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八王子七色面妖館密室不可能殺人/倉阪鬼一郎

2013年発表 講談社ノベルス(講談社)

 最初に、〈七色面妖館〉で起きた事件の概要を整理しておきます。

事件現場概要
第一の不可能殺人魔術の部屋 館の外に置いてきたはずのナイフが出現し、刺されて死亡。
第二の不可能殺人拷問の部屋 密室内に女王が出現してナイフを振るい、現れた無数の虫に恐怖して死亡。
第三の不可能殺人占星術の部屋 現れたミイラ男の手で、つぶてに襲われ恐怖の渦に呑み込まれて死亡。
第四の不可能殺人秘密の小部屋 密室内に出現した無数の鼠に恐怖して死亡。
第五の不可能殺人邪教の部屋 “見えない人”が手にしていた“見えない凶器”により死亡。
第六の不可能殺人浴室 鍵のかかっていない浴室に閉じ込められて餓死。
第七の不可能殺人異端の部屋 館主の意外な攻撃により頭蓋骨が陥没し、女王の刃でとどめを刺されて死亡。

*
[死の部屋(謎解き)]

 “第一の不可能殺人”ではまず、被害者が館の外に置いてきたナイフが、あたかも被害者が念じたとおりに飛んできたかのように〈魔術の部屋〉に出現しているのが謎ですが、監視カメラで監視していた*1館主がこっそり館に持ち込んだという、何ともぬけぬけとした真相に苦笑せざるを得ません。一方、密室については“壁”に関する説明がやけにくどいとは思いましたが、本の壁という真相にこれまた苦笑。

 後半には、“不可能殺人”の舞台となっている〈七色面妖館〉の正体――古本屋という真相が明かされますが、それ自体が意外な真相というだけでなく、“第一の不可能殺人”の本の壁をはじめ、すべての“不可能殺人”を可能にする小道具を備えた舞台となっているのが秀逸です。もっとも、作中では[もう一つの謎解き]で明かされる“古本誠実高価買入 七色面妖館”(136頁)という〈伏線〉に、少し早い段階で気づいてしまったために、意外な真相たり得なかったのが個人的には残念。

[さらに謎解き]

 “第二の不可能殺人”では、密室の外にいたはずの“女王”が密室内に出現した謎と、被害者の命を奪った“虫”の正体が謎となっています。前者については、“つるつるした肌の女王”(34頁)からくり人形だったという脱力ものの真相ですが、動作音を“虫が這いずるような音”としてあるのがうまいところ。また後者については、文字を“虫”と表現するのは少々苦しいようにも思えますが、被害者の“文字恐怖症”を示唆する数々の伏線――とりわけ“すべてうしろを向けてある洋酒の瓶”(27頁)――が巧妙です。

 “第三の不可能殺人”の謎は、犯人たる“ミイラ男”、そして凶器となった“つぶて”や“恐怖の渦”の正体。まず“ミイラ男”については、古本屋に付き物のパラフィン紙の使い方が愉快というか何というか(苦笑)。一方、凶器として使われた“書籍流”は、古本屋ならずともちょっと洒落にならなかったり。

 “第四の不可能殺人”の謎は、鼠恐怖症*2である被害者の命を奪った“鼠”の正体ですが、本の題名や著者名で攻めるというのはまさに、古本屋である“七色面妖館ならではの方法”(61頁)といえるでしょう。それにしても、謎解き場面での“鼠博覧会”(114頁~115頁)は壮観です。

 “第五の不可能殺人”では、“見えない人”として作業中の館主が手にしていた“見えない凶器”が謎となっています。作中でも探偵・宵内初二が指摘しているように、“第二の不可能殺人”とかぶっている感はありますが、パラフィン紙の使い方としてはむしろこちらの方が妥当かもしれません。

 “第六の不可能殺人”は、鍵がかかっていないのに被害者が浴室に閉じ込められて餓死する事件で、「探偵再登場」での“実際、震災のときに……”(96頁)という台詞も大きなヒントとなっており、〈七色面妖館〉の正体に気づいていれば、積み重ねられた本の山の崩壊という真相に思い至るのは難しくないでしょう。面白いのは、浴室の隣にある〈名づけえぬ部屋〉の意味――未分類・未整理の本が大量にあるという点で、よくできたネーミングだと思います。

