運動の利き手と感覚の利き手          2002-7-3 


■6月29日にAtsushiさんから以下のようなメールをいただいた。

  >僕は京都の大学院生で、左利きです。以前、大学の講義で左利きについてレポートを書いたことがあって色々と
  >本を調べたのですが、その時から疑問がずっとあるのです。
  >ご存じかもしれませんが、確かカバーなしで緑の本だったと思います。その本の著者は、利き手では単調な運動
  >をする動きに適していて、非利き手では空間的な認知能力に優れているとあります。
  >難しくて何回か挫折してしまい未だに初心者の域を出ませんが、この本には、日本の三味線やヴァイオリンなど
  >の両手を使う楽器では鉢を持つ手や、ヴァイオリンのボウを持つ手は利き手ですべきで、空間的能力に優れてい
  >る非利き手の方は(左利きで言えば右手でしょうか)、フレットの方を押さえるべきだと有ります。

■ご存じな訳ないじゃないですか。ということで、本棚の左利き関連の本のカバーを全て外してみた。表紙が緑色の本が一冊だけあった。「手と脳:久保田競,紀伊国屋書店,1982年,1700円」である。早速読む。以下のような関連記述を発見する。
「(p.132)…字を書くとき、右利きの人は右手で、左利きの人は左手で書くほうが正しく上手にかける。点字を指で読むときは、右利きの人は左手で読み、左利きの人は右手で読むほうが正しくはやく読める。見たところ左と右とで形のちがわない指や手の運動と感覚に、右と左とでちがいのあるのは、左の脳と右の脳の働きに左右差があるからである。」
「(p,148)…川端康成の小説「雪国」に「…左手の人さし指をいろいろに動かして眺めては、結局この指だけが、これから会いに行く女を、なまなましく覚えている…」という個所があるが、左手、そして感覚が敏感なひとさし指というところに深い意味がある…」

■弦楽器に関する記述は発見できなかったが、どうも運動の利き手と感覚の利き手は一般的には逆であることを述べている。また、点字読取りの例などで、左手が触覚に優れているという知見も、右手利きの場合についてのものであることを知る。いずれにせよ、Atsushiさんの読んだ緑色の本は私の手元にないことは事実である。反省をこめて、さっそく左右関係の本を3冊注文する。この中に緑色の表紙の本があればいいのだが…。 
本が届いてから返事を書こうとおもっていたら、6月30日、あまりにもタイムリーにJSC(ジャパン サウスポー クラブ)のMLにダッペ族@kameさんの投稿がアップされた。それが以下の文章である。

  >以前に、点字の話題で、左手のほうが右手より触感が勝っているという話がありましたが、動物は人間に限らず、
  >左手のほうが触感が勝っているのかもしれませんね。
  >熊が蜂の巣をまさぐったり、猫が顔を洗ったりというのは「触る」という所作ですね。反対に右手は、そのとき、何を
  >しているのでしょう? そう、外敵への防御用。殴るなどの力仕事用にとってあるのでしょう。
  >人間が右利きといっても、道具を使う場合をさすことが多い。触るという所作ではあまり目立たないですね。触ると
  >言う所作は原始的で道具を介さない。触ると言う所作を左手に担保したからこそ、道具使いは右手になったのかも
  >しれませんね。
  >ノミを左手で持ち、右手で打ち込む。これはノミが対象物から受ける振動などの細かい触感を感知しやすい左手で
  >使いたいからだと思われます。ギターやバイオリンの音階を決める弦押さえも、押さえる感触が必要だから、左手
  >になっている。

傍線は私が引いた。非常に魅力的な言説であり、Atsushiさんへの返信は、この説明で十分であると感じた。

■本日(7月3日)注文していた本が三冊届いた。緑色の表紙の本はなかった。残念である。Atsushiさんが読んだ本はいったい何だったのか気になるところだ。とりあえず「脳と認知の心理学:永江誠司,ブレーン出版,1998年,3800円」にいくつかの研究事例を発見した。
「(p.183)…バーニィら(1975)の実験。
被験者を個人とその家族の利き手から6つのグループに分け、線分の傾きの片側触知実験を行った。
  ・右手利き者の触知は左手優位
  ・左手利き者の触知では左右差なし。(ただ、右手が左手よりやや再認がよい)
  ・本人と家族がともに右手利きの場合は74%が左手優位
  ・本人と家族がともに左手利きの場合は80%が右手優位 
山本(1982)は図形触覚実験から、右手利き者の空間的−形態的処理が右半球優位を明確に示しているのに対し、左利き者のそれはほとんどないか非常に小さいことを指摘した。…」

■右利きにおいては、左右脳の機能分担はかなりはっきりしているが、左利きでは、左右脳の機能分担に個人差が多いことを示している。だから、通俗に理解されている左右脳理論(左脳が論理、右脳がイメージという)は、必ずしも左利きには当てはまらないことになる。まったく脳が逆位の左利きもいれば、論理もイメージも片側の脳で処理する左利きもいる。このことが、まさに左利きが右利きにない多様性をもっていることの証左であると思われるのだが、Atsushiさんのメールにかえって考えると、彼が読んだ説は、まず右利きの人にはよくあてはまるが、左利きの場合はどちらとも言えないということになってしまう。結局、彼の脳機能をポジトロンCTで調べない限り、彼のギターを左利き用に張り替えるかはどうかは決められないということになる。



【左右の理屈】