空に書く手紙

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ニブルヘイムは小さな村だ。
銀行や郵便局なんてしゃれたものはない。
だからといって手紙も出さない、金も貯めないなんて事はないから、一番近い街から週に一回トラックでやってくるよろず屋の移動店舗に、郵便屋兼銀行屋は間借りしてる。


このトラックがやってくると、村中総出の大騒ぎだ。
なんといっても普段村では置いてないような最新の雑誌や小物、都会ではやってる洋服やお菓子なんかが積んであるからだ。


そういった買い物客と一緒に、村を出てしまった子供達からの頼りを待つ親も集まってくる。
あたしもその一人だ。
ミッドガルに出た息子は、月に一度必ず仕送りしてくる。
仕送りの金が欲しい訳じゃないけど、金が届くと言うことは、息子は元気で働いているという証明だ。
毎月律儀に送られてくる振り込み案内は、先月で9枚。
あの子が無事に仕事を見つけて、先月で9ヶ月たった。


職員が鍵のかかった箱を開け、中から手紙を取り出す。数は少ない。
都会に出ていった若い者達は、最初のうちこそまじめに仕送りだ近況報告だと便りをよこすが、慣れてくると自分たちの生活に夢中になるのか、便りを届ける間隔があき気味になる。


「ミズ・ストライフ。ミッドガルから振り込み案内届いてますけど、いますか?」
「はい、あたしです」
人混みをかき分けて前に進むと、すっかりなじみになった職員がにっこり笑って封筒を手渡してくれる。
「いい息子さんですね。毎月毎月、一度も滞ることがない」
その言葉を聞いて、すぐ近くでたまっていた女達が不服げな息をついた。
彼女たちの息子も、村をでてどこかの町で働いているはずだ。車が来るたびにあたしはここに来るけど、彼女たちが手紙を受け取っているのを見たことがない。
あたしはにっこりと笑って、「ええ、本当に優しいしっかりした自慢の息子です」と答えてやる。
職員は「それで今月はどうしますか?現金、引き出しますか?」と聞く。毎月のやりとりだが、あたしはいつものように「いいえ、そのまま貯めといてください」と答える。


生活に余裕があるわけじゃないけど、あの子がなれない土地で頑張って働いて送ってくれた金だ。簡単に使えるわけがない。
「せっかくの息子さんの厚意なのに、少しは使ってやらないと可哀想じゃないですか」
笑いながら職員が言う。あたしは答える。
「今はまだ子供だから、お金の使い道が分からなくてせっせと送ってくるんですよ。大人になって金が必要になったとき、一銭も残ってなかったらそれこそ可哀想じゃないですか」
「いい親子ですねぇ」
職員はにこにこと笑って箱の鍵を閉めた。ニブルヘイムに届く手紙は、今日はあたしのだけだ。女達が悔しそうな顔をしながら、嫌みっぽく声をかけてくる。
「ほんと、しっかりした息子さんね。うらやましいわ」
「ええ、自慢の息子ですから」
あたしはしらっと答えて、家に向かった。本当はあんた達に言ってやりたかったよ。


――あたしの息子は優しいいい子に育ったけど、あんた達の息子はどうですか?
あたしの息子をさんざんいじめて、親に甘ったれて幸せに育ったはずのあんた達の息子は今何をやってますか?――どうせ、親のことなんか忘れて、遊びほうけてるんだろう、ざまあみろ!だ。




ニブルヘイムは小さな村だ。付近はモンスターがうろつく不気味な山で、冬は長くて厳しい。子供達は娯楽も乏しくて、毎日、何をやって遊ぶか頭をひねってる。
なにをやっても怒鳴り込んでくる男親のいない小柄な子供は、ちょうどいい玩具だったろうね。
珍しい色の髪だとひっぱり、白い顔だと頬をつねり。あの子は隠そうとしてたけど、髪の毛ばさばさに切られてきたり、顔に簡単には落ちないような染料で落書きされたら、ばれないわけないだろうに。


それでもあの子は黙ってたよ。あたしは何も言わなかったけど、あの子は知ってたんだ。
小さい畑しか持ってないあたしら親子が生きるために、あたしが村の家々の細かい仕事を手伝ってその手間賃もらって暮らしてるって事。
雇い主の子供かもしれない奴らの悪さを訴えたって、何も言えないあたしが苦しむこと、よく知ってたんだよ。


