花咲くイモ

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その日は朝からついてなかった。
格闘訓練ではあと少しで組み手時間終了という時になって相手に捕まり、気持ちよく投げ飛ばされた。
息を荒くして転がっていたら、覗いていた慰安兵達が一言。


「だっさーーーい、イモみたい、イモ!」
「イモ転がしだね、イモーーー!」


一言じゃなかった。こいつら、リーダーが俺のこと「イモ」って言ったの知ってて、事あるごとにイモ呼ばわりする。
悪かったな、イモで。どーせ、お前らみたいに、髪の毛トリートメントだの、肌のお手入れパックだのしてないよ。
捕まえて綺麗な顔にビンタの化粧施してやろうと思ったら、その前に逃げ出していた。
なんだよ、その足の速さ。
お前ら、絶対に一般兵でもやってけるだろ。


その後、シャワールームで通りすがりの誰かにケツ撫でられた。
誰だよ、撫でるの!人がシャツ頭からかぶってる最中になんて事しやがるんだよ!
殴ってやろうかと思ったのに、シャツから頭出して見回しても誰もそれらしいのはいない。
こんちくしょう。


落ち込んだ気分でザックス小隊執務室に戻ったら、中からキンキン黄色い媚びた声。
最近、ソルジャー棟のあちこちでよく慰安兵達を見かけるんだけど、何かの強化期間か?たとえば忍耐力とかの。
気分が悪くてこっそりと階段の踊り場に避難すると、同じように避難していたザックスと遭遇。タバコくわえてげっそりとしゃがみ込んでた。


「……俺さ〜〜〜やっぱ女の子が良いんだよね。いくら美形たってさ、男に『ねぇ〜〜ん』なんて猫なで声出されてもなぁ……」
「なんであんなにウロウロしてるの?」
「新人が入ったらしくてさ、ソルジャーのパトロン持ってない連中が焦って営業かけまくってんの。あいつらの格付けって、パトロンの格によるらしくてさぁ……この際、セカンドでもサードでもいいから自分を贔屓にしてくれるソルジャー見つけようって、あちこちで色気振りまいて……おかげで触発されて、脳味噌花畑になっちゃった奴も多くて、ミーティングでも問題になってんだよな…」
「ザックスなんてファーストだし、アタックかわすの大変なんだ」
「もう大変、女の子の方がいいって言ってんのにさ、あいつら『一度試してみれば気持ちも変わります』とかって、なんであんなに自信満々なんだか」
ザックスはタバコの煙で輪っか作ってる。短くなったタバコを灰皿に押しつけ、立ち上がったザックスは俺を見て言う。


「お前も気を付けとけよ。さっきも言ったけど、慰安兵の色気に当てられて発情期突入しちまった連中も多いから」
「なんだよ、それ」
「ピンクの視界で、一般兵と慰安兵の区別つかなくなってる奴もいるって事。トイレとエレベーターには1人で近づくなよ。あと、物置部屋と倉庫とシャワールームと非常階段」
「……行ける所無いじゃん」
さっきケツ撫でられたのは黙っておこう。なんか訓練所も1人で行くなとか言われそうだ。
そんな事、壁に持たれてだらだらしゃべってたら、ショーンが迎えに来てくれた。


「隊長……あいつら、帰りましたよ……って、クラウドもいたのか」
なんかほっとしたような笑顔だ。人当たりが良くてザックス小隊随一の常識人のショーンにしてみても、慰安兵達の相手はきつかったようだ。
部屋に戻ると、全員だれた格好で椅子に凭れてる。サポートチームのメンバーは誰もいない。今日、特別訓練の予定が入ってたのは俺だけで、他は内勤だから小隊執務室に詰めてたはずなのに。ひょっとして、逃げちゃったんだろうか。触らぬ神にたたりなし。どうせ慰安兵達のターゲットはソルジャーだけなんだしさ。
俺は改めて室内にいるメンバーの顔を眺めた。
メリルは泣きべそだ。若いラブラブの彼女持ちの彼には、美少年に迫られるのは苦行でしかなかったようだ。
「隊長〜〜なんかうちの小隊、重点的に狙われてるんですけど」
「1人も慰安兵贔屓にしてる奴いないからな〜新規開拓の狩り場扱いなんだろ」
元営業部という変わり種のリドが淡々と言う。嫌な客のあしらいになれてたせいか、平然なリド。クールだ。
普段調子が良くて、俺が女装すると一番喜んでるグレンとロズは割と疲れた顔だ、意外だ。
「俺らも基本は女の子好きなの」
グレンが俺に向かって力説してる。
「クラウドの女装は違和感無く似合ってるから、可愛い女の子が目の前にいる気分で喜ぶけど、普段のお前に変なちょっかいかけたりしないだろ?その辺の区別はちゃんと付いてるから!」
喜んでいいんだかどうかちょっと複雑だが、とりあえずここでケツ撫でられる心配はしなくて良さそうだ。なんだか安心したから、コーヒーでも淹れてやろう。


