左脳・右脳の機能局在性の個人差               2002-7-11 


■左脳は論理的で、右脳はイメージ的であるという。あるいは左脳は分析(アナリシス)し、右脳は総合(シンセシス)するという。ブローカによる言語野が左脳に局在することの発見 (1861年) に始まって、スペリーの分離脳の実験 (1981年ノーベル賞受賞) から、それまでその役割が重要であると理解されていなかった右脳の機能が徐々に理解されるに従って、分かっていること以上に右脳に期待するムードが広がって、それがいわゆる「右脳ブーム」として定着してしまった。いわく右脳は創造力の源泉であると。いわく右脳は人生の拘束から人を解き放つと。
 左手は右脳に対側支配されている。左手利きは右脳優位のために発現するようだ。よって左手利きは右手利きより、より高い機能の右脳を持つと。だから左利きには天才が多いのだ。となると自分は天才ではないにせよ、何がしかの優越性を持つという具合にn段論法で飛躍していく。

■以下の図は嫌いなスタンレー・コレンの「左利きは危険がいっぱい」から引用した。(p.169) この図を見て、左利きはにんまりするのである。この図のように分かりやすく示してしまうことで、左脳・右脳の機能分担も実に単純に割り切れることになってしまって、たとえば手元にある「人と音楽のかかわり:岡田昌大,音楽之友社,(1992)」(P.32) のように「…人間の脳の働きは、その活動内容に応じて右脳か左脳のどちらかに集中するものであることは、既に常識的になっていますが、音楽が右脳の領域に属することは聴覚という感覚機能と関わることからもはっきりしています。人間のいろいろな能力、例えば思考、感情、感覚、直感の他、論理や心情など日常生活に深く関わる能力は、総て右脳か左脳のどちらかに集中するといわれます。」などという疑いを持たない単純・明快な説明がまかり通り、これを前提としていわゆる「右脳開発」の有効性が語られている。


■しかし上のような単純な分類が必ずしも正確ではないことは、以前より知られている。角田忠信は、1970年頃からダイコテイック・リスニング・テストによって、西欧人と日本人で、音を受容する脳が異なることを示して、それをそれぞれの文化特性の要因であると主張した。実験から西欧人は言語音以外の全ての音(音楽も虫の音も)を右脳で受容しているのに、日本人は言語音は左脳であることは西欧人と同じだが、音については、基本的に音楽や雑音は右脳だが、虫の音や邦楽器方は左脳で聴いているという。
 また、左利きにとって重要なことは、すでに運動の利き手と感覚の利き手で記述した「脳と認知の心理学:永江誠司,ブレーン出版,1998年,3800円」の研究事例だ。(p.183) バーニィら(1975)の、被験者を個人とその家族の利き手から6つのグループに分けた線分の傾きの片側触知実験によれば、右手利き者の触知は左手優位だが、左手利き者の触知では左右差がない。本人と家族がともに右手利きの場合は74%が左手優位であるが、本人と家族がともに左手利きの場合は80%が右手優位であるという。また山本(1982)は図形触覚実験から、右手利き者の空間的−形態的処理が右半球優位を明確に示しているのに対し、左利き者のそれはほとんどないか非常に小さいことを指摘している。
 また著者の永江自身の研究 (1994) は「…複雑な絵画情報を意味的、空間的に統合し、体制化された記憶痕跡としてそれを保持しようとするシェマの働きは、主として左半球にラテラリティ化されていることが示されました。さらに、このような特徴は右手利き者においてより明瞭に現われ、左利き者でははっきり現われないことも示されました。」と記述している。
 さらに もう一つスタンレー・コレンから図を引用する。(p.151) これも左右利き手について、同じ傾向、すなわち右利きでは左右の分担は比較的明確に区別されているのに、左利きは人それぞれであるということを示している。


■バーニーの研究とコレンのデータなどから、左利きと右利きの左右脳の機能局在性について、整理してみると次のように考えることができる。
<右手利き>
 「言語認知機能」はほとんど左脳に、「空間認知機能」はほとんどとは言い切れないがかなり右脳に局在するというのが、ほぼ定説化している。しかし、詳細な研究では、イメージであっても、それが論理化しやすい(例えば赤い色は、イメージとしての赤より、論理としての赤が強い)ものであると、それは左脳処理される。
<左手利き>
 論理処理も、イメージ処理も、それを扱う脳は、個人差が大きく、いずれの脳の優位性を断定できない。すなわち、右脳に体側支配され左利きになったとすれば、左利きは左脳優位である。だからと言って、その右脳が創造的であったり、空間認知機能が高いか否かは、個人差があるということである。

左利きが創造的であるとか、ユニークであるとかいう幻想は捨てよう。そういうすばらしい左利きもいる。しかし空間的な右も左も区別がつかない、誤字・脱字に無頓着、英語のLとRをしばしば混同する自分自身が、強力なイメージ処理機能を持った右脳を所有するとは、到底思えない。
 研究事例は、右利きにおいては、左右脳の機能分担はかなりはっきりしているが、左利きでは、左右脳の機能分担に個人差が多いことを示している。左脳は論理的で、右脳はイメージ的であるというというステロタイプな分類は右手利きにはかなり当てはまるが、左利きでは当てはまらない場合の多いのだ。
 ただし左脳と右脳を、実在する脳の部位としてではなく、説明概念として捕らえると、例えば右脳という説明概念は、非論理的なイメージを司る脳という意味になり、それが左右のいずれにあるかは重要な問題ではなくなる。だからどこかの「右脳活性化プロクラム」を実行して、実際の脳の左脳であれ、右脳であれ活性化されたと自覚できたなら、それはそれで幸せなことである。



【左右の理屈】