読書の時間

 TOP


重厚で高価そうなテーブルの上は、ジャンクフードで埋め尽くされていた。
ハンバーガーやホッドドッグの包み紙。半分残ってるポップコーンの大袋と、まだ手つかずのポテトチップスが数袋。
ペットボトルには中途半端に残った炭酸飲料。そしてそれらの中心に積まれているのは、派手な表紙のペーパーバック。


「……ザックス……あと何冊…?」
「頑張れ!あとは『愛と冒険、スリリングな恋の夢』シリーズが9冊、『花束とキャンドルの彩る夜をあなたと2人で』シリーズが12冊。俺が読んでる『時を越えて結ばれる愛』シリーズ残り2冊…」
「なんだよ、それ〜〜。俺、もうやだよ、こんなの!」
クラウドはうんざり顔で手にしていた本を投げ出した。
薄い表紙のイラストは、キラキラシャンデリアと大量のバラの花をバックに、ビラビラのドレスにティアラをつけた乙女とタキシード姿の男が見つめ合う図。


「そんな事言わずに協力してよ。全巻読破!」
「やだよ、だって、何冊読んでも全部展開が一緒!なんで、突然の出会いでいきなり一目惚れだったり、プロポーズしたり、一緒に行動したりして、喧嘩して仲直りして最後は結婚なんだよ!『始めてあったときから好きだった』なんて告白、後からするくらいなら最初っから言ってりゃいいじゃないか!」
「それじゃ、物語にならんだろって。クラウドちゃん、フィクションを楽しむ素養が少ないのね…」
「だって、最初っから恋愛する気満々なのが見え透いてて、不自然だろ」
「恋愛したいって思った相手に出会ったとき、相手も同じように自分に恋して欲しいって願う、可愛い乙女心じゃないの。女の子って、可愛いね〜〜」
にへらっと顔を緩ませるザックスに、クラウドは逆にぶっすりとした顔になった。
「俺には理解できない」
「あー、今現在幸せな恋愛してる人はわかんなくていーの。初対面で一目惚れが納得いかないなら、こっちはどう?別れて数年後、再会した幼なじみの間に、再び愛が燃上がり……」
「幼なじみに夢見すぎ」
クラウドはぶっきらぼうに言い放った。再会後に愛が燃上がるくらいに親しかったら、完全音信不通なんて普通ならないだろ。なるなら、それはもともと親しくない、ただの同郷って事だろ、とクラウドは心の中で突っ込みを入れる。
恋云々はおいておいても、クラウドには結局の所、「幼なじみ」といえる程親しい友達は出来なかった。できなかった原因の半分以上は自分の愛想のない性格だという自覚はあるのだが。


「全巻読破の宿題を出されたのは、ザックスだろ。好きなだけ居座ってていいから、1人で読めよ」
「クラウドちゃん〜〜そんな冷たいこと、いわないでよ〜。全部読んで、感想聞かせて、って言うんだよ。いくら展開が同じだって、ある程度内容つかんどかないと」
「だから、1人で読めって言ってるだろうに」
「だから、手分けして読まないと絶対無理だって!ほら、クラウド!感想文ちゃんと書け!登場人物の名前と舞台の地名も忘れずに!」
ザックスはノートと鉛筆をクラウドに突き出す。


ようするに、恋愛小説好きの彼女に、感動を分かち合いましょう、とハートマーク付きの笑顔で本の山を渡されたザックスは、一冊読み終わる前に1人で頑張る努力を完全放棄していたのだ。
ザックスは必死だった。
甘ったるい「ああ、○○○、あなたを信じていたのに!やっぱりあなたもお父様の財産目当てだったのね!私は本気で愛していたのよ!」「すまない、××。俺は本当は大富豪だったんだ!君のパパの財産なんて、関係ないんだ!」のありえねーだろ、普通!な愛の告白合戦は微笑ましく読めるが、やたらキラキラしい上に幾通りも愛称のあるヒーローヒロインの名前など、読んだ端から忘れていってしまうのだ。
「ヒロイン グローリエンヌ・バーンシュタイン ニックネームはビビ。その理由は子供の頃可愛がっていた人形の名前 パパだけの秘密の呼び方はプチ・リリアン その理由は大好きだった姉に似ているから」
なんていうこじつけ設定、覚えられるわけないだろ!名前はシンプル短め覚えやすく!!と叫びたいザックスだ。
とりあえず、名前と舞台の地名だけでもチェックして貰わないとどうにもならない。