 “第七の不可能殺人”ではもはや密室は関係なく、“館主がいかにして背の高い被害者の頭蓋骨を陥没させたか”が謎となっています。“レンガ本”を超えた“サイコロ本”――『黒獣帯太郎全仕事』が凶器であることは誰しも予想できるでしょうが、館主が“見えない人”として使っていた脚立が生かされているのが古本屋らしいところです。

 おまけ(?)の凶器の処分トリックも――[エピローグ あるいはさらにもう一つの謎解き]で言及されているように実際には無理があるとはいえ――海外の有名な短編*3をはじめいくつもの前例があることから、凶器を暗示する伏線となっているようにも思われます。が、作中で参考例として挙げられている“かたやき”のトリック(124頁)*4がまたすばらしい(苦笑)

[もう一つの謎解き]

 ここで解き明かされるのは、恒例のテキストの仕掛け――手間のかかった〈伏線〉ですが、着ぐるみの著者近影がヒントになっていたというのは、作者のサービス精神(?)に脱帽するよりほかありません。また、〈七色面妖館〉にちなんだ色とりどりの暗号発見シート*5を用いた謎解きの趣向もユニークですし、虹の七色のうち紫が使われない(136頁)ことが、“さらにもう一つの謎解き”につながるところがよくできています。惜しむらくは、“声価”という(あまり見慣れない)言葉が頻繁に出てくるあたり(46頁・52頁・54頁など)で、仕掛けの一端が見えやすくなっているきらいがありますが……。

 謎解きを終えた探偵・宵内初二が、テキストの登場人物として消滅してしまうメタホラー的な結末は、〈伏線〉が仕込まれたテキストの中に探偵自身が登場していたことである程度予想できますが、“よいないはつじ”→“じつはいないよ”という“サイン”はさすがに予想外。

[エピローグ あるいはさらにもう一つの謎解き]

 館主によるテキスト『八王子七色面妖館密室不可能殺人』を挟む“枠”として「プロローグ」に対応する「エピローグ」では、作者・倉阪鬼一郎自身が登場してテキストの謎を解くというメタ趣向。実際には倉阪鬼一郎が書いているという現実は置いておいて、館主の作品に影響を与えた“バカミス作家”とされている以上、テキストの謎を解く探偵役としては打ってつけといえるでしょう。

 紫色のシートを用いた謎解きで浮かび上がってくる“虹子”の文字――実際には“古本誠実高価買入 七色面妖館”と同時に気づきましたが――は、明かされる「プロローグ」の真相と相まって、館主の思いをしっかりと伝えてくれます。というわけで、“バカミス”がいきなり“人情もの”(?)に転じるのに驚かされますが、恒例の〈伏線/暗号〉にかけられる労力がそのまま思いの深さを表現するのに役立っているのがうまいところです。

[もう一つのエピローグ]

 最後の謎は、館主による『八王子七色面妖館密室不可能殺人』単独ではなく“詩”と組み合わせて初めて解けるようになっていますが、館主のアンビバレントな思いが示されたものであり、虹子に解かれてはならない謎であることを考えれば、説得力のある形といえるのではないでしょうか。そして、“さようなら”のリフレインからしんみりさせられる結末へとつながっていくあたりは、味わい深いものがあります。

* * *

*1: “館の中から監視されている”(22頁)や、“監視カメラなどはないだろうな”“それも取り外しております。”というやり取り(31頁)などが、伏線となっています。
*2: 余談ですが、“鼠色すら忌避する”(55頁)とあるのは、某国内作家の短編((作家名)高木彬光(ここまで)(作品名)「鼠の贄」(ここまで))を意識したものでしょうか。
*3: (作家名)ロアルド・ダール(ここまで)(作品名)「おとなしい凶器」(ここまで)
*4(2013.09.30追記) さる筋からご教示いただきましたが、どうやら作者の別の作品で実際に使われたトリックのようです(→気になる方は「伊賀の文豪、倉阪鬼一郎 : 苔に生されたい男の朽ち木の如き軌跡」を参照)。
*5: 細かいことをいえば、各章「A」の最初の頁上段では行数が少ないため、“誠”と“実”・“買”と“入”の間隔が他より狭く、暗号解読シートではうまくいかなくなっているのが残念。

2013.09.08読了