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三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人/倉阪鬼一郎

2009年発表 講談社ノベルス(講談社)
〈謎解き〉

 「VII 謎解き」でまず*1示されるのは、「プロローグ」でしっかりと描写された風景、ことに“深い谷の両側にある壮麗な洋館”である〈黒鳥館〉と〈白鳥館〉が巨大な絵に描かれた光景であり、また殺人者である鳥海翔が「奥の部屋」の壁に描かれた絵の中に潜んでいたという、思わず唖然とさせられる真相です。

 後者の忍者まがいのトリックには脱力を禁じ得ませんが、とにもかくにも鳥海による“不可能犯罪”の一部をすっきりと説明するものではあります*2。一方、絵に描かれた光景を現実の風景と誤認させる前者のトリックは、これもしょぼいといえばしょぼいものではありますが、深夜でも昼間でも風景が変わらないという伏線(129頁参照)は非常に秀逸だと思います。

 そして重要なのが、同じ“〈黒鳥館〉と〈白鳥館〉”という名称を利用して、絵に描かれた〈黒鳥館〉(または〈白鳥館〉)と舞台となる〈黒鳥館〉(または〈白鳥館〉)とを混同させる、いわば建物を対象とした“二人”一役トリック(拙文「叙述トリック分類#[A-1-2]」を参照)が成立している点で、それが殺人現場の〈黒鳥館〉(または〈白鳥館〉)の真相を隠蔽するのに大きく貢献していることはいうまでもありません。実のところ、殺人現場の〈黒鳥館〉と〈白鳥館〉の正体は、〈さらに謎解き〉で明かされる前に見当がついたのですが、こちらの仕掛けがなかなか見抜けずに悩まされました。

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〈さらに謎解き〉

 殺人劇の舞台となる〈黒鳥館〉と〈白鳥館〉に関して叙述トリックが仕掛けられていることは、いかにも怪しげな描写のせいで歴然としています。〈黒鳥館〉と〈白鳥館〉が“壮麗な洋館”だとするミスディレクションが一応は仕掛けられているものの、それが真実でない――〈黒鳥館〉と〈白鳥館〉がいわゆる“館”でないことは見え見えですから、叙述トリックが完全には成功していない(拙文「叙述トリック概論#トリックの隠密性」を参照)といわざるを得ません。

 しかしながら、本書の仕掛けは一般的な叙述トリックとは少々事情が異なり、“いわゆる“館”か否か”ではなくそれが“本当は何なのか”がポイントとなっているのがユニークです。そして、いくら何でも銭湯というとんでもない真相は常識的な発想の範囲外で、少なくとも序盤は容易には見えなくなっています。

 実のところ、個人的に行ったことがあるのは“○○湯”ばかりで、“○○館”という名の銭湯は知らなかったのですが、「銭湯 館 - Google 検索」で約1,960,000 件がヒットしたので、銭湯を“○○館”と呼ぶのもアンフェアとはいえないのでしょう(作中では、“黒鳥”が出発点になっていることもありますし)。ただ、男湯と女湯に別の名前をつけるというのは少々気になりますが……。

 それはさておき、物語が進むにつれて“石鹸とタオルのセット”(28頁)“シャンプーとリンスのセット”(39頁)“湯にでも浸かったような気分で”(62頁)など、枚挙に暇がないほどの親切すぎるヒントが登場し、作中で真相が示されるよりも前に見当をつけてニヤニヤできるようになっているのが面白いところ。視点人物となる犠牲者たちが美術系の学生と設定されていることで、作中で多用されているデザイン重視の抽象的な記述に説得力が備わっているのは巧妙ですが、“先頭は赤、続いて青が現れる。その次は赤、そしてまた青が現れる。”(57頁)*3“さらに大きい円形の黄色”(58頁)などの正体がわかると苦笑を禁じ得ず、ダイイングメッセージめいた“……ロリン(94頁)に至っては爆笑してしまいました。また、“ウェルカムドリンク”の正体には思わず脱力。

 その中で、単に笑える真相というだけでなく、銭湯ならではの構造を利用して凶器を移動させる“不可能”トリック(50頁〜53頁)が仕掛けられているところがよくできています。