だが、クラウドにしてみればそれ以前の問題だ。
部屋をバラの花束で埋め尽くして「まあ、あなたって突拍子もないことをするのね。私、甘い香りに酔ってしまいそうよ」「機嫌を直していただけましたか?僕の可愛いプリンセス。君のためなら毎日違うバラの花を飾らせるよ」なんていうわざとらしい会話が延々と連なる小説など、眼が滑って頭に入らない。


「俺、今度のマテリア取り扱い資格試験準2級受ける予定だから。そっちの勉強で忙しいんだ」
「あんなの、実地で何回か発動させてるなら、楽勝で受かる資格だから」
「ソルジャーはペーパーテスト免除だろうけど、俺達は実地試験の前にまずそれで合格しないといけないんだから」
「大丈夫だって!なんなら、俺、過去問題集どっかから借りてきてやるから」
「テストの答えだけ書けたって意味無いだろ!」
「そんな真面目な事言わないで、協力してってば〜〜〜〜〜」
さっさと自室に戻ろうとするクラウドの袖にザックスは縋った。


「これに協力してくれたら、マテリア試験の協力、俺もするから〜なんなら、魔法発動の目標になってもいいから〜〜」
「俺に使えるマテリアが回復だけなの知ってるから、そんな事言うんだろ」
少しふてくされ気味のクラウドに、ザックスは揉み手しながら下手に出た。
「鼻血でるまで繰り返し回復していいからさ。エーテルも差し入れするから!頼む!」
「……もう」
一見「仕方ない」と言いたげな顔つきで、でも魔法実地訓練の期待で目を輝かせながら、クラウドは座り直した。
「鼻血出るまでケアルかけていいってホント?」
「…回復魔法も、本当はかけすぎると身体に良くないんだけどね……基礎代謝上がりすぎて疲労したり…身体の自己回復機能がサボタージュ始めたり…」
悪党顔で微笑むクラウドにちょっと後込みしつつ、ザックスは本を差しだした。
「まず、この5冊分のレポートよろしく」




クラウドが再び恋愛小説に挑戦を始めてはや2時間。
すでに時間は深夜。でもちらりと目を上げると、まだ未読の本が大量に残っている。
「……ザックス、ちゃんと読んでるか?」
しょぼしょぼする目をこすりながら横を向くと、ザックスは開いた本を顔に乗せて居眠りを始めている。クラウドは思わずザックスの頭をひっぱたいた。


「お前が寝るな!」
「『起こすときはキスでだろ?愛しのハニー?』」
「気持ち悪い事言うな!」
寝ぼけ眼で鳥肌物のセリフを抜かしたザックスの頭をクラウドは本気で殴った。それで完全に目が覚めたのか、ザックスは慌てて両手を振る。
「……い、いや違う!これは今さっき俺が読んでた本のセリフ!夢の中で口ひげが魅力なブルネットの美女が、胸毛が素敵なヒロインに優しく起こされてたんだ!」
「胸毛と口ひげ、どっちがヒロイン?」
クラウドは眼を眇めて聞く。ザックスの頭の配線がちょっと乱れているようだ。恐るべし恋愛小説。
「……胸毛がヒーローで、口ひげが当て馬だ…ヒロインはブロンドでブルネットはヒーローの元婚約者だった…」
「それ、どういう設定」
「……理解不能……」
がっくりと肩を落したクラウドの前で、ザックスはそれ以上に項垂れた。これ以上本を読み進めることはもはや不可能だ。


