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喜劇悲奇劇/泡坂妻夫 |
1982年発表 創元推理文庫402-19(東京創元社)/(角川文庫 緑461-5(角川書店)) |
被害者たちはいずれも回文名を持っていますが、“たんこぶ権太”や虎の“トオト”といったわかりやすいものばかりではなく、“NOME LEMON”や“OKATU UTAKO”といったローマ字、さらには“ドクター瀬川”→“瀬川博士(セガハハカセ)”や“田玉葉(でんぎょくよう)”→“浜田玉葉(はまだたまは)”と、一見すると回文名とは思えないように工夫されている(*1)のが巧妙で、誰が殺されるのかわからないというサスペンスを生み出すのに貢献しています。 回文名の人物が数多く登場することに必然性が用意されているところもよくできていて、縁起を担ぐための改名という理由もさることながら、そもそも芸名であるために改名が自在だというのがうまいところ。そしてかつての“三猿座”の面々が一堂に会した点についても、床間亭馬琴が恐喝者を探ろうとしたためということで無理なく説明されています。 その“三猿座”での出来事が犯人の動機となっているわけですが、被害者たちの“回文名”という共通点の陰に隠れた真の動機――ミッシングリンクの謎としてもっと強調してもよかったと思うのですが、馬琴の口からあっさりと説明されているのが少々もったいないところではあります。とはいえ、そこで語られる出来事は何とも凄まじいもので、ナナバム・エローグが失ったものの大きさと併せて、犯人の動機を強く印象づけています。 とはいえ、その動機が明かされた時点で犯人が見え見えになってしまうのは、やはり難点といわざるを得ないところ。エローグの“仮の姿”となり得るのはグラントとシャロンに限られますし、レモンとの関係を考えれば――特にレモンの“人体変化術”(373頁)を踏まえれば、内線電話の故障という手がかりを待つまでもなくグラントが犯人であることは明らかでしょう。“第一の被害者”であるレモンがあからさまに怪しいのは芥子之助の台詞(*2)で示唆されているように“回文づくし”の趣向の内としても、グラントが犯人であることまで見えてしまうのは――そしてその割に芥子之助の“気付き”が遅いのは――いただけません。 個々の事件の中では、シンプルで大胆な死体の“早替わり”が最も目を引きますが、他にも危険術を利用した巧妙な殺害手段など、状況に柔軟に対応しつつ直接手を下すことは極力避けるという、独特の犯人像が印象的。さらに最後の凄絶な死に様も含めて、やはり“名犯人小説”というべき一面が見受けられますし、その意味では犯人と動機が早い段階で見えてしまうのも狙いの内なのかもしれません。 作中でも言及されている回文歌〈長き夜〉にちなんだ、“宝船に乗った七福神”の見立てとなっている、とぼけた味のハッピーエンドもお見事です。
*1: 加えて、改名したドクター瀬川と田玉葉が、“三猿座”につながる回文名を自ら明かすはずがない、というのも見逃せないところでしょう。
*2: “さすが回文殺人事件だ。最初殺されたレモンが、最後にも登場だ。”(388頁)。 2000.05.09再読了 2010.01.25再読了 (2010.02.15改稿) |
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