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因業探偵/小林泰三

2017年発表 光文社文庫 こ37-5(光文社)
「保育補助」
 “殺人者と同じ部屋にいるのが怖い”という“わたし”に対して、“あなた園長が怖くないんでしょ?”(41頁)と返す新藤礼都の台詞が、園長の罪を暗示する伏線となっていますが、“伏線”というにはわかりやすすぎる感がなきにしもあらず。しかし読者がこれに気づいた場合は*1、“わたし”から園長に読者の目をそらすミスディレクションとして機能し、“わたし”が泣き止ませた赤ん坊が息もしていない(50頁)という礼都の指摘が、より衝撃的なものになるのが巧妙です。
 園長のプロの技を直後の“ばあ!”(いずれも25頁)だと見せかけて、赤ん坊の顔をクッションで押さえて酸欠で失神させるという、とんでもない真相を用意してあるのもお見事。

「剪定」
 市の職員・西田と自治会長・九度山の対立関係を、あえて“わたし”が誤解するように伝える、叙述トリックめいた礼都の“言い落とし”がまず絶妙。さらにその後に九度山自身の“わたし”への嘘が加わって、何を信じていいのかわからなくなってしまいますが{苦笑}、九度山の“未必の故意”による犯罪もさることながら、その動機が強烈です。

「散歩代行」
 “チビ”が殺人事件の犯人を目撃したのはいいとして、目撃証人ならぬ目撃証“”を犯人が執拗に追いかける理由が、読者にとっての謎となる……はずですが、“チビ”の逃亡劇の顛末の方が気になってしまうのがうまいところ。そしてクライマックスで突然明らかになる“チビ”の正体には、さすがに唖然とせざるを得ません。
 人を犬と誤認させる叙述トリックには前例もあります*2が、この作品ではまず、“僕が最初に彼女に会ったとき”(126頁)の描写(126頁~129頁)に仕掛けられた“一人二役”トリック――礼都と普通に会話を交わすと同時に、地の文では犬になりきった思考と行動が(擬人化されて)記述されることで、“飼い主≠チビ”と印象づけるトリックが秀逸。さらに、この場面の礼都のみならず近所の人々までが、あくまでも“チビ”を犬として対応している*3ことが、真相の隠蔽に大きく貢献しているのが見逃せないところです。
 プレイ時間”(129頁)という表現から真相に思い至ることも可能かもしれませんが、前述の謎――犯人がなぜか懸命に目撃証“犬”を消そうとすることそれ自体が、最大の手がかりといえるのではないでしょうか。

「家庭教師」
 礼都による豪と広重の入れ替えが引き起こした、茂子と忠介の立場の“反転”にまずニヤリとさせられますが、豪を殺したと見せかける誘拐犯のトリックによって茂子の恨みに火がついて、誘拐犯そっちのけで*4“茂子vs忠介”の対決が始まるのがすごいところ。しまいには、誘拐犯が自ら警察に通報する羽目になるのが愉快です。

「パチプロ」
 主人公の“俺”が“信頼できない語り手”であることが次第に明らかになり、何が隠されているのかが焦点となっていく中で、まずはストーカーと被害者の逆転に始まり、次いで記憶が封印されていた父殺しが匂わされたかと思えば、さらにその先に自身の外見の誤認という凄まじい真相が用意されている、三段構えの仕掛けが何とも強烈です。
 そして、外見の誤認を支える“鏡”のトリックが実にユニーク*5。居間に限られているとはいえ、“俺”があまりにも熱心に鏡を見ているために、トリックを見抜くのはかなり困難だと思いますが、礼都が顔が真っ赤よ”と指摘する場面で“鏡には顔面蒼白になり(中略)自分の顔が映っている”(いずれも256頁)矛盾が、さりげなく手がかりとして配されています。また、登場時にはさっぱり意味のわからなかった“俳優急募”のちらし(257頁)が伏線となってくるのに脱帽。
 容赦なく真相を突きつけられて錯乱した“俺”が、最後に鏡に映った自分の顔を見て、何とか辻褄を合わせようとしたかのように“父親が生きている”という解釈に飛びついてしまう結末も破壊力十分です。

「後妻」
 “わたし”の正体については、「後妻」という題名――「保育補助」から「パチプロ」まですべて礼都の“職業”が題名になっている――に始まり、これまでのアルバイト歴(286頁)レッちゃん(295頁)という呼び名など、あざとすぎるミスディレクションが仕掛けられていますが、一方で“わたし自身に前科がある(288頁)という決定的な手がかり*6が用意されているので、“礼都ではない”ことは十分に予想できるのではないかと思います。
 そうなると、(登場人物の配置からみて)お手伝いの“エミちゃん”が礼都だと考えざるを得ないわけですが、こちらはまたこちらで、“笑顔が可愛い”(334頁)ところまで含めて完全にキャラが違っているのに苦笑を禁じ得ません。が、それもこれも、“決定的な手がかりを用意しておきさえすれば、どれほどあざといミスディレクションを仕掛けてもかまわない”という豪快な姿勢の表れというべきで、大胆な手法にニヤリとさせられます。

*1: 気づかない場合には、そのまま園長の罪が――“わたし”から園長に“飛び火”することが、サプライズとなるのではないでしょうか。
*2: 知る限りでは、国内作家の短編に二作あります。
*3: 破格の給料をもらう礼都はともかく、近所の人々は懐が深いというか何というか(苦笑)。
*4: もっとも、誘拐犯が茂子をたきつけたのがその発端ではあるのですが、この場面(218頁)、目の前にいるにもかかわらず――“誘拐犯との交渉”という設定(?)を続けるかのように――わざわざ携帯電話で会話する二人の姿が何ともシュールです。
*5: “礼都が鏡に映らない”というオカルトじみた現象で露見するのも面白いところです。
*6: 「保育補助」で語られているように、礼都は裁判で無罪になっています(37頁~38頁)

2017.07.15読了