Another エピソードS/綾辻行人
まず賢木晃也の死体の所在については、ありがちといえばありがちな隠し場所ではあるかもしれませんが、個人的には〈館シリーズ〉の某作品(*1)を連想してニヤリとさせられました。また、ストーブ室という設定のために、外部から石炭を入れるための“秘密の通路”があったというのがうまいところで、語り手がモルタルで封じられた“隠し部屋”に侵入するという“不可能状況”により、〈幽霊〉という偽装が巧みに補強されています。
手がかりとしては、見崎鳴が屋敷の外観を昨年のスケッチと比較して地下室の明り採りの窓に言及していること(166頁~167頁)や、屋敷の地下を探索した後に“このお屋敷の平面図……なんて、ないよね”
(203頁)と尋ねていることがあり、直接的なものではないとはいえ、少なくとも鳴が地下の“隠し部屋”の存在を想定していることは読み取れるでしょう。
そして明らかになる〈幽霊〉の正体については、このシリーズがホラーでもあるがゆえに正直あまり気にしていなかったのですが(苦笑)、作中で榊原恒一が回想している(274頁)ように、『Another』本篇の中で見崎鳴の左目には幽霊は見えないと明示してある(*2)ことに、してやられてしまいました。少々ずるいようにも感じられますが、うまい手がかりであることは確かでしょう。最初は位置関係のせいで見えなかったというのも納得。まあ、合理的に考えるならば“自分を幽霊だと思い込んでいる人間”しかあり得ませんし、それが比良塚想少年であることも見え見えかもしれませんが、それを示す自転車の手がかりは――鳴が自転車に乗れないというもう一つの手がかりも含めて――よくできています。
恒一が最後に整理している〈幽霊〉の認識パターン(294頁)は、(確かに“野暮”ではあるものの)“信頼できない語り手”が一定のルールに基づいたものであることを示すという意味で重要かもしれませんが、やはりこれまた少々ずるい手だと感じられるのは否めません。もっとも本書の場合、〈幽霊〉の正体そのものよりも“なぜ〈幽霊〉になったのか?”の方が重要であるように思われますし、各章の冒頭に置かれたやり取りにちりばめられたキーワードをつなげてそれが解き明かされるのがお見事。そして、孤独な賢木と想との交流が――〈幽霊〉としての意識と活動も相まって――想自身の孤独をも浮かび上がらせているのが印象的です。
“死者からの電話”の“アライ”と“新居(にいい)”のトリックは、さすがにいささか苦しいものがありますが、その誤解の一因となった写真の中――“だいぶあいだを空けて”
(94頁)という空間に、〈現象〉の〈死者〉の存在が隠されていたというのが秀逸。そして賢木が自殺を決意した心理の背後に、“ちゃんと思い出せない”
(104頁)という〈死者〉との恋があったのではないか、とする鳴の推理が胸を打ちます。
本書のラストでは、想が夜見山に引っ越して赤沢家(*3)で暮らしていることが示されています。ここで暗示されているとおり、「小説 野性時代」2014年11月号から連載が開始された続編『Another 2001』には、三年後、夜見山北中学三年三組の一員となった想が登場しており、物語の主役となっていくようです。
*2:
“「見えることあるの? 死んだ人の霊とか、そういうの」/「ない。――なかった、一度も」”(『Another』角川文庫下巻276頁)。本書を読んでみると、一度否定した後に
“なかった”と過去形で重ねてあるのが、本書で描かれた体験を思い返しているようにみえてしまうのが絶妙です。
*3: 『Another』本篇に登場した三年三組の生徒・赤沢泉美との関係は判然としませんが……。
2014.06.28読了