「新規開拓ったら、いるじゃん、一番落としたい人」
メリルが唐突に言った。
「サーセフィロスに営業かける強者いないのかね」
思わず、ぴくんと聞き耳立ててしまった。
「あの人、美少年好みはないだろ」
「でも、男もいける口だろ」
「今の慰安兵のトップったら、ナンバー2のソルジャーサローお気に入りのダフニだろ。サーのお気に入りになれたら、一気にトップ入れ替わりだし」
「いたよ、サーに営業かけた強者」
ショーンの何気ない言葉に反応して、こっそりキッチンの衝立の影からソルジャー達の会話を盗み聞き。
なんか張り付いちゃってる俺のこのポーズ、情けない。


「昨日だったかな、書類届けに行ったら泣きながら出てきた子がいてさ。何かと思って聞いたら、営業かけに来たって。後学のために『なんて言って断ったんですか?』って聞いたら『触っただけで潰れそうな薄い身体には欲情しない』って言ったんだって」
ぶはっとザックスが吹き出す声が聞こえた。
「それ良いな。薄い身体はノーサンキュー!俺も今度誘われたら言ってやろう。『俺はグラマー好きだから、あと20センチバスト増やしてからおいで』って。もちろん女の子ならスレンダー大歓迎」
「ほんとに鍛えてきたらどうするよ」
「無い無い、あいつら、『華奢でか弱い花のように可憐な美少年』が売りなんだから。真面目に身体鍛える気のある奴は、営業かけてる暇があればダンスや歌のレッスンしてるって」


げらげら楽しそうな笑い声を聞いて、俺はちょっと安心した。
良かった、慰安兵の誘惑なんて、サーには全然通じないんだ。
あいつらの薄い身体なんて、全然魅力無いって――。


俺ははたと気がついて自分の身体を見下ろした。


慰安兵を笑えない、ペラッペラの薄い身体。
鍛えてもいくらトレーニングしても、まだまだ目立つ筋肉はついてない。
まだ子供だから、これから育つから仕方ないって、教官も言ってたけど――。
でも、薄い身体には違いない。


傍目には、俺も慰安兵も同じようなもんで、その慰安兵から俺はイモだと言われてて、サーは薄い身体なんて要らないって思って………。


なんか……これってなんか――。


――――俺って、何か良いところあるの?


………あ、自分の考えに落ち込んだ………。




□□■




帰ってきてからクラウドの様子がおかしい、とセフィロスは考えた。
夕食の支度をはじめたのはいいが、冷凍シチューの塊を解凍せずに鍋に入れて火にかけた所為で、隙間だらけの鍋底は変な音を立てている。
何よりも、四角いブラウンシチューの塊が、その形のまま鍋からつき出ているわけだが。
「ああーーーー底が焦げた!」
ようやく気がついたようだ。
クラウドは殆ど溶けていないシチューの塊を耐熱容器に入れ替え、レンジに入れた。
タイマーをセットしようとしたところで、セフィロスはその手を押さえる。


「クラウド……設定がオーブンになっているが、その容器はオーブンで使える物か?」
「あーーー、間違えた……」
セフィロスは嘆息する。ルームキーパーが丹誠込めて作ったシチューは、100年たっても食べられる状態にならなそうだ。


「オレがやる。解凍にセットしてから、鍋に移して火にかければいいのか?」
「……あ、…食べる直前にブランデーと赤ワイン入れて煮込めば、風味が増すってブライトさんのメモにあって……俺、ちゃんとやります」
クラウドは今度は神経質な手つきで設定をレンジに切り替え、解凍ボタンを押した。
次に棚を開けて、赤ワインのビンを取り出す。
「ちょっと待て、クラウド」
そこでセフィロスのストップが入る。
「オレにはそれがワインヴィネガーのビンに見えるが違うか?」
「あ……酢だ」
ラベルを確かめ、クラウドは大きなため息をつく。
「……間違えちゃった……入れる前で良かった」
ワインとヴィネガーのビンを二本掴んでラベルを確かめて、ヴィネガーのビンを棚に戻す。