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〈もう一つの謎解き〉

 〈さらに謎解き〉までは“作中作”『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』内での謎解きでしたが、ここから先はその“作中作”『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』テキストそのものに仕掛けられた“謎”の解明ということで、メタフィクショナルな構成が生きてきます*4。正直なところ、〈謎解き〉〈さらに謎解き〉でバカトリックが明かされた時点では、“作中作”という趣向が“逃げ”――バカトリックの非現実性に対するエクスキューズであるようにも感じられたのですが、実際にはまったくそんなことはなく、不明を恥じるのみです。

 ところで、叙述トリックをメインに据えたミステリではしばしば、叙述トリックによって隠されていた〈真相〉が示された後に“その伏線がどこにあったのか?”が〈謎〉として浮上する逆転現象――〈真相〉が〈手がかり〉となり、それを指し示す〈伏線〉(の所在)が〈真相〉となる――が見受けられるのですが、本書の仕掛けはそれを極度に推し進めた形になっており、“銭湯”という〈真相〉を〈手がかり〉にして埋もれっぱなしでまったく機能していない〈伏線〉という〈真相〉を探し出す、完全に転倒した構図が非常に興味深く感じられます。

 そしてその、すべての頁に“せんとう”というヒントが地雷のように埋め込まれているという〈真相〉は、面白いかといえば少々微妙なところではありますが、妥協のない徹底したこだわりと無駄に(?)注ぎ込まれた労力には圧倒されます。さらに、作中で〈黒鳥館〉の主人が紹介している“作家・倉阪鬼一郎”の“カバーの『作者のことば』からすでに仕掛けが始まっている”(155頁)という“目標”を実現している、いきなり戦闘的精神を忘れずに書きました。”で始まる本書カバーの「作者のことば」にもやられました。

 加えて“|黒||鳥|”・“|白||鳥|”と、銭湯ののれんを象ったグラフィカルなヒントが(ほぼ)全頁に配置されているという、これまた無駄に(?)凝った仕掛けには感動すら覚えます。

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〈さらにもう一つの謎解き〉

 銭湯ののれんを暗示する〈伏線〉としての“|黒||鳥|”の仕掛けが、奇数頁の下段に配された“死”・“ね”という文字が加わることで、別の目的に再利用されるというとんでもない仕掛けが見事。そして〈黒鳥館〉の主人と息子の真の目的――“作中作”『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』書かれた意味が明らかになり、“二つの〈黒鳥館〉”での殺人が重ね合わされるメタフィクショナルな趣向が印象的です。

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〈おまけの謎解き〉

 終始三浦半島の三崎が舞台だと思わせておいて、実は東京の三崎町だったという真相――ここまでくると、謎解きのカタルシスもへったくれもあったものではありませんが、律儀に伏線が張ってあるところには頭が下がります。特に、これも作中で〈黒鳥館〉の主人が代弁している“著者近影にも企みが潜んでいる”(155頁)という“作家・倉阪鬼一郎”の狙いが、三浦国際市民マラソン(著者近影参照)を一緒に疾走しているような気分で”(本書カバーの「作者のことば」)という形で達成されているところに脱帽です。

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*1: “一回目の伏線の回収はこのあたりにしておこう。”(129頁)という地の文の記述が、何とも心憎いところです。
*2: 青山霧生が指摘するように“ごく初歩的なトリック”(124頁)ではありますが。
 ちなみに、密室トリックの分類は一般に密室からの犯人の“脱出”に主眼を置いたものであり、“『あらかじめ犯人が潜入していた』”を項目として含むような、密室への犯人の“侵入”に着目した分類は寡聞にして知りません。
*3: カラン、と乾いた音が響く。”(56頁/130頁)は、これを示す伏線でしょうか。
*4: 厳密にいえば、ネタバレなしの感想で引用した“名称だけが「奥の部屋」で、実は入口に最も近いところにあったというチープなトリックではない。「奥」という人物の部屋だったのでもない。”(15頁)のように、作中作の地の文には“作者”の視点が入り込んでいるのですが、少なくとも“ページ”という概念を含む仕掛けについてはやはり、“外枠”部分で指摘する方がすっきりするでしょう。

2009.10.18読了

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