密林/鳥飼否宇
2003年発表 角川文庫 と11-1(角川書店)
扉でエドガー・アラン・ポーの『黄金虫』が引用されているのが心憎いところです。ご存知のとおり、『黄金虫』は暗号ミステリの元祖ともいえる作品で、暗号解読をテーマとした本書にふさわしいのはもちろんですが、本書の暗号が示す宝がヤンバルテナガコガネだったという、いわばダブルミーニングの仕掛けが見事だと思います。舞台が沖縄で昆虫採集とくれば、ヤンバルテナガコガネに思い至ってもおかしくないところですが、さすがに暗号を書いたトムが昆虫採集家だとまでは見抜けませんでした。
殺されたはずのトムが復活するという不可能状況は、かなり微妙です。いくら何でもこのトリックは見え見えでしょう。
ただ、一つ気になるのが視点の問題です。もちろん読者にはすべてが見えているわけですが、実際に“死んだはずのトムが生きて動き回っている”という状況に出くわしたのは、渡久地ただ一人(渡久地は、埋められた後のトムの死体を見ていません)。松崎の視点からは厳密には“トムの死体が(ひとりでに?)移動していた”という現象になるわけです(松崎はコールマン曹長を見ていません)。そして鳶山の場合は、トムの死体とコールマン曹長を同時に目にしているのですから、“トムの死体を移動した人物がトムと同じ顔だった”という状況になります。このように、一つのトリックで三通りの現象を演出するという趣向だったのか、とも思うのですが……。