やっぱりおかしい。
いくらなんでも、ここまで注意力散漫になるなど、普通ではない。


「クラウド、何か困ったことでもあるのか?」
クラウドはぱっと顔を上げた。ちょっと困った風にセフィロスを見つめ、すぐに目をそらして「何でもありません」と応える。
予想の範囲だ。つまりは、何かあったと言うことだ。
クラウドがこうやって目をそらして言う「何もない」ほど、信用できない物はない。


「クラウド」
セフィロスはできるだけ優しい声で呼ぶと、金髪に触れた。
少し脅えた風に見上げる少年に、にっこりと微笑みながら話しかける。


「クラウド――くすぐり拷問という物を知っているか?」
「…は?」
突然何を言い出すのだろうと、クラウドはポカンとした顔でセフィロスを見上げた。
「こう鳥の羽で、敏感な足の裏や脇腹を触れるか触れないかのところで、そうっと撫でる」
セフィロスの指が、微妙な動きでクラウドの顎から喉をなぞる。
「最初は大したことがないと思っているが、四肢を拘束し、いくつもの羽根で強弱を変えながら撫で続けると、やがて堪えきれなくなる」
「……堪えきれないと、どうなるの…?」
喉から首、肩へと、セフィロスの指が動く。薄いTシャツ越しの微妙な感触に、クラウドは皮膚がもぞもぞしてくるのを感じる。身体の内側から沸き上がるもぞもぞとした嫌な感触が背をはい上がる。
セフィロスの指は脇腹までさがって腰骨の上をそろりとなぞり、それから背中にまわって骨に沿って上に登る。指先だけの微かな感触。


「笑いが止まらなくなる。口を閉ざすことも出来ないので、涎が垂れ流しになり、息が出来ず呼吸困難に陥る。身体は激しく突っ張り、よじれて疲れ果てるが、くすぐられている間はどれだけ苦しくても休むことが出来ない」
セフィロスの指は上半身を一周し、クラウドの心臓の上でぴたりと止まる。背中に感じたゾワゾワは持続中。
ゾワゾワ落ち着かず、身もだえしたい気になってくる。
「端から見ていると面白いが、やられている本人はたまったものではない。――辛いぞ?」
「はい……」
クラウドはごくんとつばを飲み込んだ。
「こちらの質問に答えるまで、それは続けられる」
「……えと」
クラウドは狼狽えた目でセフィロスを見上げた。何を言いたいんだろう。
「……実は書斎に羽ぼうきがあるのだが」
「………はい…」
「試してみるか?」
にっこりと微笑むと、セフィロスはためらいのない動作で踵を返す。
まっすぐ書斎に向かう背中に、クラウドは慌てて飛びついた。
話を聞いているだけで背筋がぞわぞわして気持ち悪いのに、実際にくすぐられたりしたらどうなるか判らない。それに何より、一度くすぐられたが最後、止めてと言ってすぐに止めてくれるのかどうか。
――そんなの、試したくない。


「答えるから、しゃべるから、くすぐるの止めて!」
「よし、いい子だ」
満足そうに微笑むその綺麗な顔に、クラウドは思わず「……鬼」と呟いていた。




「で、今日何があったんだ?」
セフィロスの質問に、渋々クラウドは全てを話した。
慰安兵からイモと呼ばれたことから、セフィロスの「薄い身体に欲情しない」宣言まで。
ケツ撫でられたことだけは内緒だ。どういう反応するのか、ちょっと想像できない。
あまりにも馬鹿馬鹿しい悩みで、わざわざ相談するのもなんだと思っていたのだが、意外とセフィロスは大真面目で聞いている。
やっぱり酢入りシチューを食べさせられるのは、嫌なんだろうか。