クラウドは大人びた表情でザックスの肩をぽんと叩くと、言い聞かせるように呟く。
「……ザックス…潔く、さっさと振られてこいよ…」
「言うな!今の彼女は、恋愛小説の話にさえつきあっていれば、デート3回のうち、2回ドタキャンしても笑って許してくれる貴重な逸材なんだぞ!」
「そんな貴重な逸材なら、がんばって読めよ!俺、多分、あんたよりも3冊は多く読んでるぞ!」
「要点は理解してるんだ!問題は、登場人物の区別が付かないことなんだって!だって、どれもこれも狙ったような美男美女で基本善人で、名前は格好付けてるし!そんなできすぎの主人公ばっかりなんて、詐欺だ!」
「詐欺だろうがなんだろうが、それを好きなのはあんたの彼女であって、俺の彼女じゃない!」
「当たり前だろ!セフィロスが恋愛小説読んで瞳ウルウルさせてたりしたら、それはハッキリ言って気色悪いぞ!」
「誰が気色悪いと?」
冷たく威圧感のある声が背後から聞こえ、ザックスは瞬時に背筋を伸ばした。




「サー、お帰りなさい!」
クラウドがぱっと笑顔になり、持っていたペーパーバックを放り出す。
「今、帰った……しかしなんだ、この状況は……」
セフィロスは憮然として部屋を見回した。普段ならあり得ないスナック菓子やらジャンクフードの残骸と、安っぽい装丁の本が散乱している。
「ご、ごめんなさい…すぐに片づけます」
慌ててゴミ袋を取りに行こうとするクラウドをセフィロスは引き寄せた。左腕でクラウドを抱き寄せたまま、セフィロスはザックスを睨む。


「それで、誰が気色悪いと?」
「……い、いや…旦那が気色悪いんじゃなくて……俺の彼女と旦那の趣味が同じわけないよね〜〜〜……って話…」
「当たり前だ。なぜオレがお前の女と比べられてるんだ」
「……比べてるんじゃなくて……ザックスが彼女から宿題だされたんで、その手伝いで」
セフィロスはちらりと氾濫する紙くずと本の山を見回し、そこに埋もれたレポート用紙とペンを見つけ出した。
うさんくさそうな顔つきで身体を屈め、レポート用紙を手に取る。
「それ、ザックスが書いてる方。俺のはこっち」
クラウドは自分に押しつけられた紙を指しだした。
セフィロスは大雑把に適当に書かれたザックスのレポートと、ちまちまと紙一杯使ってびっしり書かれたクラウドのレポートを見比べる。


「……なんだ、これは。名前と愛称と地名?感想は、『男が格好つけ。女は勝ち気でかわいこぶりっこで泣き虫』」
自分がいない間2人が何をやっていたのか本気で理解できなかったのだろう。セフィロスには珍しい困惑した眼をする。


「ザックスの彼女が恋愛小説のファンで本を全部読んで感想語り合わないといけないんだって。でも量が多すぎて読み切れないからって、分担して読んでたんだ」
「なぜそこで分担なのかわからん。ザックスと、女の問題だろう」
「手伝ったら、ザックスがマテリア試験の勉強に手伝って、魔法発動の目標になってくれるって言うから」
しょぼんと小さくなって、クラウドは言い訳のように答えた。ザックスはその後ろで両手を合わせ、ゴメンと言うように項垂れている。


セフィロスは呆れ顔で手近に放り出してあった本を一冊拾い、パラパラと頁をめくる。最後までめくり終えると、また違う本。それを数回繰り返してから、ザックスに向かって言った。
「必要なのは、名前と愛称と地名か。内容はどれも同じパターンだから感想はないが」
「それでいいです!感想はマジでどれも一緒だからいいんです!名前と愛称と地名と、あと簡単なエピソードのつながりだけ教えてください!!」
ザックスはがばっと土下座した。
「……サー、手伝ってくれるんですか?」
クラウドが感動したようにいうと、セフィロスは薄く笑って答える。
「ザックスにいつまでも居座られても困る」


