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奇蹟審問官アーサー 死蝶天国/柄刀 一

2009年発表 講談社ノベルス(講談社)
「バグズ・ヘブン」

 まず、“奇蹟”――ライラの幻視や幻聴、そして“千里眼”については、いずれもどこかで見たようなネタで面白味を欠いているきらいがありますし、シルビウス裂との関係が定かでない推理能力について、“エバーワインさんだけの、実に希有な症例だったのだろう”(61頁)との一言であっさり片付けられているのは少々いただけません。

 その“奇蹟”、というよりもそれを引き起こした脳腫瘍そのものが殺人の動機に直結しているのは面白いところですが、それが冒頭の“殺人者は被害者と対面していた。/「どうだね? まだなにか見えるかい?」”(10頁)という一節、そして頭に針を刺すという特異な手口から*1、早い段階でかなり見え見えになってしまっているのが残念。さらにその動機が、突然の狂気に駆られて事件を起こした身内を持つカファリへの疑惑につながりかねない、というのも難点です。

 密室トリックそのものは今ひとつですが、(メッシーニ神父が直観した)現場を頭蓋になぞらえるために密室を構成するという犯人側のロジックと、密室に残された“穴”を手がかりとして犯人を特定していく探偵側のロジックは、いずれもなかなか興味深いものです。そして、一匹の蝶がその“穴”を作り出すきっかけになったという真相は、実に印象的。

「魔界への十七歩」

 “白魔の咆哮”、イザベラの“伝説”、そして“ラザロの血”と、共振に関わる現象が並べられることで、クラドニ・パターンによる“足跡”という真相にもそれなりの説得力が出ている感があります。ただ、“足跡のように見える”という程度*2であればまだしも、“紛れもない靴の形”(134頁)というのはさすがにできすぎですし、“左右交互に”(134頁)という点に至っては、階段が“左右対称に”(135頁)支えられているという事実と矛盾する*3もので、演出効果に腐心するあまりの作者の勇み足といわざるを得ません。

 一方、“足跡”も含めた現場の状況もさることながら、シュテファンが自殺を禁じるカトリックの熱心な信徒だったという事実が、事件の真相を強力に隠蔽するミスディレクションとなっているところが秀逸で、“自殺説”が検討の俎上にも上らないことも十分に納得できます。あり得ないはずの“自殺”の理由に関しては、物語前半で示されているシュテファンの特異な――“異端”に近いともいえる――宗教観が伏線となっていますし、猟銃の引き金を引くのにキリスト像の爪先を使ったという事実の裏側に透けてみえる狂信的な傲慢さのようなものが、“自殺”の理由と相互に補強し合っているように思われます。

「聖なるアンデッド」

 “生きているような遺体”と“生きている屍{リビングデッド}”の対極的なイメージが、そのままカトリックと呪術とに重ね合わされ、カルデロン神父の視点に対立する“聖”と“邪”と映ったのも無理からぬことといえるかもしれません。それを、死体の取り違え――“アンデッド”の方がアルバラード神父の遺体だったという真相によって相対化しているのが見事です。

 死蝋化現象はミステリではおなじみともいえますが、それが亡くなってさほど間がないアルバラード神父の遺体だと思い込んでいる限り、真相は見えなくなっています。しかも、“アンデッド”の派手な動きによって、その出所、ひいては死体の数が合わないという重要な手がかりから、巧みに目をそらされているのが見逃せないところです。

*1: もちろん、幻視や幻聴が脳腫瘍によるものだという真相がわかりやすいのも一因です。
*2: 離れの中から“足跡”を目にしたシュテファンにとっては、それでも十分だったと考えられます。
*3: “左右交互”と見えるからには、“足跡”の形状はもちろんのこと、その残された位置についても“右足”と“左足”とで違っているのでしょうから、“十七歩の足跡”は全体として左右非対称ということになってしまいます。

2009.05.31読了