猫柳十一弦の後悔/北山猛邦
探偵・猫柳十一弦の特徴――“事件を未然に防ぐ名探偵”は、パロディやギャグとしては使い古された感のあるものですが、それを大真面目に、しかも長編で成立させるというのは、あまり例がないように思います(*1)。残念ながら本書では“完封”とはいかず、緒方みのりと千年舘宮子が殺されてしまっていますが、それでもほぼ同時に二人が殺害された後は、文字通り体を張って犠牲者を出さないよう奮闘する姿が印象に残ります。
もちろん、単に体を張るだけではないのが名探偵の名探偵たる所以。というわけで、犯人の特定にまでは至らなくとも(つまりは物語を早々に終わらせることなく)、事件に隠された“法則性”を見出すことで次の犯行を予測してそれを防ぎ得る、“ミッシング・リンク”テーマが本書で採用されているのは、猫柳十一弦のユニークな探偵像を描き出す上で実に効果的といえるでしょう(*2)。
そして、“ミッシング・リンク”と“見立て殺人”が組み合わされているのが、本書の非常にユニークなところです。まず“ミッシング・リンク”の側からみると、多くの場合は一見ばらばらな被害者間の共通点がミッシング・リンクとなり、したがって“次の被害者”が予測されることになるのですが、本書では見立てをもとに“どのような死体が出現するのか”、ひいては犯行の手段や機会がある程度予測できるにとどまり、そのためにぎりぎりのところで犯行が阻止されることになるのが巧妙(*3)。一方、“見立て殺人”の側からみると、死体の異様な状況が“見立て”を強く暗示しているにもかかわらず、“何の見立てなのか”が大きな謎とされているのが異例で、なかなか風変わりな謎解きとなっています。
しかして、“単位の見立て”(→「国際単位系 - Wikipedia」を参照)という前代未聞の真相には、やはり唖然とせざるを得ません。見立て殺人を扱ったミステリの中にあって、実体を持たない“もの”に見立てた作品はほとんど例がなく(*4)、その意味では斬新といっていいように思います。惜しむらくは、あまりにも予想外かつ少々強引な見立てである上に、読者に向けた手がかり/伏線も不足気味であるため、真相が明かされても腑に落ちる感覚が弱くなっています。例えば、最初に発見された千年舘の死体などは特徴的ですし、直後に“光度”にも言及されている(47頁)のですが、続いて発見された緒方の死体については、“一辺がおよそ六十センチの立方体”
(39頁)といった描写のみから“22.4リットルのほぼ八倍”
(209頁)という発想に至るのは不可能で、“気体”だけをもとに物質量(mol)に到達するのは困難。さらに、“上腕の半ばで切断され”
(142頁)た両腕から“五十センチ×2=1メートル”という結論を導き出すのも難しいでしょう。
しかし、個々の見立てを見抜くことが困難であっても、猫柳が“火にまつわる殺人”
(98頁)と“感電死”
(112頁)を予測してそれが的中していること(*5)から、見立ての全体像を推測することは必ずしも不可能ではないかもしれません。また、副題にもなっている“不可能犯罪定数”――“不可能犯罪の度合いを示す単位”
(156頁)がクローズアップされていることも、真相を見抜くための手がかりとなり得るように思います。
中井練が最後に明らかにする事件の背景、すなわち助手による“名探偵の乗っ取り”は、“名探偵”という肩書きが一種の権威となり得るこの世界ならではのものであると同時に、自ら探偵助手を目指す学生たちにとってショッキングな事実であることも確かで、特殊な設定が実にうまく生かされていると思います。その、探偵と助手の“不幸な関係”とは対照的に、本書ラストでの君橋君人の答え――事件を防ぐために命を投げ出す探偵・猫柳を、これまた命をかけて守るという関係は、探偵と助手のあり方として一つの理想ともいえるのではないでしょうか。しかし、それを聞いた猫柳の態度は……(ニヤニヤ)。
*2: その反面、法則性を見出すためには(数学の数列の問題と同様に)少なくとも二つの要素が必要であるため、猫柳をもってしても最初の二人の死は防ぎ得なかった、ともいえます。
*3: もっとも、本書の場合は物語が進むにつれて“次に誰が狙われるのか”も予測できるようになっていくわけですから、三人目の倉沢辰巳や四人目の貴崎通はまだしも、雨笠聖一殺害を阻止するのがぎりぎりになっているのは、少々いただけないところではあります。
*4: すぐに思い出せるのは、ジョン・スラデック『見えないグリーン』くらいです。
*5: さらには、(外れはしたものの)
“長い剣のような凶器で斬り殺される”(149頁)という予測も。
2011.12.17読了