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時空の島(2004夏・八丈島)その2

大阪トンネルからの八丈小島

昨日に続き、今日もダイビングに向かうオカァチャンを父子で見送る。
今日はレンタカーを借りる予定なのだ。
なにぶん宿から徒歩で行ける観光ポイントは限られてしまうし、本数の少ない路線バスを乗り継いで周るには接続が悪すぎる。
何回かタクシーに乗る事を考えれば、レンタカーのほうが安いのだ。

まずは、島の西海岸の黒砂砂丘を目指す。
砂丘と言っても鳥取砂丘のような砂の砂丘ではなく、細かな火山噴火物が堆積した砂丘なのだそうだ。
イメージ的には伊豆大島の裏砂漠を想像するのだけれど、地図で見る限りさほど大きくは無さそうだ。
バイクで走っても走っても風景が変わらないほど広大だった裏砂漠などとは比較にならないだろう。
しかし今回はオコチャマ連れのウォーキングなので、逆に広すぎても困る。

島の中央部を横断して西海岸に出てから南下すると、やがて大阪トンネルへの登りなった坂となった。
このあたりは三原山から続く断崖絶壁がそのまま海に落ちている険しい地形であり、昔は島の南部に向かう場合の最大の難所だったらしい。
その断崖絶壁をイッキに貫いているのが、この大阪トンネル。
絶壁の中腹にあるトンネル入り口までの道は、延々と登る高架橋となっている。
高架橋のトンネル入り口付近は高度があるので八丈富士などの眺望がスバラシく、このトンネル自体が島の観光スポットの一つなのだ。
「観光スポットだぁ? たかだか、島のチンチクリンなトンネルだろう」
などとナメてかかると、ブッたまげる事になる。

「初めてココに来た時もレンタカーだったなぁ。いや、その前にバスで通ってる!」
ふいに、10数年前を思い出す。
その時の船は底土港ではなく八重根港に着岸し、まるで出迎えのように港で待ち構えていた島一周の定期観光バスに乗ったのだった。

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「えっ? 八丈島に行くって? そりゃタイヘンだぞぉ」
新潟のアイツの実家での晩飯のひと時に、アイツの父親が驚いた声をあげた。
アイツとの出会いから3年。
アイツはすでに長岡での勤めを辞め、実家に親と共に住んでいた。
そして、お互いの実家を行き来する、いわゆる親公認の仲になっていたのだ。
「なにがタイヘンなんですか?」
「だってアソコは、飛行機でも船でも、まずキップがとれないって言うじゃないか」
「そうですか? もう船は予約出来ちゃいましたよ」
「へぇ、そうなんだ。おかしいなぁ」
すでにアイツとは2人きりでアチコチ旅行にも行っていて、いまさら
「にゃにおぅ? ヨメイリ前の娘と泊まりで旅行だぁ?」
などと、食いかけたメシを噴き出される関係ではなかった。
それどころかワタクシはアイツの父親から大いに気に入られ、結納だとか具体的な日取りだとかは決っていないものの、
「オトーサン、ワタクシに娘さんを・・・・・・・」
「いやいや、コチラこそ・・・・」
なんてゴアイサツまで、既に交わしちゃっていたのだ。

その頃のアイツからは、とっくに『あまり仲良くなりたくないタイプの女性』などといった印象は消滅していた。
ワタクシが慣れてしまった訳では無い。
「アタシ、アナタ好みのオンナになるんだ」
アイツが口癖のように言っていたセリフどおりに、アイツが変わっていったのだ。
何もかもがうまくいっていて、そしてそれは延々と続くとばかり思っていた。

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トンネルをくぐり、樫立集落あたりから脇道に入る。
すぐに道はダートとなり、さらに枝道のダートを左折した先が、黒砂砂丘の入り口らしい。
その枝道は、すぐに荒れた登り坂となった。
路面自体は何とか走れそうだけれど、徐々に道幅は狭くなり、道路脇の木の枝がクルマの左右をコスりはじめた。
「ええいっ。行っちまえ!!」
八丈富士の最高地点、不動の滝、八丈小島に続き、またしても断念するのはゴメンだ。
進むほどに張り出してくる枝が、まるで洗車機にでも入ったようにクルマにからみ付き、バリバリと激しい音をたてる。
それがどうした。だから何だと言うのだ。
どこまで家族の思い出作りをジャマすれば気がすむのだ!!!

