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葉桜の季節に君を想うということ/歌野晶午 |
2003年発表 本格ミステリ・マスターズ(文藝春秋) |
本書には、事件(久高隆一郎の死、ヤクザ惨殺、そして“安藤士郎”にかけられた保険)の真相を解明するという謎解き的な要素もありますが、それ以上に読者を騙す叙述トリックの方に重点が置かれています。実際のところ、(1)“墓を掘る男”(例えば8頁〜9頁)を安藤士郎と見せかける人物誤認トリック、(2)“麻宮さくら”と古屋節子を別人と見せかける一人二役トリック、(3)登場人物たちの年齢を誤認させるトリック、そして(4)成瀬のヤクザ修行を描いたパートの時代を誤認させるトリックという、実に四種類もの叙述トリックが仕掛けられており、綱渡りを成し遂げた作者の巧みな手腕が光ります。 まず(1)の人物誤認トリックは、成瀬が安藤の遺体を埋めた回想場面を、安藤が墓を掘り返して金を手に入れたエピソードと重ね合わせたもので、自殺したはずの安藤が生きていることになっているという事実がうまく隠蔽されています。 次に(2)の一人二役トリックについては、“麻宮さくら”の登場するパートが“俺”(=成瀬)の一人称で記述されているため、地の文で“麻宮さくら”と書かれていてもアンフェアとはいえないのがポイントでしょう。そして、一方で蓬莱倶楽部の手先として働かされる古屋節子の様々な手口を描きながら、その古屋節子の“魔の手”が成瀬に迫ってきていることをぎりぎりまで気づかせない、非常に巧みな構成になっているところが見逃せません。
しかし本書の最大の仕掛けはやはり、(3)の年齢を誤認させるトリックでしょう。実は、登場人物たちの中でも久高愛子については、 (4)の時代を誤認させるトリックは、(3)の年齢の誤認と関連するものですが、背景が大きく異なっているにもかかわらず、うまく真相が隠蔽されています。戦後間もない頃のヤクザ事情に言及されているあたりはやや気になったのですが、違和感はほとんどありませんでした。 2006.09.26読了 |
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