかな?
そうだとしても、何で私なんだろう?
やっぱり、分からないなァ。
「やばい。見つかった。」
「え?」
突然、周囲が暗闇に囲まれた。
ものすごく広くて、何もない空間。
右見ても左みても、上も下も真っ黒。
どこから光が射しているのかわからないけれども、互いの姿ははっきりと見える。
小さな耳鳴りに似た金属音。
「何、ここ?」
「ミルガの結界に閉じ込めらたようね。」
隣りで、クリムズン・・さん・・は、恐い顔をしている。
あれ?この人の髪って、黒くなかったっけ?
どう見ても、真っ赤。うわっ。目まで真っ赤。
髪はともかく、瞳まで赤いなんて・・・。
よくわからない。
今日は、よくわからないことが多すぎるわ。
夢・・にしては、リアル。
長すぎるし、ひとつひとつの場面がはっきりしている。
でも、現実では、こんなことあるはずないし・・・。
「結界って、何?」
「しっ。黙ってて。」
突然、金属音が大きくなる。
「来る。」
知らぬ間に、私はつぶやいた。
何が、なんてわからない。
でも、これは、敵意、殺意・・・。
「お久しゅう。クリムズン姫。」
誰もいない空間から、声が聞こえてきた。
「私はあいたくなかったわ。出来ることなら、永遠に。」
「これは、これは、嫌われてしまったようですね。」
姿は見えないのに、肩をすくめたのがわかる。
「リオ姫までご招待できるとは・・・」
目の前の空気がゆがみ、男が現れた。
左目がある辺りは、まるで火箸にでも当てられたように焼きただれていた。
「な・・なぜ・・・私が姫なの?」
「ちょっと、リオ、覚えてないの?」
「そうですよ。7姉妹のうち、リオ姫だけは、記憶を封印することができましたから。」
「なるほどね。それで、虹のビジョンで記憶が戻らなかったわけね。」
「よくわかりましたね。姫君」
「あんたに、姫なんて呼ばれたくないわ。この裏切り者が!」
思いきり、男をにらみつける。
突如、男の眼前に、赤い炎の玉が浮かんだ。
「裏切り者とは、手ひどい。ただ、強い御方についただけです。」
笑顔で、その火の玉を握りつぶす。
その手には、やけどひとつおっていない。
何よ、これ。
私、やっぱり、夢を見ているんだわ。
でも、ほっぺをつねっても、叩いても、痛みはしっかりと浮かぶ。
次に、ミルガという男が、クリムズンさんに向かって、何かを投げるしぐさをした。
すると、何もないはずなのに、白い刃が彼女に向かって飛んで行く。
彼女は、自分の身長よりも高く飛びあがって、それを避ける。
この人たちって、人間なの?
落ちながら、こぶしを振るう。
赤い玉が、一瞬にしてこぶし大の火の玉になると、男に向かって飛んで行く。
男は、その火の玉に向かって手を広げた。
「ぐっ・・・」
着地するなり、彼女の肩に白い短剣が刺さった。
彼女の放った炎は、男に触れるなり、火力を強めて、その身体をつつみこんだ。
かと思ったが、炎の中に人の姿はない。
体勢を崩した彼女の上に、男がのしかかる。
でも、クリムズンもまけてはいない。
小さな炎をもうひとつの目に向かって飛ばす。
視力を失った男は、後ろのけぞった。
それを逃さず、男の下から抜け出た。
次の瞬間、男の身体は、炎に包まれた。
「ぐあぁああああぁぁぁ!!」
炎の塊が、右へ左へよろめき、やがて消えた。
「リオ、怪我はない?」
「あいつ、死んだの?」
「結界が解けないところを見ると、まだみたいね。」
「どうしたら、出れるの?」
「作った本人が死ぬか、ここから出ればね。」
「て、ことは・・・」
「まだいるわね。」
彼女が1点をにらみつけると同時に、私の耳に再び金属音が鳴り響く。
はっと息をのむと、そこにミルガがいた。
見えているはずはないのに、顔をしっかとこっちに向けている。
痛いはずなのに、唇の端には笑みまで浮かべている。
「クリムズン姫、大丈夫ですか?息があがってますよ。」
まるで、獲物をもてあそぶ肉食獣。
私たちをめがけて、白い刃がふりそそぐ。
それらを阻むは熱くない炎の盾。
逃げても、逃げても、四方八方から襲いくる。
「なんで、わかるのよぉ。」
疲れてきたのか、火力はドンドン弱まっていく。
「ここは、私の世界なのですよ。言うなれば、この世界全てが私の目であり、耳なのですよ。」
高笑いがひびく。
「そういうことね。」
盾の炎が弱くなる。その間を潜り抜け、刃のひとつが、私の眼前に迫る。
「リオだけは、駄目。」
クリムズンは素手でそれを掴む。
「ちょっ、大丈夫?」
「私を誰だと思っているの?炎のクリムズンよ。」
手のひらを見せるが、何も傷ついていない。
そして、笑ってみせた。
無理しているのが、ありありとわかる。
それはそうだろう。肩の傷から血が流れ出しているのがわかる。
「だけど・・・・もう限界。この盾も、じきに消える。」
「攻撃は最大の防御。私にできることないかな。何でもする。」
だって、私には何の力もない。
なのに、彼女は、私をかばい、傷ついていく。
明らかに、ミルガのねらいは、私たち二人。
でも、戦っているのは、クリムズンのみ。
それなら、私にだって、戦う権利ぐらいはあるはずだ。
でも、人間ばなれしたあいつに、どうやって・・・。
突然、髪を掴まれた。
「何っ!?」
とっさに、根元を押さえて抵抗する。
「リオ、これ、私に頂戴。」
「何よ。こんな時に。」
「いいから!」
私の返事を待たずに、指先から出した炎によって、私の1房だけのこした髪が切られる。
「後でそろえてあげるから。」
にっこり笑い、盾を消すと、ミルガに向かって、突進していく。
走っていくうちに、三つ編みにされた髪がほどけていく。
「観念されたようですね。姫。」
「さぁ、どうかしら?」
持っていた髪を、ミルガに投げつけた。
一瞬にして、髪が燃え上がる。
いや・・・違う。髪は決して、燃え尽きることはない。
炎の中で、オレンジ色に発光した。
リィン、リィン・・・
不可思議な音が、あたり一面に響く。
何だろう・・・。懐かしいような・・・綺麗な音・・・。
「この音は・・・やめてくれ・・・止めてくれ・・・・」
うっとりしている私とは反対に、ミルガは耳を押さえてうずくまる。
「忘れたの?私たち7人は、髪を使うことによって、姉妹の力を使えることに。」
炎を纏った髪が、ミルガの身体を締め上げる。
真紅の炎の中で、影が叫び、もだえ、のたうちまわる。
やがて、それは、黒い塊になると、崩れて行った。
気がつくと、私は再び噴水の前にいた。
目の前に、美女の笑顔。
「白昼夢?」
私の問いに、美女は無言でかぶりを振った。
「一緒に、いきましょう。」
手が、私に向けられる。
思い出せない。
わかるのは、この目の前にいる美女が、『人』ではないこと。
そして、私に関係があるということ。
わかったから。この人は、クリムズン・カーレスを、私はリムという愛称で呼んでいたことを。
どういう関係だったのかは、全くわからない。
でも、これだけは、この懐かしい感情は、確実だ。
「うん。リム。」
その手を取る。
うなづいた時に、後ろの毛がなくなっていることに気がついた。
end