夢の中で、クラウドは走っていた。
辺りは薄暗く、靄に包まれて視界は狭い。
『サー、待ってください!』
靄が割れて、銀の長い髪を背に垂らした長身が現れる。
その傍らに誰かいる。
クラウドは足を止めて訴える。
『サー、俺も連れていってください』
『駄目だ』
冷ややかな返事と共に、セフィロスは振り返る。
クラウドを見る目は表情がない。
『お前は連れて行かない』
『……なぜですか?』
『お前が子供だからだ。お前は、オレの隣に立つにふさわしくない』
『そんな……』
クラウドは後退る。セフィロスは無表情なまま、傍らに立つ人影の肩に手を回す。
『さあ、行こう。オレが連れて行くのは、お前だけだ』
『待って、サー、俺も連れて行って!早く大人になるから、だから』
『お前には無理だ』
セフィロスの返事はあくまで冷たい。
『なぜなら、お前は――――』
その返事を聞き、ショックで膝をついたところで、クラウドは目を覚ました。
□□■■
「で、なんて言われたのさ」
半分は義務感の顔で、ザックスは聞いた。目の前にいるクラウドはさえない顔で膝を抱え込んでいる。
ソルジャー棟の屋上の片隅で、昼食も取らずにぼんやりしているクラウドを気遣うザックスに、クラウドが話し始めたのが冒頭の夢の話だ。
「まあ、旦那が遠征に出てもう2週間だもんな。……寂しくなるのは当然だよな…」
何しろ、英雄本人がミッドガル不在の間も、芸能ニュースは嬉しそうに違う女性との浮き名を次から次へと流してくれる。クラウドが不安になるのも当然である。
「……って、言ったんだ…」
「何?」
「ミドガルズオルムを1人で倒せないからって。倒せるようにならなきゃ、遠征に連れて行ってやらないって言ったんだ!」
「そっちかよ!」
ザックスは思わず突っ込んだ。あんたの不安って、そっちですかそうですか。
離ればなれの恋人の夢見てそれってちょっと違うんじゃねーの?
ってゆーか、ちょっと待てお前、ミドガルズオルムなんて、ガチンコで勝つったら、1stだってけっこうきついぞ、あんた理想高すぎ!と棒読みで考えるザックスだ。
「俺が弱いから、サーは俺をモンスター討伐に連れて行ってくれないんだ……」
膝に顔を埋めて、本気でしょげてしまったクラウドに、ザックスは慰めの言葉もなかった。
「……クラウド君、……俺がこんな事言うのもなんですけど、ちょっと方向が違うんじゃないでしょうか?」
「違うって?」
「こういう時はふつーはさ、綺麗な女の人とかと一緒に行っちゃう夢を見ちゃった〜〜〜とかさ、そういうオチじゃねーの?」
「……それは別にどうでもいいから」
「お?」
「だって、サーの浮き名なんていつもの事だし。最近じゃ、『本命の金髪碧眼の美少女はこの娘では?』って言われてる子までいるし」
「ああ、アイシクル出身のモデルの子だっけ?確か、16才で公表されてる本命彼女と歳が同じだからって…。でもあっちは身長176センチで、小柄の条件に当てはまってないよなあ…」
「俺が小さいって言いたいのか」
身長に反応してドスを利かせるクラウドの声に、ザックスはフルフルと首を振った。
「言ってない、言ってない」
慌ててそう弁明してから、なんで子供の声にソルジャーの俺が脅えているのかとはたと気づき、ザックスはちょっとだけ意地悪く言った。
「噂だけじゃない話も混じってたりして〜〜〜」
「それも別に良い。……立場上、相手に恥かかせられない時もあるだろうし……」
「おや、随分と物わかり良いねぇ」
「だって、そんな事に嫉妬したって仕方ないだろ。俺が知る前から、サーは英雄やってたんだから」
無理して言っているのかと思ったが、クラウドの表情は平常通りだ。本気でそんな風に思ってるんだろうか。ザックスはまた意地悪く言ってみた。
「でもさ、やっぱり、今もそうやって女とよろしくやられたりしたら、気分悪くない?噂のアイシクルのモデルの子、確か、一緒に八番街歩いてたって話だよな」
「でも、その日、8時まで会議で本社にいて、9時には家に帰ってきて食事してたよ、サー」
クラウドはケロリとして答えた。
ザックスはますますムキになって言ってみた。
「赤毛の女優さんの噂とか」
「確か、コンサートを一緒に見たって人だよね。コンサートが終わった30分後には帰ってきた」
「ブルネットのどこかの企業の女社長」
「食事してたって雑誌に載った時間の1時間以内に帰ってきてたよ」
「お前、サーの帰宅時間、全部覚えてるのかーーー!」
何をムキになっているのか、逆にクラウドは不思議そうになりながら答えた。
「だから、遠征とか、会議とか、公式のスケジュールで遅くなる時以外は、大抵8時前には帰ってきて家で夕食食べてるから。それ以外で遅くなる時は、連絡入れてくれるんだ」
「帰るコールっすか……?旦那、律儀っていうか、古……」
「なんだよ、いいじゃないか。俺が12時過ぎても起きて待ってると、早寝しないと発育に悪いって怒るんだ」
脱力したザックスのセリフに、クラウドはプンスカしながら答えた。
話が完全に変わっている。
