謎解きはディナーのあとで/東川篤哉
- 「殺人現場では靴をお脱ぎください」
“靴を履いたまま部屋に上がる”という、誰しも一度は経験したことのありそうな状況を、不可解な謎に仕立ててあるのが巧妙です。被害者が帰宅してきたという目撃証言によって、“死体が運び込まれた”という推理が否定されているのもさることながら、解き明かされた真相にその目撃証言がうまく合致するところもよくできています。
被害者が単純に帰宅してきたのではなく、出かけた直後に戻ってきたことを示唆する手がかりもうまく考えられていて、特にその行動のきっかけとなった天気予報の内容が、田代裕也のアリバイ調べの中でごく自然に持ち出されている(19頁~20頁)あたりは非常に秀逸です。
- 「殺しのワインはいかがでしょう」
ワインに毒を仕込むトリックは、引っ張った割にはさほどのものとは思えず、少々残念。犯人を特定するロジックはまずまずだと思いますが、喫煙が手がかりとなるのがあからさまにすぎるのも、大きな難点といわざるを得ません。
- 「綺麗な薔薇には殺意がございます」
被害者が飼っていた黒猫に引っかかれた傷をごまかすために、死体を薔薇のベッドの上に横たえるというトリックは、よくできてはいるもののさほど意外には感じられません。しかしそこから先、行方不明だった黒猫が物置小屋で見つかったことから、車椅子ではなくベビーカーが死体の運搬に使われたことを導き出す推理が鮮やか。そしてこのように、黒猫に二重の役割が与えられているところも見事です。
- 「花嫁は密室の中でございます」
密室トリックは陳腐なものですが、それをカバーするもう一つのトリック――“お嬢様”という呼称を利用した人物誤認トリックが実に秀逸。結婚していない西園寺琴江が“お嬢様”と呼ばれることが不自然ではない一方で、とりわけ麗子の視点では“有里―吉田執事”の関係が“麗子―影山執事”の関係に重ね合わされ、“お嬢様”=有里という誤認が補強されるのが見事なところです。
美幸の
“琴江おばさんに何かあったの?”
(143頁)という言葉は、読者からみて明らかに不自然に映るのですが、その意味は一見しただけではわかりにくくなっており、よくできた手がかりといえるでしょう。- 「二股にはお気をつけください」
宮下の目撃証言で容疑者の身長(150cm程度)がクローズアップされていることから、そこにトリックが仕掛けられていることは見え見え。そして容疑者の女性が履いていたのが
“踵のぺったりとしたメッシュのサンダル”
(171頁)だったことを考えれば、被害者の身長の方が偽装されていたこと――シークレットシューズに思い至るのはさほど難しくないでしょうし、その後に得られた身長170cmの女性についての目撃証言も、その推測を裏付けるものとなっています。宮下のぎっくり腰がトリックの前提とされているあたりはうまいと思いますが……。とはいえ、シークレットシューズ用のズボンを脱がせる必要があったというのはなかなか思いつかないところで、それが全裸の死体という不可解な状況につながっているところはよくできています。
また、最終的な決め手となっている水着姿の写真が、風祭警部のセクハラ発言に対して持ち出された(178頁)ものであるところが何ともいえません。
- 「死者からの伝言をどうぞ」
謎解きの端緒となっている、凶器のトロフィーが二階に投げ込まれた意味、そして
“スポーツに疎い十三歳の少女”
(240頁)ならではの、“投げられない人”という言葉の(文字通りでありながら)意外な解釈が非常に秀逸です。そして里美がそのような事後工作を行ったことから、消されたダイイングメッセージの内容が“復元”されているのに脱帽。さらに、“ダイイングメッセージが捏造されたものであれば”という仮定の下に、“ダイイングメッセージを捏造した真犯人”にまで到達する推理が実に鮮やかです。