「おとぉしゃん、どうしたの? こわいよう」
オコチャマの声に我に返る。
「わ・わかった。もうやめるよ」
再び枝に擦られながら、脱輪にビビりながら、延々とバックで戻る。
それは歩くよりも遅いスピードだったにも関わらず、アッサリと枝道の入り口に戻り着いてしまった。
登る時はずいぶん長時間走ったツモリだったのに、これはどういう事だ。
そうか、そんなに追い返したいのだな。
よおし。それなら歩いてでも行ってやる。
枝道の入り口付近にクルマを停め、オコチャマの手を引いて再び登りはじめる。
引き返したポイントを難なく通過すると、そのすぐ先が道の終点だった。
そこからは低木の歩道を少し歩き、ついに海が見えてきた所に、黒々とした山肌が広がっていた。

黒砂砂丘


小さく、そして真っ黒な軽石が果てしなく堆積していて、そんな中を足をとられながらザクザクと登る。
イキドマリは、小高い山がイッキに海に落ちる急斜面の中腹あたりで、上を見ても下を見ても、山のテッペンから波打ち際まで黒い砂漠が続いていた。
バランスを崩したら、はるか眼下の海までノンストップで滑り落ちそうだ。
目の前には「これでもか!」と言わんばかりに青い海が迫り、まるで青い雲海から山頂部だけを出した独立峰のように、八丈小島が不自然に浮かんでいる。
どうだ、まいったか!
ついに未知の眺望を手に入れたのだ。


「おとぉしゃん。おかぁしゃんのフネ、アレ?」
母親は船に乗って海に潜りに行っているという仕組みを漠然と理解出来るようになったオコチャマが、眼下に浮かぶ船を指差す。
「そうだねぇ。きっとアレかもしれないねぇ」
「おかぁしゃん、はやく帰ってこないかなぁ」
オコチャマは、父子での探検の時には殆ど言った事が無いセリフを呟いた。
そうか。
もしかしたら・・・・・・
家族で旅に来ているこの島で、父親が家族以外のナニモノかを意識して行動している事を悟ったのかも知れない。
「ダイジョブだよ。おかぁしゃんは帰ってくるよ。じゃあ、おとぉしゃんとゴハン食べに行こうか」

黒砂砂丘からも、やっぱり八丈小島


島の中心部である大賀郷地区に戻り、役場近くの寿司屋に入る。
もちろん『島寿司』を食べる為だ。
島寿司とは、一見フツーの江戸前寿司風ながらも、サシミがヅケになっていてカラシ醤油で食べる寿司なのだ。
小笠原や南大東島でも食べた経験があり、なかなかカンドーモノだった。
しかし、何と言っても八丈島が元祖らしく、コレを食べなければ八丈島に来た意味が薄れてしまう。
もともと寿司好きのオコチャマも大喜びで、オトォチャンもタマらずに黄金色の液体を・・・・・・

メシの後はプラプラと散歩。
ついついオカワリまで飲んでしまったオトォチャンの諸般の事情により、運転するまで少し時間をおく為なのだ。
ほどなく、町役場の前に出た。
建物の規模からすると不釣合いに広い駐車場・・・・・
ふいに、10数年前の記憶が蘇った。
あの時、八重根港から乗った定期観光バスはココが終点だった。
船以外の予約は全くしないで八丈島に上陸し、飛び込みで定期観光バスに乗り、そして役場で紹介された観光ホテルに泊まったのだった。
「宿まではタクシーのほうが便利だよ」
なんだかイッキに宿に入るよりも、もっとアイツとの旅を噛みしめたい気分になり・・・・・
役場のオッチャンのアドバイスを聞かずに、ココから路線バスで宿に向かったのだ。

