本人作成の上告状です
当事者名等、弁護士作成分と同じです。



1. 私どもの妹の石井まゆみは勤務先の〇〇海上火災の職場定期健康診
  を入社以来毎年、受診していた。
  そこで胸部レントゲン写真上の異常を、連続して見落としされ、治療の機
  会を逸して死亡した。
   本件はその責任を問うたのに、原審では連続して見落としがあったこと
  は認めたが、過失責任を否定した。

   私どもは、健康診断を労働者の健康を守る制度として受け止め、受診し
  てきた。しかしこの判決では健康診断そのものの価値を否定しているとし
  か思えない。


   上告の趣旨は、被上告人〇〇海上のずさんな健康診断体制と、取り組む
  医師の姿勢の当否であり、余命いくばくもない者の人権など無いと言った
  が等しい人権無視と、集団で行われる健康診断はレベルが低くて良いとい
  う誤った判断で為された原判決の取り消しを求めるものである。



2.被上告人〇〇海上の検診の実態

 1. 〇〇海上では昭和62年時の健康診断は、被上告人〇〇ビル診療所に
   委嘱したが、昭和61年までは本店医務室に嘱託医を集めて、いわば自
   前で検診をやっていた。

   
    ところで、ここで胸部レントゲン写真の読影を担当した被上告人小〇
   は当時67才という高齢でありながら、勤務先の仕事が終えた後に被上
   告人〇〇海上へやって来て、夜間に長時間、レントゲン写真を読影して
   いた。

 2. その読影の具体的作業方法は
   1600枚もの写真を2日間に分けて、夕方5時頃から9時半まで、
   4時間半も連続して休みなしで800枚も読影した。
   それも当時67才で目の衰える年代の医者が、正規の勤務の終わった
   後のアルバイトとして作業していた。


 3. 我々の経験からしても、一日の勤務が終えれば疲労が溜まっている
   のは分かることである。それを更にその後、残業でしかも長時間も連
   続して作業をすれば、どんな人間でも、疲労困憊してまともな仕事な
   どできないことは想像に難くない。

    巷間云われるところの日本の企業を代表するといわれ、保険業務と
   いう商売の性質上、検診のプロとも称される被上告人〇〇海上は、社
   員の健康管理の一環と位置づけられる重大な定期健康診断を、社員の
   安全を守るべき立場でありながら、こんな年寄りの医者にしかもアル
   バイトの片手間仕事でやらせていたのである。
    これで社員の安全を考えた万全の健康診断体制といえるのか?
   上告人の求めるのは、このずさんな体制の当否である



三.健康診断はその目的を達するべきである。

 1. 我々は健康診断を受けた時に、その撮られたレントゲン写真を読影
   するのに、レントゲン写真読影の訓練を受けたことが無い医者がやっ
   ているなどとは夢想だにしていない。

    原審の判示する
      ア.検診に常時携わっていない。
     イ.胸部疾患の専門医でない。
     ウ.レントゲン写真読影の訓練を受けたことが無い

    の三つの条件を全て具備する一般臨床医では、何百枚も短時間に診
    れる筈もない。


 2. もしも、日本の社会においては、原審のいうところの一般臨床医が胸
   部レントゲン検診に従事し、これが胸部レントゲン検診の医療水準だと
   言うのなら、現行の健康診断の意義に背くもので、自身の健康管理の一
   環として機能しなくなる。
    こんな医師が検診に従事して、自身の写真を読影しているとしたら、
   我々検診受診者としては到底許容できるものでない。

 3. 原審はつまるところ「集団検診では見落としても免責される」との判
   決をなした。
    集団検診は異常を見つけるのが目的の筈が、集団検診だから見つけら
   れないと判示している。
   異常を見つけるための手段そのものが、異常をみつけられない理由とさ
   れており、極めて不可解であり、何者も納得できる理由となっておらず
   理由不備の違背がある。


    定期健康診断はその目的・意義からして我々自身の健康管理に十分に
   寄与するものであり、その目的を十分に達するためには、むしろスクリ
   ーニングとしての高いレベルが要求されて当然であるのに、集団と名が
   つくだけで、最も低レベルの、形ばかりでの中身のないものが容認され
   てしまう。
   これでは健康診断での見落としはますます増えてしまう。
   健康診断を受診する我々皆がこんな集団検診など許容できる筈もない。



四.原審の事実認定への不信

 1. 原審は昭和61年9月のレントゲン写真には異常影が確かに存在する
   と認定している。
   しかしながら、見落としを過失と認定しなかった。
   その認定の裏付けとして、異常を見落とすことに理由があるという被上
   告人側意見書を採用している。
    しかしこれら意見書と全く意見を異にする上告人側意見書もある。


    上告人は本件の写真を多くの医師にみてもらった。
   その医師達が口を揃えて、
   「本件では明らかに異常を見落としており、これを発見するのは医者の
   義務だ」という。
  