「……それでイモだし、薄いし……俺のいい所ってあるのかな…って、ちょっと気になって…」


クラウドは上目でセフィロスの表情を窺った。呆れてないだろうか。
セフィロスは呆れ顔だった。そして言った。
「一つ聞くが……まさか、お前は、自分が華奢でか弱いとでも思っていたのか?」
「…はい?」
まさしく、世間一般ではその通りの扱いだと思っていたのだが、英雄の評価は違っていたようだ。
「確かに、細いことは細いし、軍にいては余計に細さが強調されて見えるだろうが、お前の細さは慰安兵の細さとは違うし、何より、その体格からしたら馬鹿みたいに頑丈な方だと思うぞ」
「……馬鹿みたいに頑丈って……そうなの……?」
思わずクラウドは聞き返した。頑丈なんて、始めて言われた。
「ただ痩せているだけなら、軍の訓練についてこれるわけがない。とっくの昔に身体を壊している」
セフィロスはクラウドの腕を取った。
「ザックスのような固く厚い筋肉ではないが、しなやかで弾力のあるいい筋肉だ。今のまま鍛えていけばいい」


……ペラペラの身体だと思ってたけど、ちゃんと鍛えられてたんだ…。


そう思うと、クラウドは嬉しくなった。
「ありがとうございます、サー」
セフィロスが触れた部分の腕を撫でながら、クラウドは礼を言った。
「お前はもう少し自分を評価した方がいい。それから、さっきからのお前達の言い分はイモに失礼だぞ」
「はい?」


イモ?イモに失礼?


クラウドは混乱した。なぜに突然イモの話?


「イモは長期保存が利くし、腹にたまるし、栄養価は高いし、どんな調理法でもいける。実に実用的な作物だ。良い意味で使われこそすれ、悪い意味で使っていいものではないぞ」
「……はい…」
なんでイモの解釈で説教されなくてはいけないのかちょっと理解に苦しむが、とりあえずクラウドは大人しく頷いた。
確かにイモは役に立つ。ニブルのようなあまり豊かとは言えない土地でも実を付けてくれた。茹でたり焼いたりするだけでも食べられるし、どんな調味料にも合う。
こう考えると、「イモ」と呼ばれるのも悪くないんじゃないかなと思う。見た目じゃなくて、実用重視だ。


「確かにそうですね。イモは観賞目的の花じゃなくて食用の野菜なんだから、一緒にする方が可笑しいかったです」
「だが、お前が、もしも」
「はい?」
半分笑いかけの顔でクラウドは返事をした。セフィロスは割と真顔だ。
「お前がイモ扱いは心外で、繊細な花のように扱って欲しいのなら、オレはそのようにするが」
クラウドは本気で吹き出した。


つまり、イモと呼ばれて落ち込んでた俺を慰めるために、イモの良いところを並べ上げてくれたんだ。


クラウドは笑いながら首を振った。
「イモでいいです、俺、花って柄じゃないし、そんな風に扱われたくないし」
そしてセフィロスを見上げる。
クラウド本人は意識していないのだろうが、くすくすと笑いながらの上目遣いは凶悪に愛らしい。その辺の花など視界から吹っ飛ばせるだけの威力がある。
「それに、サーがとてもイモ好きなの分かりましたから。俺、どうせなら、花みたいに見られるだけじゃなく、実用的で役に立つと思って欲しいし」
その言い方にセフィロスも吹き出す。
「随分な口説き文句を覚えたものだ」
「だって、本当のことだし……だからって、今食べてくださいって事じゃないですーーー!」
「腹が減った。我慢できない」
いそいそと伸ばされたセフィロスの手が、クラウドのシャツの裾にかかり、まくり上げようとしている。クラウドは慌ててその手を押さえるが、まったくなんの枷にもならない。
「俺だって、お腹すいてますーーー!せめて、ご飯食べてからにしてくださいーー!」


っていうか、この服を脱がす手際の良さはなに?タマネギの皮むき?


空腹を訴える叫びも虚しく、イモだタマネギだと野菜を思い浮かべているうちに、クラウドはその場で美味しく食される羽目になってしまっていた。
解凍されたまま放置されていたジャガイモ入りシチューは、その後、セフィロスの手によって温められ、無事にクラウドの胃に収まったという。


「……やっぱり、もうちょっと、大事に扱って欲しいかも…」
「わかった。次からは収穫時期を考えよう」
その悪びれない言い方に、クラウドは深く深くため息をつく。


実のある野菜も楽じゃない。


ついていないような、ついているような、そんな微妙な1日だったなぁと、ジャガイモを頬張りつつしみじみ思うクラウドだった。






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