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T型フォード殺人事件/広瀬 正

1972年発表 ロマン・ブックス(講談社)

 まず、T型フォードの密室トリック自体は、さほどのものではありません。ドアの蝶番が外側にあることがさりげなく示されているところはうまいと思いますが、古典的なトリックのバリエーションにすぎないでしょう。

 この作品ではやはり、密室トリックが中心かと思わせておいて、まったく別の仕掛けが施されているところが秀逸です。
 一つは現代の偽装殺人事件で、真犯人を追いつめて自白を引き出すという目的も含め、これ自体はありがちなモチーフともいえますが、無関係な人物を“殺させる”ことで、より一層の窮地に追い込むという計画がよくできています。
 もう一つはもちろん叙述トリックで、第六章でいきなり“私”が別人にすり替わっていたということに気づいた時には驚愕しました。第六章の章題は「馬杉太一の手記」というあからさまなものになっているわけで、“私”=馬杉ということは明らかなのですが、それが第五章までの“私”と同一人物(=白瀬)である保証は何もありません。そして、
第六章の文体が第五章までの文体と同じであることについても、ラストに“彼の文体を真似して自分で書き”と説得力のある説明がなされています。

2003.05.26読了

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