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放浪探偵と七つの殺人/歌野晶午

1999年発表 講談社ノベルス(講談社)
「ドア⇔ドア」

 ドアの入れ替えがクローズアップされている以上、ドアの“非対称性”がポイントとなるのは比較的予想しやすいかと思いますが、決め手となるゴミ収集予定表に記された年度が、恩田の“実に一年ぶりの帰館”(17頁)という事実によって間接的にのみ示されているのがうまいところだと思います。ただし読者にとっては、恩田の留守中に大家が予定表を張り替えていないこと(242頁)が事前に示されないのは若干アンフェア気味ですが、これは致し方ないところでしょう。

 問題となった山科の不手際が、ドアの入れ替えが露見するきっかけとなっただけでなく、ゴミ収集日の勘違いの原因にもなっているというあたりが面白いと思います。

「幽霊病棟」

 さすがに病院の構造を直接示唆するような記述は見当たりませんが、小松崎茜が死体を発見した(三人が酒盛りをした)フロアが三階であること(65頁)に気づきさえすれば、死体が移動したのではなく関誠が勘違いをしていることは明らかですし、問題編の最後の“一階のドアを開けるとそこには――あるべきはずの地面がなかった。”(82頁)という記述が決定的な手がかりといえるのではないでしょうか。

「烏勧請」

 下田フサ子を殺害し、小野寺佳枝が下田フサ子になりすました上で狂気を装ってゴミを集めることで、死体の腐臭をごまかすと同時に“下田フサ子”の存在を葬り去るという、一石二鳥を狙った犯行計画がよくできています。その一方で、ゴミにカラスが集まってきた結果、小野寺佳枝が事故死することになったという皮肉な真相が何ともいえません。

 ミステリとしてのポイントは、“下田フサ子”(小野寺佳枝)の変死という“表の事件”の陰に隠れた“裏の事件”を暴くことにあるわけですが、それを「問:最有力容疑者が潔白である理由を述べなさい。」という設問に落とし込んである*1ところが絶妙で、読者に対するミスディレクションとして機能しつつ、正しく答えることが“裏の事件”に直結するという、実に見事なものになっています。

「有罪としての不在」

 一つの殺人事件と見せかけて二つの殺人事件が扱われているという罠が、悪魔のように巧妙なものになっています。解答編の最後には、“X、Yの一つの組み合わせが正しく、そのYについての行動を再現していれば正解とする。”(286頁)と記されてはいるものの、そもそも“一つの組み合わせ”だけを正しく答えること自体がかなり困難だといえるのではないでしょうか。

 確かに腕時計の向きは手がかりではありますが、1章で犯人がと自称している*2ことから、問題編で二つの事件が扱われていることに気づかない限り、深山光一郎殺しの犯人が女性だとは考えにくくなっています。ところが、1章の記述が深山殺しを描いたものではないことを示す直接の根拠は、そこに登場する犯人が“食堂のおばちゃん”ではないことであり(285頁)、つまりは深山殺しの犯人が“食堂のおばちゃん”であることが前提となっているのです。

 前述の腕時計の向きという手がかりに加えて、“景仰寮殺人事件”の被害者が明示されていながら〔読者への挑戦〕“誰がXを殺したのか?”(146頁)と記されていることが、ヒントといえばいえるかもしれませんが……。

「水難の夜」

 問題編冒頭の「真相」で犯人の名前(柾木義光)が明かされ、さらに「発見」が篠崎覚(本人)の視点で描かれていることが、「捜査」におけるなりすましに対するミスディレクションとなっているところがよくできています。

 ただ、“現場での捜査場面は、私の実体験そのままを再現するよう努力した。”(151頁)という断りがある*3とはいえ、「捜査」の地の文で“篠崎覚”と書かれているのは少々アンフェア気味に感じられなくもないので、なりすましが暴露されるところまでが問題編とされているのではないでしょうか。

「W=mgh」

 死者が疾走したトリックそのものはさほどでもないように思いますが、妙に低い身長や“小さく前へならえ”のポーズなど、細かい伏線はよくできていると思います。

 また、問題編の冒頭で“キャスター”のついた“ビジネス用の黒い椅子”(178頁)に言及されていること、さらにその手がかりが“死体を発見した古物商の話”(199頁)として信濃譲二に伝えられたことが示唆されているところなども、なかなか巧妙です。

「阿闍利天空死譚」

 これもトリックはさほどでもないように思われますが、自ら磔になってしまった末の餓死という凄絶な真相、さらに冒頭の超現実的な描写が合理的に解体されるあたりが印象的です。

*1: もちろん初出時にはこの問はなかったのでしょうが、信濃譲二による解決自体が“表の事件”に関して小野寺佳枝が潔白であることを前面に出したものになっています。
*2: この1章の描写は読者にのみ与えられている情報であるため、信濃譲二がミスディレクションに引っかかることはもちろんありません。
*3: “私”(塚口茂樹)の実体験では、信濃譲二に免許証を見せられるまでは“篠崎覚”と名乗った人物が篠崎覚本人だと思い込んでいたわけですから、必ずしもアンフェアとはいえないように思います。

2008.06.11再読了