ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.199 > 
  4. 漂う提督

漂う提督/アガサ・クリスティー/他

The Floating Admiral/Certain Members of The Detection Club

1932年発表 中村保男訳 ハヤカワ文庫HM73-1(早川書房)

 各作家による「予想解決篇」で想定された犯人(及びバークリイの「混乱収拾篇」で定められた犯人)を一覧表にしてみます。また、ロナルド・A・ノックスの「予想解決篇」での“メタ予想”――それ以前の章を担当した各作家が誰を犯人にしようとしているのか――も併せて。

担当作家想定した犯人ノックスの予想
C・V・L・ホワイトチャーチネディ・ウェア老人
G・D・H&M・コールエルマ・フィッツジェラルド
ヘンリイ・ウェイド執事のエメリー
(ウォルター・フィッツジェラルドの旧友)
エルマ・フィッツジェラルド
もしくは
ネディ・ウェア老人
アガサ・クリスティーウォルター・フィッツジェラルド
(エルマ・フィッツジェラルドに変装)
サー・ウィルフリッド・デニー
ジョン・ロードサー・ウィルフリッド・デニーアーサー・ホーランド
ミルワード・ケネディ“ミスターX”フィリップ・マウント牧師
ドロシイ・L・セイヤーズサー・ウィルフリッド・デニー
ロナルド・A・ノックスウォルター・フィッツジェラルド
F・W・クロフツウォルター・フィッツジェラルド
エドガー・ジェプスンウォルター・フィッツジェラルド
(《イブニング報知》の記者)
クレメンス・デーンウォルター・フィッツジェラルド
(《イブニング報知》の記者)
アントニイ・バークリイサー・ウィルフリッド・デニー

 まず、ノックスの“メタ予想”が一つも当たっていないのはご愛嬌。実際に予想はかなり難しいと思いますが、“探偵小説十戒”の一つ*1に引っかけて“中国在住者を探偵小説に出してはいけない”(383頁~384頁)などと与太を飛ばしているあたり、かなり自覚的に道化を演じているようにも思われます。個人的には、本書の“裏のMVP”*2に推したいところです。

 さて、チェスタートンの「プロローグ」のおかげで、ペニストーン提督が巻き込まれた中国での出来事が当初から用意されていたもののような印象を受けますが、最初に中国に言及したのは――他に見落としていなければ――「第三章」を担当したウェイド。ただし、自身の“予想解決”では事件をかなり具体的に組み立てているものの、作中ではホーランドの口から“中国”という言葉が出ている(59頁)のみで、それを後続の作家たちが少しずつ形を変えながらもウェイドの“予想解決”に似たものに仕立て上げているのは、「訳者あとがき」で指摘されている“意味深長な“偶然””(410頁)の一環かもしれません*3

 他に“予想解決”の中で目を引くのは、やはりクリスティーの強引な“解決”――まさかの女装とは!――と、投げやりなのか何なのかよくわからない(苦笑)ケネディの無茶な“解決”――登場人物外の犯人――で、いずれも唖然とさせられます。一方、セイヤーズの“解決”はまさに力作で、感嘆するよりほかありません。

 前半の“予想解決”では様々な人物が犯人として想定されていますが、後半――ノックスからデーンまでは“ウォルター犯人説”が圧倒的。その中で「第十章」のジェプスンが、セイヤーズ担当の「第七章」での“日焼け色出し軟膏で顔の上半分が黒ずんでおり”(151頁)という記述を、当のセイヤーズ自身が予想していなかった形で――というのはセイヤーズの“予想解決”からわかります*4が――伏線として拾い上げ、ウォルターと“《イブニング報知》の記者”を結びつけているのが秀逸です。

 “ウォルター犯人説”が固まっている中、最後にそれをひっくり返してみせるバークリイはさすがです。決め手となる“カノコ草”がここで初めて出てくるのは難といえば難ですが、これはさすがに致し方ないところでしょう。真相を見抜かれたデニーが自殺を図るのを予期したラッジ警部の行動も印象的ですが、さらにそれを超越する皮肉な結末がまたお見事。

*1: “5. 中国人を登場させてはならない(後略)「ノックスの十戒 - Wikipedia」より)
*2: 解決篇を担当したバークリイは別格として、“表のMVP”はやはりセイヤーズでしょう。
*3: もっとも、“1919年”という年代まで合致しているのは気になりますが、これは“ペニストーン提督が1919年に海軍を退役した”というキャラクター設定がなされていたとも考えられます。
*4: セイヤーズの“予想解決”では、ウォルターはロンドンへ帰ったことになっています(377頁)

2012.07.30読了