Challenge No. 70 (November-December 2001)
12年生、イスラエルで徴兵拒否運動
「拒否者の目覚め Reveille for Refusers」

Dani Ben Simhon


 

徴兵の可能性のある62人が、首相宛の、パレスチナ人への圧政に加担する事を拒否する声明を記した手紙を公表した(囲み記事参照)。国家の統合を支持する一般の合意と、その保護の下に行われている罪の中にあって、彼らの声は新鮮なものである。インティファーダを鏡めようとする意志は、イスラエルの右派と左派の中にも共通のものである。この若者達の手紙は、閉鎖と攻撃、家屋の破壊、暗殺、そして砲撃を拒否することを約束する、支配的な合意の中に亀裂を入れようとするサインである。

これらの12年生達は、以前に若者たちによって始められた伝統を受け継ぐものだが、そこには違いもある。この種の以前の手紙では拒否は個人的な行動として述べられていた。以前の手紙では、彼らは首相に、占領地の勤務からの解放だけを嘆願した。今回彼らは、特定の地域の拒否に限定しないで述べている。多くは、軍に従事することを全く望んでいない。彼らの声の中には、平和へと今も導くことのできる機構として、オスロ合意を信頼する人達の声も聞くことができる。一方、異なる線に沿った解決策を模索する人達もいる。

何人かは、グローバルシステムに挑戦し始めたシアトルやケベック、その他の都市の若者たちの力に影響されている。(インターネット、Eメールは、62人が集まるのに重要な役割を果たした。)彼らの手紙は、イスラエルだけでなく、アラブ世界を含む世界各地へ、広く知れ渡ることになった。パレスチナ人遺族のあるグループは、彼らの主張に感謝する手紙を書いた。西岸のセルフィートの学生のグループもまた、感謝の言葉を述べている。

シャロン首相、
 
私達は、イスラエルで教育されて育った若い男女です。私たちはまもなくIDFに徴兵されることになります。私たちはイスラエル政府や軍の攻撃、人種差別的政策に抗議し、私たちがその政策に加わるつもりのないことを告知したいと思います。 私たちは、イスラエル国家によって行われている、人権を踏みつけるような行為に激しく反対します。 土地の没収、逮捕、裁判なしの死刑、家屋の破壊、閉鎖、拷問、そして医療行為の妨げ。これらはイスラエル国家が犯している犯罪のいくつかにしか過ぎません。これらのことは、イスラエルが加盟している国際的な契約に対する巨大な違反です。このような行為は違法であるばかりでなく、国家市民の個人的安全を高めるという、彼らが宣言した目的を達するものでもありません。 したがって、私たちは、自分たちの良心の要求に従うことが私たちの願いであり、またパレスチナ人民への抑圧行為に加担することを拒否いたします。これらの行動は“テロリスト”の名に値します。安全は、イスラエル国家とパレスチナの人々との間の平和的合意のみにより達成されうるものです。 私たちは、同年代の他の人達に呼びかけていますが、同様に、兵役に就いている人々、職業軍人、そして予備兵の方々にも同様に、私たちの例に続くよう呼びかけます。

9月にEtgarのスタッフが、抗議の手紙に署名した5人、Michal Bar-Or、Ya'ir Hilo、Alma Yitzhaki、Haggai Matar、Matan Kaminerを招いて、テーブルを囲んでの討論会を主催した。

Etgar:何があなた方の徴兵拒否という決断を導いたのですか?

Alma:15才の時、すでに軍隊には行きたくないと決めていました。私は占領地におけるIDFの全ての活動は、不当であると思います。私達はそこにいる権利はありません。私達がやるべきことは、領地を返し、IDF撤退させることです。なぜなら、そこでは植民地を守っているだけであり、そのこと自体が違法だからです。私たちがパレスチナ人に加えている危害は、インティファーダの原因であり、私たちへの攻撃でもあると思います。もしIDFを撤退させるなら、イスラエルの安全は増すでしょう。

Matan:僕の考えは、軍隊に入っても占領地での勤務は拒否することです。

Haggai:長い間、占領地での兵役には就かないと思っていましたが、インティファーダが始まってから、自分は軍隊に勤務することはでさないということがはっきりしました。軍服を着ること、武器を持つこと、宣誓すること、シンボリズム等、軍隊に関係するもの全てに加わりたくありません。僕にはパレスチナ人の友人もいますが、彼らは軍服を見れば、身内を殺した殺人者や、家々を破壊・包囲している兵士を思い出します。彼らと、そして自分のために私は軍服を着たくありません。

