ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.208 > 
  4. 水族館の殺人

水族館の殺人/青崎有吾

2013年発表 (東京創元社)

 本書での裏染天馬の推理は、(1)アリバイトリックの解明、(2)犯人の特定、(3)動機の推測、の三段階に分かれています。以下、それぞれについて少しずつ。

(1)アリバイトリックの解明

 状況からみて明らかに、犯行時刻を実際より後に見せかけるトリック*1で、何らかの“時限装置”であることまでは予想できると思います。が、一見するとその痕跡が見当たらないのがうまいところで、水に溶けやすいトイレットペーパーという小道具が使われているのもさることながら、日誌をばらまいて水浸しにする隠蔽がなかなか巧妙です。

 一方、単なる思い付きではなく、開口部の柵に付着した血から死体がそこに寄り掛かっていたことを見出し、開口部が開かないようにする時限式の“ストッパー”の存在を導き出す天馬の推理もよくできています。それにとどまらず、使い残りのトイレットペーパーの行方を追求し*2、推理を裏付ける証拠を見つけ出すあたりも堅実な印象を与えます。

(2)犯人の特定

 ここではまず、バケツから漏れた水滴に途中から血液が混じっていたことを手がかりにした推理が秀逸。最終的にモップが洗われていたために見えにくくなっていますが、水道の横に残った血痕をみればモップ以外の何かが洗われたことは確かで、盲点を突いた推理にうならされます。

 第一の推理()が読者に示されないところでしっかりと否定されていた顛末も面白いところですが、第二の推理(手袋)を否定する手がかり――バケツの持ち手に血が付いていない――への“気づき”が鮮やかですし、腕に持ち手を引っ掛ける持ち方を否定するためにさりげなく水滴の大きさを調べてあるのも周到です。

 そして、天馬が挙げた五つの条件(331頁)を満たすものとして、ありふれた小道具――タオルが登場してくるのがお見事。厳密には、あるいは現実的には、何か他のものも考えられなくもないかもしれませんが、作中の条件を踏まえればおそらくこれ以上の解答はないといっていいでしょう*3

 ここで直ちに容疑者を絞り込むのではなく、事務員がタオルを使った可能性が一つ一つ否定されていくのも見逃せないところで、地味ながら丁寧な推理であることは間違いありません。かくして、容疑者は十一人から飼育員六人に絞られます。

 次に、容疑者から除外された船見の証言をもとに、いわばトイレットペーパーのアリバイが手がかりとして浮上しています。アリバイトリック解明後に追求された、使い残りのトイレットペーパーの動きがここで生かされているのがうまいところで、船見が使った後に犯人がトイレットペーパーをセットしたことは確実。“犯人でなければ嘘をつく理由がない”というのは厳密とはいえないようにも思われます*4が、そこはそれ。ということで、容疑者が10時以降にアリバイのない四人に絞られるのは妥当といえるでしょう。

 最後に、腕時計のすり替えという思わぬ事実が明かされるのもよくできています。正直なところ、防水加工の有無にしても、バンドの長さにしても、読者が気づくには少々細かすぎる手がかりのようにも思われますが、一方で下ろしたてにもかかわらずネジが取れかかったモップという証拠物件*5によって、何が起きたのかが暗示されているのがうまいところです。これで、腕時計のすり替えが不可能だった三人の容疑者が除外され、ただ一人残った芝浦が犯人ということになる結論は、十分に納得のできるものといえるでしょう。

(3)動機の推測

 被害者がサメに喰われるという奇抜な事件に対して、犯人がそうしなければならなかった理由がきちんと用意されているのがお見事。サメを始末するという目的は実に意外であると同時に、死体をサメに喰わせた結果をみれば――そして芝浦が犯人だったことを踏まえれば、異様な犯行に対して(それなりに)筋の通った説明ができる動機といえるのではないでしょうか。

 もちろん、芝浦自身が認めた部分までの動機――サメだけが邪魔だったのであれば、例えば餌に毒を仕込むといった手段もあるのではないかと思われます*6が、そこで効いてくるのが天馬がさらに深読みしたもう一つの動機。飼育下五世のイルカを担当する飼育員としての功績を手にするために、サメだけではなく雨宮をも排除する必要があったとすれば、“サメを始末するための殺人”という無茶な(?)犯行ではなく、サメと雨宮を一度に始末する一石二鳥の犯行ということになります。裏を返せば、サメだけでなく雨宮が殺されたこと自体が、芝浦が認めようとしない天馬の推測の正しさを裏付けている、ということなのかもしれません。

*1: いうまでもないでしょうが、被害者・雨宮がサメ水槽に転落した瞬間が目撃されているので、それより後の犯行ではあり得ません。
*2: ここで新聞部の倉町の腹痛がうまく使われているのに苦笑。
*3: もちろん、最終的には血が検出されたタオルが発見されているわけですが。
*4: 船見がトイレットペーパーを使ったこと自体が当初は隠されていた、ということもありますし。
*5: 腕時計と違って、最初から事件に関わる証拠として扱われているので、それに着目すべきだったことは明らかといえるのではないでしょうか。
*6: もっとも、毒が水中に広がって“すぐに異状を感知して、ブザーで知らせて”(363頁)しまうことになるおそれもありますし、(イルカのルフィンが移される予定の)水槽に毒が残留するのを嫌ったということも考えられるかもしれませんが。

2013.09.03読了