その後、十分程度で残り十数冊分のペーパーバックの内容を読みとると、セフィロスは聞き取り調査よろしくザックスの質問に全て答えてやった。
横で聞いてみると、無駄にあちこち移動して恋愛騒動繰り広げてたんだなぁと、妙なところでクラウドは感心した。
でも男がトレジャーハンターなのに有名なリゾート海岸辺りでしか沈没船探ししてなかったり、女が痴話喧嘩で飛び出していった先がモンスター満載の洞窟だったりするのは設定的にどうかと思ったりもするのだが。


「ありがとーございました!これで、カンペ完璧!彼女にどの本について感想求められても、ちゃんと答えられます!」
「帰る前に、ゴミの片づけだけはしていけ」
「ハイハイ、了承しましたです、サー!!」
「あ、俺も手伝う。ザックス、マテリアの練習につきあう約束は」
「判ってるーーーって!!多分、次の休み明けには体力減ってるはずだから、好きなだけ回復してちょーだい」
「体力、何に使う予定なんだ?」
クラウドはゴミ袋に缶ビールの空き缶を放り込みながら、掃除機片手にウロウロしているザックスに聞いてみた。
「そりゃー、クラウドちゃんの休日明け疲労と同じ理由」
エロ臭い口調で答えると、クラウドは真っ赤になった。


「……次の休みって……うちの小隊、今日明日と珍しく連休だよね。それで今日読書会で明日デート……?」
「そう、恋愛小説の話題で盛り上がって、ラブラブで濃厚な時間をたっぷり過ごしたあとは、減った体力をクラウドの魔法練習で回復!なんか、俺的に完璧な計画って感じ!!」
脳天気にそう答えるザックスに、クラウドは無駄に疲弊させられた気分になる。家主が出張中で暇だったからって、1日潰してつきあうんじゃなかった。
ゴミ袋片手にぺったり座り込んだクラウドに、くすりと笑いながらセフィロスが呼びかけた。


「クラウド。今度の出張の土産だ」
「……はい?」
ノロノロと顔を上げると、セフィロスが差しだしているのは一個のマテリア。
「精製の失敗で成長しない冷気のマテリアだ。どれだけ使い込んでも弱いブリザドしか使えないというから、引き取ってきた」
疲れ切っていたクラウドの顔がぱっと明るくなる。受け取ったマテリアを手の中で転がしながら見つめる。通常よりも一回り小さく魔力も弱々しいが、間違いなくひんやりとした冷気を秘めたマテリアだ。


「これ、俺が使っていいんですか?」
「実戦で使える威力にはならんが、発動の練習程度には十分使える。お前が試験を受けると言うから、ちょうど良かろうと思った」
「ありがとうございます!明後日、早速使ってみます!」
明るいクラウドの声に、ザックスはぴくんと反応すると、おそるおそるというように2人の方に顔を向けた。
「明後日、使う……?使うって、何に?」
にっこり笑ったクラウドがザックスを指さす。
「ザックスに。魔法発動の目標になってくれるって、言っただろ?」
「……言ったけど…言いましたけど…」
それはあくまでケアルの練習のつもりだったと、そう言いかける前に、クラウドはにっこり晴れやかに言う。


「大丈夫だって!ちゃんとケアルの練習もするから!ブリザドかけてケアルかけて、またブリザドケアルブリザドケアル…エーテル差し入れしてくれるんだろ、俺的に完璧な計画って感じ!」


小悪魔的に嬉しそうな笑みのクラウドの背後では、大魔王的な恐ろしい笑みを浮かべたセフィロス。
いまさらいやだとも言えず、ザックスはへなへなと崩れ落ちた。





 TOP

-Powered by 小説HTMLの小人さん-