だから何も言わなかった。黙って、朝から晩まで働くあたしに不満一つ言わないで、よく家の手伝いをしてくれた。夜、あたしがどこかの家の子供の誕生日パーティーの手伝いで家にいないとき、あの子はたった一人で固いパンと冷たいスープで食事をすませ、たった一人で毛布をかぶって眠ってた。
ほんと、四つか五つか、そのくらいの頃から、あの子はずっと一人で我慢してた。
たまに我慢が出来なくなってやり返せば、その日のうちにバカ父バカ母そろって怒鳴り込みに来たね。あたしは頭を下げてひたすら謝り倒したけど、言ってやりたかったよ。


いつも一人で畑の世話やら忙しくしているうちの息子と、家の手伝いもさぼって数人で集まって遊んでるあんたらの息子。
どっちが先にちょっかい出してきたと思ってるんだい。


ぎゃあぎゃあ騒ぐ連中を宥めるのに、あたしは擦り傷だらけのあの子の頭を無理矢理下げさせた。悔しそうに唇かみしめてるあの子を叱りつけ、形ばかりでも「ごめんなさい」を言わせた。
あたしだって悔しかった。あんたらのガキの怪我なんて知ったことかい!って何度言い返そうかと思ったか数は忘れたけど、結局一度も言えなかった。
女一人子供一人、知らない土地に移って暮らすなんて考えもしなかったから、今思い返せば、バカな話だ。知ってる土地だからって、みんな仲良く手を取り合って、なんて間柄ばかりじゃないってわかってたくせに。


生きるのに精一杯で、働くのに精一杯で、気がつけば、あの子はほとんど口を利かない笑わない子に育っていた。
朝早いうちから畑の世話して、日の高いうちは山に入って帰ってこなくなった。
あたしは知らなかったけど、モンスター狩りの猟師達と知り合って、その手伝いしながら小遣い稼いだり銃の使い方を教わったりしてたんだね。
あたしはたった一人の息子の事をなんにも知らなかった。
あの子はぶっきらぼうな態度の中で、あたしのこと気遣ってくれてたのに、あたしはあの子を守ってやれなかった。


毎月仕送りはしてくれるけど、手紙なんてよこした試しがないね。
どこでどんな仕事をしているのかも知らせてよこさない。
本当に神羅で働いてるの?ソルジャーになりたいって言う夢は、少しは近づいてきてるのかね。


なれない土地で苦労してるだろうに、あんたは今もあたしのこと気遣ってくれてるんだね。
あんたは言葉が足りないから、愛想なんて持ち合わせてないから、きっと本当に苦労してるだろうに、それでも頑張って生きてるんだね。
あたしはどうしたら今の気持ちを伝えられるんだろうね。
手紙を書こうかと思ったよ。この郵便局職員を通じて神羅支局に届けてもらえば、ひょっとしてあんたの所に届くかと思って。


でもやめた。


ちょっとでもあんたの気を逸らすようなことはしたくない。
手紙を書いたら、きっと一言入れてしまう。
『つらかったら、帰っておいで』って。
帰ってきたっていい事なんて一つもないって分かってるのに、そう書きたくなる。
今までだってまともに守ってやれた試しなんかないくせに、近くにいたら、きっと守ってやれるなんて、そんな事考える。


何も出来ないけど、でも、何かしてやりたいって気持ちだけは山ほどあるんだ。
ほんと馬鹿みたいだね。


だから、今は我慢しとくよ。
あんたが一人前になって、自分から顔を見せに来てくれるまで。


あんたはあたしの自慢の息子だ。
あんたがどこで何をやろうと、どんな人間に成長しようと、あたしはそれを全部認めるつもりでいるよ。


たとえば、どんな屑になってたって。
どんな人でなしになってたって、あたしはあんたの親だから。
世界中があんたを非難したって、あたしはあんたを守りたいって気持ちを失ったりしない。


気持ちしか持ってない駄目な親だけど、だけどクラウド。
あたしはあんたを誇りに思ってる。
その思いがいつかあんたを支えられるように――。


それだけは伝えておきたいよ。





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