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  4. 猫間地獄のわらべ歌

猫間地獄のわらべ歌/幡 大介

2012年発表 講談社文庫 は102-1(講談社)

 まず〈猫間地獄のわらべ歌〉事件については、そもそもこれが“わらべ歌に見立てた連続殺人”として成立しているのが面白いところ。遠く離れた江戸での事件が“わらべ歌の一番”に組み込まれているのもさることながら、太郎次が“お鶴を殺して首を切った犯人”として斬首された時点で事件が終結したはずが、その後も含めて全体が一連の事件として受け入れられているのは、少なくとも近代以降ではおよそあり得ない話で、人為的な事件が一種の天災として受け止められる余地があるこの時代ならではといえるでしょう。

 とはいえ、現代の読者としては事件を引き継いだ犯人が気になるところ。しかして、郡奉行・奥村平九郎が安西家老に詰め寄るあたり(242頁~244頁)で、事件に乗じて銀山奉行・音羽三太夫を討とうとする奥村の狙いが――加えて“探偵役=犯人”*1という図式も――匂わせてあるにもかかわらず、その前の“被害者”たち(同心の都築忠吉、庄屋の伝左衛門、珍念和尚)に対する“動機の不在”*2により真相がしっかりと隠蔽されているのが巧妙。そしてそこに、首なし死体ものでは定番の被害者のすり替えトリックが組み合わせてある――しかもすでに存在する首なし死体*3がうまく“再利用”されているのが非常に秀逸。また、和尚の死体に見せかけるために犬の腸が使われているのも周到です。

 主要登場人物のほとんどが共犯だったという真相を、推理小説と思わせて時代小説という“ジャンル跨りトリック”と銘打ってあるのには、正直なところ唖然とさせられつつ苦笑を禁じ得ません。が、しかし……ここで奥村が主張する“日本の歴史で起こった事件や謀反では、『犯人は主要人物たち全員でした』ってことのほうが多いんだよ”(260頁)が、実はそのまま本書の最後の“解決”に当てはまるわけで、よくできた伏線となっているところに脱帽です。

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 続いて〈月照館の殺人〉は、“館もの”ならぬ“屋形船もの”というユニークな事件*4ですが、真相は比較的わかりやすいのではないかと思います。というのも、月照館が動いていないのであれば日光館の方が動くしかないわけで、340頁の地図に示された二つの“館”の配置から、大潮による川の逆流に思い至るのは(現象を知っていれば)難しくはないでしょうし、藤島内侍之佑の“半月経たねばこの謎を解くことができぬ”(353頁)という言葉も大きなヒントになっています*5

 面白いのは、犯人の白金屋銀二右衛門があえて芳野を殺さずに目撃者として生かしておいた点で、それによって水島静馬ら登場人物にも*6犯人が明らかになり、早い段階からアリバイ崩しに焦点が当てられているわけですが、“藩の重役に犯行を示す”というその理由はこれまた時代小説ならではのもの。それが兄ともども排除されるという顛末も含めて、時代小説らしいよくできた“陰謀”だと思います。

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 そして最後の〈密室破り〉ですが、序盤から有名海外古典*7のネタを引き合いに出しながらも、物語が進むにつれて可能性はどんどんつぶされていき、目付・藤島右京之助が調べていない屋根からの侵入が唯一残されるのは明らか。とはいえ、“犯人”は梯子の跡さえ残さずに屋根に上ったということになるわけですが、そこで披露される川舟の帆柱を使ったトリックは――特に事後に“柱”が姿を消すところが――実に巧妙です。

 しかもこの“謎解き”が、〈猫間地獄のわらべ歌〉〈月照館の殺人〉と合わせて藩の財政健全化という大目標の下、和泉ノ方を追い落とすために練られたものだったというのが面白いところ。バラバラの事件を一つにまとめる大きな“陰謀”が、密室の“真相”を決定することになっているわけで、“不可能犯罪なき不可能解決”を逆手に取ったユニークな“本末転倒”といえるのではないでしょうか*8

 前述のように、主要登場人物のほとんどが加担した時代小説らしい“陰謀”ですが、同時に探偵役がことごとく“陰謀”の“犯人”側に立つという、これ以上ないほどの“探偵役=犯人”の図式は、もはやアンチミステリ的といってもいいのかもしれません。

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 結末では、性別誤認の叙述トリックまで仕掛けられていたことが明かされ、物語は見事なハッピーエンドを迎えています。中盤で取り沙汰される奥村と忠吉の関係(181頁~182頁など)が、なかなか絶妙なミスディレクションになっている感がありますが、読み返してみると、“そうまでして若い女体を愛でたいと申すか”という内侍之佑に対して静馬が“御使番様にはわかりますまい”と返している(いずれも333頁)のが伏線といえるでしょうか*9。“内侍之佑”が“宮廷の女官に与えられる官名”(431頁)であることから、時代小説に詳しい方なら冒頭で分かるのかもしれませんが……。

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*1: 作中での、奥村と三太夫のメタレベルの会話では、“探偵役は忠吉であって奥村ではない”と屁理屈がこねられています(267頁)が(苦笑)。
*2: 正確にいえば、“動機の不在”だけでは某有名海外古典((作家名)アガサ・クリスティ(ここまで)(作品名)『ABC殺人事件』(ここまで))そのままなのですが、特に忠吉などは奥村にとって“死んでは困る人物”(変な意味ではなく/苦笑)であるため、より強力なミスディレクションとなっています。
*3: 介錯人・八木沢暁斎の、“首だけの骸なら、いくつも、ここにある……”(190頁)という言葉が、真相につながる手がかりとして配されているところもよくできています。
*4: ただし、(お分かりの方もいらっしゃるかと思いますが)某国内作家の長編が前例としてあるので、“もしかして新しいジャンルを開拓しちゃった? 屋形船もの”(334頁)はいいすぎでしょう。
*5: どこでも起きる現象ではないはずなので、大河の河口近くで暮らしておる者ならば、誰でも知っておる常識なのだ”(372頁)とあるのは大川の河口”の誤植ではないかと思われますが……。
*6: 読者に対しては、犯行の場面を描くことで犯人が明かされているため、直接の必要はないといっていいでしょう。
*7: (作家名)エドガー・アラン・ポー(ここまで)(作品名)「モルグ街の殺人」(ここまで)はいうまでもなく、“屋敷の外より書物蔵の下まで坑道を掘る”(72頁)というのは(作家名)アーサー・コナン・ドイル(ここまで)(作品名)「赤毛連盟」(ここまで)を意識したものでしょう。
 ちなみに、古典ではありませんが“猿が鍵をかけて密室になった”(67頁)という前例も(知る限りでは二つほど)あります。
*8: 「21世紀のヴァン・ダイン - 一本足の蛸」で指摘されているように、“「なぜ切腹自殺したのか?」という、本来なら真っ先に考えるべき謎がどこかへすっ飛んでしまう”のが巧妙な反面、“解決場面でそれが効果的に活用されているわけではない”のは少々気になるところですが。
*9: 細谷正充氏による解説には“P361のあるセリフ”(444頁)とありますが、これはどうも誤りのようです。

2013.02.12読了