「……お前が夜勤で帰らないときは?そん時は、何時に帰ってるか判らないだろ」
「俺が夜勤で、サーもミッドガルにいるときは、ソルジャー棟の仮眠室使ってるよ。ザックス、気がつかなかった?」
そういや、なんか休憩室でよく顔を合わせるような気がする。前はいつもソルジャー棟に入り浸ってたような気がしてたから、かえって気がつかなかった。
「……ふーん、つまり、だから、お前は、サーの浮気関連には全然気にしてないのね…」
「気にしてないわけじゃないけど、気にしたらきりがないって話。俺は一緒にいられるだけでいいんだし」
クラウドはそう言って膝を抱えたまま、にこっと笑う。その笑顔に、さしものザックスもくらっと来る。
なるほど、こんな可愛い顔で健気な事言われて、そんでもって微妙に「浮気してたって平気だもーん」なんて本気で言われたりしたら、かえって気になって仕方ないよな…。
浮気相手とよろしくやる暇があるなら、もっと自分に惚れて独占欲むき出しにして我が儘言って焼き餅焼いて困らせてくれるようになるまで、口説き倒してやるって気になる。
天然のタラシだ、……こいつは…なんて事を思い、ザックスはクラウドを見た。
「じゃあ、焼き餅なんて焼いたりしないんだ」
「焼き餅は焼くよ。やっぱり……くやしくって八つ当たりしたくなる相手とかもいるし」
「へー、誰だ、そんなの」
「あんた」
クラウドは躊躇わずザックスを指さす。自分の鼻先に突きつけられた細い指先を、ザックスは寄り目で見る。
「へ、俺?」
「サーはザックスの実力信頼してるから。よくミッション同行の指名も受けてるし」
クラウドは心底悔しそうに言った。
「ザックスは強いから。ちょっとやそっとじゃ追いつけなさそうで、悔しいよ、ほんと。馬鹿みたいな話だと思うけど、嫉妬してる。いつか、俺もそんな風に信頼されて、一緒に戦いにいけるようになりたいって、凄く思ってる」
「お前、焼き餅の焼き方がちょっと間違ってるぞ……」
「どこがさ」
「だから……いや、もういいや……」
ひょっとして、クラウドが見た夢でセフィロスの隣にいたのは、俺だったのかも知れない――なんて事を考え、ザックスは思わず床に両手をつく。
サー・セフィロス。あんたの可愛い子は、なんか微妙に嫉妬の方向がずれてますよーーーー。
「まあ、いいや、口に出したら、すっきりしたし」
クラウドはへたり込んでるザックスを後目に、すっきりとした顔で立ち上がった。
「じゃ、どうせだから、ザックス。サーが帰ってくるまで、終業後の自主練つきあってよ。早く帰ったって、俺する事ないし」
「…え?ちょっと待て、お前にすることがなくても、俺は退社後する事が……」
「きーこーえーなーい!」
クラウドは腰に両手を当ててきっぱりと言う。ザックスはまたへたり込んだ。
これも嫉妬のなせる技か?クラウドのいけずーー!
幸いにして一週間ほどでセフィロスは帰ってきたので、ザックスの深夜までも及ぶクラウドの自主練強制付き合いは程なく終了したのであった。
後日談として。
「オレがいない間、クラウドが世話になったようだな」
「世話っつーか、うちの可愛いチームの一員だし」
「……ほう、では、お前は、チームの一員ならば、毎晩6時から深夜12時まで6時間も一つ部屋で2人きりで汗を流すのか?」
「うわ、何、そのばりばり誤解を招きそうな文章!」
「クラウドから聞いた。オレがいない間、自主練習につきあってもらったと」
「うん、つきあってやった……1人で帰ってもすることがないからって……」
ザックスは嫌な予感がして、こそこそとドアに向けて後退りを始めた。
セフィロスは笑顔だ。実に爽やかな、新兵募集ポスターの採用写真のような整った笑顔だ。
普通、こんな顔で笑うなど、あり得ない。絶対に!
「サー、……俺はその、ほら……女好きだから、…」
「それはよく分かっている。たとえお前が6時間ぶっ続けてくんずほぐれず格闘技の相手をしていたとしても、あれに欲情するなどあり得ない」
そう言うセフィロスの手には、いつのまにやら正宗。すでに鯉口は切られ、いつでも抜ける状態だ。
「か、格闘ばかりじゃなくて……剣の相手とか…」
「聞いている。剣の持ち方から懇切丁寧に教えてもらったと、喜んでいた。オレからも感謝する」
「旦那、言ってることと、やってることが違ーーーーう!」
次の瞬間、鋭く光る白刃が目の前を薙ぎ、ザックスは間一髪で背後に跳んだ。いや、斬る気は無かったのだろうと思う。本気で殺る気なら、ザックスの胴は今頃二つに分かれている。
「判っていても、気にくわんものは気にくわん!!」
「うわーい、正しい焼き餅だーーー!」
「やかましい!」
たとえ斬る気がなかろうが、殺気を乗せた刀身が間近を薙ぐ恐怖というのは、笑ったフリで冗談だとでも思っていなければ耐えられない。
ああ、しかし、セフィロスとクラウド、両方から嫉妬の対象にされるとは。
「俺ってもしかして、ものすごい重要人物?」
セフィロスの部屋から這々の体で逃げ出しながら、ザックスは脳天気に呟いた。