実は今回の八丈島での宿を探す際に、何が何でもその時の観光ホテルだけは避けたいと思っていた。
ところが、ガイドブックを見てもインターネットを見ても、全くそのホテルの名前が見当たらない。
プールや植物園まで備えた大きな施設で、当時の八丈島では数少ない温泉付きのホテルだったのに。
経営が変わって名前を変えたのだとすれば、知らずに着いてみてビックリなんてケースも・・・・・・・
しかし今回の宿さがしは極めて難航し、オカァチャンが申し込んだダンビングショップの斡旋で、やっと小さな民宿に潜り込めたアリサマだった為、そんなイニシエの観光ホテルの事などすっかり忘れていた。
それが今ココで、フラッシュバックとして蘇った。
そしてこの目で確認しなければ、どうにも気がおさまらなくなってしまったのだ。

オコチャマの手を引きクルマに戻る。
「これから、おとぉしゃんが行きたい場所に行くぞ。いいな」

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最期の時は唐突で、そして何が何だか訳が判らなかった。
それは八丈島の旅の翌年だった。
千葉の先にあった関連会社までの日帰り出張中に、会社の上司から電話があったのだ。
「オイ、大至急連絡とりたいってオンナから、何度も電話がかかって来てるぞ」
その相手の名前を聞くと、アイツだった。
慌てて電話を掛けてみると、
「とにかく会いたいの。お願い、早く来て」
と繰り返すのみ。
タダナラぬ気配を感じたワタクシはソッコーで会社に戻り、上司に告げた。
「すいません。早引きします。明日も休ませて下さい。理由は後で説明します」
上司は、アイツとの電話で何らかのヤリトリがあったのか無かったのか、理由を聞く事も無く
「わかった」
とだけ言った。
時間の経過がもどかしいまま新幹線とバスを乗り継ぎ、アイツの家に向かう。
アイツは自分の部屋の窓から、小走りに近付いてくるワタクシを見ていた。
いつからそうしていたのか判らないけれど、とにかく窓辺に立っていた。
親公認で旅行に行く仲だったとは言え、立場上、お互いの実家を訪れた際は別々の部屋に寝かされていた2人。
この晩は初めて、アイツの部屋に2つ並べた布団が用意されていた。


次の日の夜、最終新幹線で帰るワタクシを、いつものようにアイツはホームまで見送りにきた。
いつもと違うのは、なぜだかアイツの母親が、一緒についてきた事だった。
「このまま、アタシも一緒に乗っちゃおうかなぁ」
発車のベルが鳴り響く中、これまでに何度かは聞いたアイツのセリフだったけれど・・・・・・・
もし、この時に本当に新幹線に乗っていたら、いったいどうなっていた事か。
これが、最期に見たアイツの姿となった。

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再び大阪トンネルの坂を駆け上がり、南を目指して走る。
幾つかめの集落を過ぎ、そして見覚えのある枝道に入り込む。
判りづらいクネクネとした小道を少し迷い、記憶をたぐり寄せながら進むと、遂にその観光ホテルが見えてきた。
見覚えのある3階建てコンクリートの建物、
広い駐車場に並ぶクルマ、
正面玄関のロータリーには客待ちのタクシー、
どれもこれも、あの時のそのままだった。
ただ、大きく違っていたのは・・・・・・・
全てが朽ち果てていたのだ。
フツーに営業していたホテルの全てが一瞬にして終わってしまったような、まるで突然死のような光景だった。

廃墟化したホテル

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急遽訪れた新潟から戻った、翌日の夜だった。
会社から帰ると、ワタクシの母親が転がるように玄関まで飛び出してきた。
「ちょ、ちょっと、落ち着いて聞いて。新潟のオカァサンから電話があって、とにかくタイヘンなのよ!」
即座にアイツの家に電話すると、アイツの母親が出た。
「ごめんなさい。取り返しのつかない事を・・・・・」
何が、何があったのだ!
事故か事件か、それともまさか・・・・・・
とっさにアタマの中をグルグルと巡った想像は、全てがハズレだった。
アイツの母親の口から聞かされた事実は、まったく予想だに出来ない内容だったのだ。