    しかしこれら医師達の大多数は、医師が医師を批判することへの遠慮
   から、ここだけの話として、自らの意見を公にすることを拒んだ。
    そんな中で是々非々の毅然たる考えから意見を述べたのが、上告人側
   意見書を作成した医師達である


    被上告人側は医師そのものであり、被上告人〇〇海上は日本の社会の
   中枢に位置する企業であり、医療側として、その経済力・政治力から、
   本件写真の読影について、被上告人側主張に沿った意見書の提出はいく
   らでも可能である。
    発見可・不可能の水掛け論に持ち込み、上告人側意見書を潰すことは
   雑作のないことである。

    このような事情を考慮すれば、自らの医療界での立場が悪くなること
   を承知の上で、意見を述べた者の言葉の真実性がより高いといえる。
   原審がこういうことに考えを至らせなかったのは、事実認定において、
   社会的強者の言うことのみ鵜呑みにしているとしか言えない。

 2. 集団検診で採用されている胸部間接撮影写真は、昭和40年代前半以
   前に比べると、その撮影装置も写真の質も格段に向上している。
    本件で撮られた間接写真はオデルカ100ミリミラーカメラ方式によ
   るもので、この写真は優れた解像力を持ち、直接撮影写真に比しても、
   感度は(有病正診率、異常を異常と正しく指摘する率)ほぼ変わらず、
   その診断能力は全く変わらない優れたものである。

    むしろ、集団検診の胸部検診としては、診断の正確性・簡便性・費用
   安全性の面から考慮しても、100ミリミラーカメラ方式の間接写真は
   集団検診の目的を達するためには優れたものであり、集団検診で撮られ
   た間接写真ということが、異常発見を困難にするということはないので
   ある。
   この点、裁判所には誤解があるようである。

 



五.癌にかかればどうせ死ぬから見落としても責任はない?

 1. 原審は昭和62年の検診では異常影の見落としの過失があると認定し
   ている。
    しかし延命の利益が無いとして被上告人桐〇を免責した


    まゆみは素人でも分かる程の異常を見落としされ、信頼していた会社
   に裏切られ、当然受け得る医療の機会を失った思いから「くやしい、
   くやしい」
とベットの上で言いながら死んでいった。

    素人でも分かる程の異常を見落とすという重大な過失が、何も咎めら
   れていない。
    どうせ死んでいた程の手遅れにしたのは、前年までの異常を見落とし
   続けてきた、被上告人〇〇海上のずさんな検診の結果ではないかという
   ことに思いが至り、まゆみの無念を思うと、上告人は胸が張り裂ける思
   いである。

 2. 癌にかかって余命いくばくもなく、どうせ死ぬとなっても、残りの人
   生を最善に意義のあるものとして、まっとうしたいと思うのは誰しもが
   思うことである。
    残りの人生をどう生きるかは、当人にも周りの家族にとっても大切な
   ことであり、どの道死ぬからとして、その人の残りの人生を否定するこ
   とにはつながらない。


    しかし原判決は、このような余命いくばくもない人間の残り少ない人
   生など価値がないとして、その人間の価値を否定して排斥したと同然で
   あり、著しい人権侵害があると言わざるを得ない。
    原審のこの判断は、社会的な生産に寄与できない者は不要と考える経
   済優先の強者の論理と同じであり、社会的弱者を保護する正義の考えと
   はかけ離れたものである。

六.毎年異常なしと言って、まゆみを安心させてきた責任はどうとるのか

 1. まゆみは自らの勤務先の被上告人〇〇海上に全幅の信頼を置いていた
   ゆえにそこで実施される定期健康診断にも全幅の信頼をおき、自らの健
   康管理の一環として十分に役立つものと評価していた。
    定期的に健康診断を受診していれば、もし病気に罹患していたとして
   も、それは無症状のうちに発見され、治療に向けて最善の選択が可能だ
   ったのに、しかし、定期的に健康診断を受ける事による恩恵を受けるこ
   となく死亡した。


 2. 被上告人〇〇海上は従業員就業規則で健康診断の実施を定め、就業規
   則はこれを誠実に遵守するとまで謳っている。
    ところがこんな取り決めとは裏腹に、目的を達し得ないような体制で
   健康診断を行い、その結果異常を見落とし、異常なしとまゆみに通知し
   て安心させた。
    ところがその実、その安心させた社員に対して、安心させたことに何
   ら保証がない。社員を安心させたことに何の責任ももたない。

 3. 被上告人〇〇海上は安心・安全を保証する商売を行っている企業であ
   る。
   ところが自社の社員に為した健康診断の結果の保証さえもできない。
   安全を守る体制さえも持たない。
   こんなことで社員の信頼に答えることができるのであろうか。
    被上告人〇〇海上は、社員であったまゆみの信頼に答えられなかった
   責任を当然負うべきである。
                
                                 以上。
 


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