踊るジョーカー/北山猛邦
- 「踊るジョーカー」
脅迫のためのトランプ、犯人、そして凶器の三者が、それぞれ密室状態の現場へ個別に侵入しているのが面白いところで、陳腐な“早業殺人”トリックがユニークな凶器の移動トリック――物品の形状・構造のみに着目した発想も秀逸ですが、ナイフが現場まで転がっていく様子を想像すると苦笑を禁じ得ません――と組み合わされて効果的なものになっています。
解決の手がかりとなっているのは
“向きは適当でカードの四隅はまったく合ってませんでした”
(45頁)というカードの状態ですが、実際に見た場合にはカードの隅の軌跡が円を描く形になっているという印象が強いはず(*1)ですから、笛有刑事がわざわざ“カードの四隅がまったく合っていない”と(叙述トリック的な)わかりにくい表現をするのは、いささか不自然に思えます。もちろん、真相を隠蔽するためには致し方ないところでしょうが……。- 「時間泥棒」
すべての時計が消えているわけではない――アナログ時計だけが盗まれるという手がかりは、読み終えてみるとかなりあからさまなようにも思えますが、
“犯人にとってデジタル時計は必要でなかったのか?”
(89頁)という白瀬の独白に表れているように、“必要だから盗む”という先入観にとらわれると真相が見えないのがうまいところで、“邪魔だから持ち去る”という方向への逆転を介した推理が面白いと思います。犯人を罠にかけるという音野らしからぬ(?)作戦も印象的。- 「見えないダイイング・メッセージ」
数字を指に対応させるという考え方は感覚的に非常にわかりやすい(*2)もので、死に際の被害者が残すメッセージとしても十分に説得力があります。その反面、肉眼では区別しがたい指紋から直ちに数字を連想するのは困難だと思われるので、なかなか解読できなくても不思議はないのではないでしょうか。
ただし、鑑識が指紋を取った写真が
“何故か全体的に変色した箇所が目立つ。”
(145頁)というだけでは、(解決場面にあるように)“写真にたくさん指紋がついていたのは事実だ。(中略)写真全体に渡って指紋がついていた。”
(156頁)というところまで読み取るのは少々難しいように思われます。ダイイング・メッセージの解読は兄に譲った音野ですが、写真の明るさから真犯人を見抜いた推理はまずまず。そして最後に浮かび上がる、“被害者にダイイングメッセージを残させることだけを考えた殺人”というどこかいびつな構図が何ともいえません。
- 「毒入りバレンタイン・チョコ」
事前に仕込みは済んでいるとはいえ、その時その場で毒チョコを“作る”というアイデアが面白いと思いますし、まったく手を触れることなくそれを実行するトリックは見事。室温を高めておくという補助的なトリックもよく考えられています。そして、“被害者ただ一人を確実に狙う”という事件の性質とは一見そぐわない(*3)、可能性に頼った“プロバビリティの犯罪”という真相が印象的。
ただし、持ち運ぶ際などに揺れたり傾いたりすると毒がチョコレートに付着してしまうおそれがありますし、何より数多く並んだ中の一個だけにピンポイントで磁力を作用させることは実質的に不可能(*4)なので、少なくとも被害者以外の人物が毒チョコを食べる羽目になる可能性がまったくないとはいえません。
- 「ゆきだるまが殺しにやってくる」
本物のゆきだるまにダミーのゆきだるまを組み合わせ、死体を隠しておくことでアリバイを作るトリックは、横溝正史の名作(以下伏せ字)『獄門島』(ここまで)のトリック(*5)のバリエーションともいえますが、見事なものであることは確かで、ダミーの除去が自動的に行われるところも含めてよく考えられていると思います。
最後に明らかになる、美子だけが深津の性別を誤認していたという“逆叙述トリック”(?)は面白いと思いますし、
“いいえ、むしろますます”
(295頁)に至っては爆笑を禁じ得ませんでしたが、そのあたりの展開によって殺人事件(と動機の“軽さ”)だけが浮き上がってしまっているのが難点です。
*2: 特にピアノなど楽器の運指では一般的であるように思います。
*3: あくまでも“一見”ですが。
*4: 磁石を目的のチョコレート(栄子が手を伸ばしたチョコレート)の場所まで移動させる間に磁力が他のチョコレートに作用する――そこに仕掛けのあるチョコレートがあれば毒チョコになってしまう――可能性はありますし、何よりテーブルの裏側が見えない状態でうまく狙いがつけられるとは考えにくいものがあります。
*5: もちろん(以下伏せ字)釣り鐘(ここまで)に関するトリックです。
2008.12.09読了