Michal:物心ついたときから思い出せるかぎり、私は兵役には就きたくないと思っていました。この国の制度の中で、それは私から一番遠いものでした。軍は、他の人々に圧力をかけるために力を注いでいます。それは防衛軍ではなく占領軍です。

Ya'ir:僕の決断は、始めから政治的なことでした。この考えは2年前からアンチシオニストという考えに発展し始めました。ユダヤ人多数派による国家という考えには反対でした。ですから、軍隊とそれが意味するものすべてを別の観点から見ていました。最近の僕の観点は、もっと階級という線に沿ったものに発展していきました。軍の作戦は、基本的に富裕層の利益のためです。例えば植民地を例にとれば、アラブ人たちはそこで働いていて、他方で、同時に軍は植民地を守っている。というのは利益というパイに近いからです。

Etgar:なぜちょうどこの時期に、手紙を公表するに至ったのですか?

Haggai:以前もすべてが悲惨で、犯罪的かつ非合法でしたが、インティファーダが始まってから、もっと悪くなりました。それが一つの理由です。もう一つは、徴兵される年齢に達したので、僕たちの立場を主張しなければならなかったのです。

Alma:インティファーダのために、多くの人々がパレスチナの人々に対して激しい感情をあらわにしました。この手紙はこれらの人々に、あらゆることを別にしても、私たちはいまだ占領軍であること、つまりここでは侵略者であることを気がつかせると思います。この手紙によって、私たちと同じ年代のグループも何かできることがあると気がつくでしょう。彼らには軍に加わらないということができます。彼らは単にノーと言うことができるのです。

Etgar:良心や不一致を理由として兵役から解放するといった個人的な解決策ではなく、グループを組織することを選んだのはなぜですか?

Matan:個人での行動は、あくまで個人的なものとしてしか見られません。グループでの行動、この場合は60人ですが、異端者達の問題としてみられることは少なく、より社会動向を含めた、現象と見られます。実際、僕たちはイスラエルの若者たちの中では多数派ではありません。僕たちの手紙に反対する5通の手紙がきました。しかし、僕たちはそれでも一種の動向、つまり、占領地に兵役に就くという合意を脅かす一種の風潮なのです。

Haggai:僕にとって、グループとしてこの活動をする最も重要な理由はメディアです。個人だと、取材もうけません。事実、マスコミは動きました。

Ya'ir:これは市民による不服従行動です。もしたくさんの徴兵拒否者が刑務所にいけば、社会的な重要性を帯びるでしょう。僕たちは、他の人達が、徴兵を廃止する運動に加わることと、軍に対してより多く批判を起こすことを願っています。

Michal:僕はパレスチナ人の戦いと僕たちの拒否との間につながりを見ています。このグループレターを手段として、僕たちは、彼らを傷つけるものを拒否します。僕たちは、彼らを支持するものがいることを示し、彼らを励まします。こういう理由で、これは力強い一歩です。この手紙は、デモや嘆願がそうであるように社会的抗議の手段であり、また、メディアの活動を引き起こすことも同様です。

Etgar:どのようにしてグループを組織しましたか?

Matan:6人で始めました。僕たちはいろいろな活動を通してお互いを知っていました。約6月ものとても長い間、僕たちは、何をしたらいいのか、どうこの手紙を書くかについてジレンマの中にいました。まさに何を書くかということについてです。手紙を書き上げるのには長い時間がかかりました。これを公表して24時間以内で、僕たちは20人のグループになり、数日後には62人になりました。

Etgar:アメリカでのテロ行為や戦争の怖さが、あなた達の徴兵拒否運動を広げようという叫びを弱めていくことになると思いますか?

Haggai:手紙に賛同して署名した者は、誰も引き下がらないと思いますが、その他に、状況は全く恐ろしいものになると思います。アメリカでのこの2日間の出来事の間、JeinとJerichoで20人が軍によって殺されました。その中には、10才の少女も含まれます。メディアはこの事には何の注目も示さず、西側世界は眉をひそめすらしませんでした。アラブ人とムスリムに対する人種差別が、常に最高点にあるような状態にいまや達しそうなのだと思います。それは、現在の状況をさらに極端なものにするでしょう。一方で多くの人々はこう言うでしょう。「これは戦争です。このような時に軍を逃れるのは反逆罪です」 もう一方では、そこへ行き、何が起こっているかを見て、何をすればいいのか尋ね求める人達の多くは、以前はともかく今は、徴兵拒否をすることもありえます。

Matan:僕は、シオニスト左派、そして過激左派ですら、アメリカのイスラエル支持の問題を理解する必要があると思います。アメリカがここでの紛争を解決するつもりがないという事実と向き合う時が来ました。アメリカは、イスラエルによるパレスチナヘの弾圧とアメリカによるイスラエルへの圧力を含め、自分の利益を守っているだけです。

