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パンダ探偵/鳥飼否宇

2020年発表 講談社タイガ トB01(講談社)
「ツートーン誘拐事件」

 題名で示されているように、ホルスタイン→マレーバク(→Wikipedia*1)→ジャイアントパンダと、ツートーンカラーの動物たちが誘拐されていきますが、被害獣の共通項であるツートーンカラーに犯獣の狙いがあるのかと思いきや、狙う動物を犯獣が間違えたという“ゆるい”真相にやや脱力。とはいえ、“サイの破壊力は抜群だが、視力が弱い(32頁)と、他の大型草食獣に紛れ込ませてさりげなく伏線を張ってあるのが巧妙です。

 “なにか棒状のもの”(14頁)“なにか湾曲したもの”(53頁)“円錐形で、少し反り上がっていた”(75頁)といった凶器(?)の描写、そして“高さ二十センチメートルほど”(22頁)という低い位置の痕跡から、実行犯がサイであることまではおおよそ見当がつきますが、“なにか尖ったものが腰のあたりに当たって”(75頁)という証言で、角が二本あること――インドサイなどではなくシロサイ(→Wikipedia*2)であることを示してあるところがよくできています。

 一方の首謀者は、これまたさりげなく登場しているウシツツキ(31頁)(→Wikipedia(英語)*3)ですが、ナンナンが気づいた“背が高い”・“足音がしない”という特徴(45頁)に合致しますし、タイゴが出会ったラーテル(→Wikipedia)とミツオシエ(→Wikipedia)――獣と鳥の共生関係が手がかりとなっているのがうまいところです。そして、“極東でタケなんかを食っていた虫”(36頁)であるベニカミキリ*4の大量発生によって生じた、タケを食べさせるというジャイアントパンダならではの動機が秀逸。

 ちなみに作中では、ラーテルとミツオシエの共生を目にして“タイゴは誘拐犯の正体が誰だかわかった気がした。”(70頁)とされていますが、ナンナンの側の物語を知っている読者と違って手がかりが不足しているような気がしないでもありません。もっとも、タケ林の前でナンナンを発見して“思ったとおりだぜ”(72頁)と口にしているところをみると、ベニカミキリ(とツートーンカラーの被害獣)を手がかりに首謀者の目的まで見抜いて、その大型草食獣らしからぬ狙いから犯人たちの共生に思い至った、ということかもしれません。

*1: 母親の名前“タピ”は、学名のTapirus indicusから。
*2: “シムン”という名前は、学名のCeratotherium simumから。
*3: “ブファ”という名前は、学名のBufaga africanaから。
*4: 「昆虫エクスプローラ」内の「ベニカミキリ」などを参照。

「キマイラ盗難事件」

 一トンもの干し草を一度に持ち出すのはまず不可能*5な一方、出入りの機会を考えれば少しずつ持ち出すことも不可能ですから、干し草は密室内で消失した――前回の搬入に紛れて侵入した犯獣が、四ヵ月かけて食べたと考えるのが妥当でしょう。現場でタイゴが気づいた草食獣のにおい(106頁)も、搬入されるまでの体臭がその後四ヵ月も残っているとは考えにくいので、かなりわかりやすい手がかりとなっています。

 ということで、四ヵ月前に目撃された怪しい草食獣が犯獣であることは明らか。そして――“ミュール”*6が手がかり……というよりミスディレクションになっている感もありますが――“ロバにウマにラクダにウシにシカ”(169頁)という“キマイラ”の正体は、シフゾウ(→Wikipedia*7)の知識があれば見え見えです。とはいえ、Wikipediaで角がシカ、頸部がラクダもしくはウマ、蹄がウシ、尾がロバに似ている”とされているように、角のある頭部を見ればシカの一種であることは一目瞭然のはずが、雌なので“角はなかった”(161頁)ために、作中で謎として成立しているのがうまいところでしょう*8

 手前でも奥でもなく中間部の干し草が“盗まれた”理由は、“犯獣が隠れるため”でも十分だったような気もしますが、ターキン(→Wikipedia)がわざわざ中国から運んできた(111頁)、シフゾウにとっても故郷の干し草だったということで、しっかりした理由が用意されているところがよくできています。

*5: 現場から持ち出す手段だけをいえば、保管庫の裏側は開放されているわけですから、搬入の際に二ヵ月分の干し草を押し出して空間を作る、という手口であれば不可能ではありませんが、全員が共犯でなければならないので現実的ではないでしょう。
*6: ラバ(→Wikipedia)の英語(mule)そのままのネーミング――SFファンであればアイザック・アシモフ『ファウンデーション対帝国』の登場人物でもおなじみ(?)――なのでわかりやすいとは思いますが、「登場獣物紹介」では“ロバたちのリーダー”(92頁)と紹介されているのが絶妙です。
*7: “デヴィ”という名前は、学名のElaphurus davidianusから。
*8: さらにいえば、角の代わりに“体臭”(169頁)でシカの特徴を出してあるところもぬかりがありません。

「アッパーランド暗殺事件」

 まず現場で目撃された不審者については、見間違いであることは明らかですが、“たてがみがあり、四肢に縞模様を持っている”(224頁)という、いかにもライガーらしい特徴がよくできています。しかして、縞模様が柵の影だったのはまずまずといったところです*9が、たてがみのある動物が雄ライオンではなくゲラダヒヒ(→Wikipedia*10)だったという真相にうならされます。いや、正直よく知らなかったということもありますが、Wikipediaの写真の方はそうでもないものの、イラストの方はかなりライオンっぽいシルエットで驚かされました。

 ボノ大統領の顔が潰された死体は、これが人間であれば真っ先に“顔のない死体”トリックを疑うところですが、そもそも動物がどの程度まで獣相{にんそう}で個体を識別できるのか定かでない上に、異なる動物種の間ではなおさら困難だと考えられるので、動物ミステリゆえに“顔のない死体”トリックを想定しづらいという、非常に面白い状況になっているのが注目すべきところでしょう。そして、“瞳が真っ赤に見えて”(223頁)という目撃証言*11などで示されるアルビノの影武者を用意することで、動物でも意味のある“顔のない死体”トリックを成立させてあるのがお見事です。

 厳重な警備をかいくぐってアッパーランドに侵入した“見えない暗殺者”の正体が、ガラガラヘビのピット器官で感知されにくい変温動物、かつ塀を乗り越えることができるサイズ――アミメニシキヘビというのは納得ですが、死体損壊による血の匂いで興奮して大統領を丸呑みしてしまったという“オチ”(?)が何とも凄絶です。しかし、その後に大統領官邸で休んでいる犯獣の姿を目撃したコクマルガラスのジャッキーの、“立派なカーペットが丸めて置いてあった。”(202頁)という証言は……(苦笑)

*9: しかし、“柵は横木が三本渡してあります。”(243頁)というのは、事前に説明されていないような気が……。
*10: 用心棒の“セロ”という名前は、学名のTheropithecus geladaから。
*11: 山田正紀『おとり捜査官2 視覚』『囮捜査官 北見志穂2 首都高バラバラ死体』)で赤目現象(→Wilipedia)を知っていたので、“大統領の瞳が赤く見えたのは、光を反射したせいだろうね”(224頁)という説明に納得してしまったのが不覚です。

2020.07.22読了