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災厄の紳士/D.M.ディヴァインDead Trouble/D.M.Devine |
1971年発表 中村有希訳 創元推理文庫240-05(東京創元社) |
本書の前半は、アルマを騙そうとするネヴィルを主な視点人物とした倒叙ミステリ/コン・ゲーム的な様相を呈しており、フーダニットにこだわった作者らしからぬ展開となっています。もちろん、ネヴィルに指示を送る“共犯者”(黒幕)が誰なのかという興味はありますが、やはり異色の発端であるのは間違いありません。 本来であれば、騙される側のアルマの視点で描いたオーソドックスなサスペンス風の物語となってもおかしくないところですが、本書であえて騙す側のネヴィルに焦点を当てた構成が採用されているのはいうまでもなく、早い段階からネヴィルの計画に気づいているアルマの内面を描くわけにはいかないからです。 つまり、本書前半の倒叙ミステリ/コン・ゲーム的な展開は、アルマの内面を描写しない不自然さをカバーする――さらにはネヴィルの真意を克明に描くことで“騙される”アルマへの感情移入を誘う――ことで、アルマが真犯人であることを巧妙に隠蔽する仕掛けの一つとなっているのです。 この、登場人物の心理を直接描くことなく読者の感情移入を促して真相を隠蔽するという仕掛けは、泡坂妻夫の某初期長編(*)にも通じるところがありますが、作者の技巧という点ではそちらの作品に一歩譲る感があるものの、倒叙ミステリ/コン・ゲームというフーダニットとは異質の要素を持ち込むことで仕掛けを成立させているのが本書の面白いところで、なかなか優れた仕掛けといっていいように思います。 ネヴィルの“共犯者”がエリックの秘密を知っていたことが明らかになると、“共犯者”の正体がハリーであることは歴然としていますが、その時点でもサラの目に映るアルマの姿が恋に目がくらんだ“愚かな”女性の典型であるだけに、アルマの心理を誤認させられて真相が見えにくくなっているのが見事です。 最終章では、真犯人を指し示す様々な手がかりが列挙されていますが、その中で“ハンドルのロジック”――“なぜハンドルだけが指紋を拭き取られていたのか”(171頁)の真相が秀逸で、個人的にはE.クイーン『エジプト十字架の謎』の“アレ”に勝るとも劣らない、非常によくできたものだと思います。 2009.10.31読了 |
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