Etgar:短期的あるいは長期的に、この紛争の解決策にどんなものがあるか、また、どんなことを望むか、考えを聞かせて下さい。

Haggai:初めに、この手紙の中で述べていることに僕たち全員が合意していることを強調しておきます。しかしそれだけではありません。例えば、解決策に関して言えば、この手紙は「公正な和平」について述べていますし、僕たちは全員それを信じています。二つの国家という考えを支持するのは全く間違っているという人たちがいることは知っていますが、それは事態を悪くするだけで、私たちは二つの国家に直接向かうべきです。結果としては私たちはそれを成し遂げなければなりません。しかし現時点では、率直にって、それは現実的ではありません。イスラエルの観点からしても現実的ではないですし(というのもイスラエルはそれを受け入れようとしないからですが)、パレスチナ人の観点からしても現実的ではありません。

Matan:僕は社会主義者、国際社会主義者です。長い目で見れば、世界の問題の解決は、すべての国が民主社会主義のもとで連合したときにのに到達されるでしょう。短期的には、政治においては、僕たちが望んでいるものと実際達成できるものとの間には常にギャップがあるのは確かです。僕はイスラエルに待てというのは公平だと思わないし、ましてや日々占領下にあり、息をつまらせているパレスチナ人にとってはなおさらです。その間、解決策は、両民族が国家を望んでいるということと調和することにあるべきだと思います。つまり、1967年の国境画定をもとにした、二つの民族のための二つの国家です。これが理想的とはいいませんが。

Alma:私は、グローバリゼーションという背景に対して、独立国家としてのパレスチナという考えには問題があると思います。パレスチナは経済的に搾取されるかもしれません。しかし、抑圧的な資本主義のもとでの自由国は、国民が市民権を持たない軍事的占領下の国よりもましです。彼らは日々占領下で生きている国民であり、毎日が彼らにとっては重要なのです。そこが要点です。

Michal:現在は、一人の子供がもう一人の子供の手を力ずくでねじ伏せており、それで最初の子供の望むものに、もう一方の子も同意しているいるような状況です。僕は、解決策は、経済的そして社会的なバランスを確立しようと試みるときだけ訪れると思います。

Ya'ir:僕は“二つの国家”という解決策を予想していません。たとえ彼らが移民を立ち退かせても、たとえば水に関してなど、論争はあるでしょう。双方のナショナリズムが加熱し、事態は振り出しに戻るでしょう。みんなが市民になりうる国にはより良いチャンスがあります。なぜなら、シオニズムは死に絶えたも同然だからです。すぐにはそうならないだろうけれど、僕の見方では、目的はこの方向にあります。

Etgar:インティファーダという点から、オスロ合意につてどう思いますか?

Matan:オスロは初めから問題のあるものでした。アメリカとイスラエルによる、パレスチナ指導者への協定の押し付けであり、それは多分パレスチナのブルジョワジーには有利だろうけれども、庶民のためのものでは決してありません。しかし、─これは多数派ですが─パレスチナの庶民について僕が知っていることをふまえると、PLOの指導者Arafat、Abu Mazenは合法的な指導者です。彼らは腐敗している、彼らは問題がある。しかし、彼らはいまだ指導者なのです。多くの場合、パレスチナの人々は彼らを支持しています。彼らがオスロ合意を枠組みとして受け入れた時、イスラエル左派には協調する以外に選択肢がなかった。もし1993年にオスロ合意がなかったら、おそらくこのインティファーダすべてが1994年に起こっていたことでしょう。そして僕たちがが今日どうなるのかは誰にも分からない。

Haggai:最初、僕はオスロ合意を支持していました。でもその意味するところをさらに学んで考えを変えました。たとえ軍事的にではなくても、占領とイスラエルの支配を、どうしてパレスチナの署名が法的に永遠に有効なものとすることができるでしょうか。もし彼らが、たとえばRamalla内外で封鎖を解くことができれば、その時、僕たちは何を得るでしょうか。パレスチナ人達は自分たちの領土と権限を得ましたが、被害はずっと大きくなっています。こういう理由で、僕はオスロ合意は支持していないのです。他方、Matanが言っていることも分かります。つまり、当時は、合意に署名することは正しかった。人々に和平と「ほら、これは可能だろう。単に僕たちは譲歩すればいいんだ」と考えさせるのは正しかったのです。手始めとしては、それは素晴らしかった。そこから、彼らはさらによい合意に進むべきだったのです。そうすれば、それぞれが経済的に独立した、二つの国家を実現できたでしょうに。

(Mさん翻訳、Kさん協力)