「どうしても行かなきゃいけない所があるの!」
新潟駅でワタクシを見送ったアイツは、母親が強く引き止めるのも聞かず、1人でどこかに出かけたのだそうだ。
その晩は家に帰らず、そして翌日に男を連れて帰ってきて
「アタシ、この人と結婚する!」
などとヌカし、そのまま再び出て行ったという。
「オトォサンは怒って寝込んじゃうし、わたしはどうしていいやら判らなくて・・・・・とにかくごめんなさい・・・・」
最期の見送りの時に母親が同行したのは、何らかの気配を察知していたのかも知れない。
しかしそれを聞いても仕方が無く思え、電話を切った。
寝込むほど怒った父親、そして繰り返し謝るだけの母親。
その反応からして・・・・・・
アイツの決意の固さ、そして、もうどうにもならないであろう事が伺われた。
もう、自らアイツに事実を確認しようとする気力さえも沸かなかった。


他の男のもとに走るのであれば、あの時、何の為に新潟まで呼び出されたのだろうか。
最期の別離のツモリだったのだろうか。
それとも、最後の最後まで決心がつかなかったアイツの、苦渋の選択の場だったのだろうか。
いずれにしても・・・・・・
あの新潟出張が徹夜になってしまったハプニングから生まれた、アイツとワタクシとの物語は終わったのだ。

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いらっしゃいませ。温泉つきですよぉ

「おとぉしゃん、ホテル、壊れちゃったねぇ」
などとキョトンとしているオコチャマの手を引き、敷地の中を徘徊してみる。
溶岩太鼓定食などとケッタイな名前がついたメシを食ったレストランも、
観葉植物に囲まれたガラス張りの温泉プールも、
他の客が寝るのを待って、夜中に2人でコッソリ入った海っぺりの露天風呂も、
全てが当時のままで、そして目を背けたくなるような状態となっていた。
動く物と言えば、人の気配を感じてバサバサと逃げ惑うコーモリどもだけなのだ。
ロビーではコーモリがお出迎え

「うぎゃぁ!! もうヤダ!!」
コーモリに怯えて奇声を発するオコチャマのヒキツリ顔とはウラハラに・・・・・・
ワタクシは、ただただ笑いが込み上げてきた。
何がそんなに可笑しいのか自分でも判らないけれど、とにかく愉快で仕方が無かった。
過去の感傷なんて、実態はこんなモノなのだ。
あとになってホジクリ返してみたところで、こういう結果が現実なのだ。

「怖くない怖くない。よし、次はう〜んと面白い所に行こうな。そうだ、おかぁしゃんを迎えに行こう」

再び潜りぬけた大阪トンネルの先には、相変わらずの大パノラマが広がっていた。
何度も見慣れた風景なのだけれど、今までで一番に輝いて見えた。



八丈島にも、ささやかな見送り船団


レジャーボートや水上スキーなどに見送られて八丈島を出航した船は、
「波の状況が良ければ着岸します」
との条件がついていた御蔵島には、3頭のイルカに出迎えられながら無事に着岸した。
そして全島避難の最中で一般客の上陸が許されていない三宅島に、関係者の乗下船の為の寄港となった。
さらに、
「大島発東京行きの高速船がマシントラブルで欠航となりました。この船が大島に寄り、乗客を収容いたします」
なんて理由で、大島にも寄港する事になった。
大島からは大混雑になるからという計らいで、我が家は特一等の船室に無償で移らされた。

タナボタで入った一等船室   こちらは難民化した人々(大島・元町港)


そんな一つ一つのハプニングの中から、物語が生まれる事もあるのだろう。
タナボタで得た快適な船室に喜ぶ我が家、
エラいめにあって岸壁に立ち並ぶハメになった高速船の客、
同じハプニングが、幸にも不幸にもなったりする事だってある。
ただし最終的な結末は、それぞれの物語を読み終えるまでは誰にも判らないのだ。

さらば、八丈島

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かめりあ丸
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( 「海の素材屋」さんより )