巡礼者パズル/P.クェンティン
Puzzle for Pilgrims/P.Quentin
本書の終盤に配されている“多重解決”では、飯城勇三氏による解説でも指摘されているように、必要な手がかりが“後出し”気味ではありますが、“後出し”と割り切ってある分、(否定的な手がかりが出てくるまでは)それぞれの“解決”に説得力が備わっていると同時に、“後出し”の手がかりによって完全に否定されることで次の“解決”への移行がスムーズになっています。すなわち、どのような手がかりを持ち出して、どのように次の“解決”へつなげるか、が見どころといえるのではないでしょうか。
- 〈ジェイク犯人説〉
ピーターによる〈ジェイク犯人説〉は、“事件によって利益を得たのは誰か”という観点でいえば十分に納得できるものです。マーティンらの“感情面からの動機”が前面に出されている中で、それとは異質な“金銭面からの動機”による犯行なのが面白いと思いますし、マーティンらの動機の存在が恐喝のネタとして計画に取り込まれているのもうまいところです。
当のジェイクが毒殺されてしまったことは、直ちにピーターの推理を危うくするわけではありませんが、密かにサリーの屋敷への出入りを監視していたマリエッタの証言は、シンプルかつこの上なく強力な否定材料です。
- 〈マーティン犯人説〉
マリエッタはそのまま監視の結果――マーティンにしか殺害の機会がなかったことを示し、〈マーティン犯人説〉を唱えています。アイリスとマリエッタの証言を信用する限り、この“解決”は妥当といわざるを得ません。
マーティンの薬瓶の中から――ジェイクの命を奪ったもの以外に――毒入りカプセルが見つかったことで、マーティンの立場が〈犯人〉から〈標的〉へと鮮やかに反転しているのが見事です。
- 〈マリエッタ犯人説〉
〈ジェイク犯人説〉と〈マーティン犯人説〉が否定された結果、アイリスが消去法で〈マリエッタ犯人説〉を導き出しているのもうなずけます。殺害の機会があったのがマーティンだけだったと証言したマリエッタ自身が犯人であれば、作中でアイリスが指摘しているように犯行は可能です。
ここでマリエッタの動機を考えてみると、サリーに対する憎悪は主にマーティンとの仲を裂かれたことによるものですから、マリエッタがサリーを殺害したとすれば“マーティンを取り戻す”ためということになり、毒入りカプセルによるマーティン殺害計画と矛盾する……ようにも思われますが、ピーターとの結婚を希望するなどマリエッタの心が揺れ動いていたことも明らかですから、〈マリエッタ犯人説〉を否定する根拠とはなり得ません。
というわけでピーターは結局、薬の出どころがサリーだったことを思い出し、より説得力のある〈サリー犯人説〉を示すことで、〈マリエッタ犯人説〉を否定しています。
- 〈サリー犯人説〉
すでに死んでいるサリーが盲点となっているのはもちろんですが、サリーの計画がジェイクの乗っ取りによって形を変えている――警察に“事故死”と説明されるなど――ことで、真相が見えにくくなっているのが巧妙です。
一方、解説でも言及されているように伏線も見事ですが、特に印象的なのは(サリーが実際に発した言葉ではないとはいえ)
“ほんとよ、ピーター、死んだかいがあるってものだわ”
(214頁)という一文で、振り返ってみると大胆に真相を暗示している、実にユニークなヒントだと思います。難をいえば、薬瓶に複数の毒入りカプセルが仕込まれていたのは、うまくマーティンを毒殺できたとしても真相を露見させてしまうおそれがある(*1)ので、少々不自然かと思われます。本書の謎解きに不可欠なのはもちろんですし、サリーとしては確実にマーティンを殺したかったということかもしれませんが……(*2)。
ところで、本書のラストでアイリスは、“ひとりで旅をするには遠すぎるだろう。一緒に帰らないか?”
というピーターの申し出に対して、“そうは思わないわ。遠すぎやしないわよ……”
と断っている……ようではありますが、“その顔は明るく輝いていた。”
(いずれも337頁)という描写をみると、すでにこの時点でその心はよりを戻す方向に傾いている、と考えてもいいように思われる(*3)のですが、はたして……?
*2: ちなみに、本書と同じように“死者が犯人”である国内の長編では、このあたりが実にうまく処理されています(→(作家名)泡坂妻夫(ここまで)の(作品名)『乱れからくり』(ここまで))。
*3: 飯城勇三氏による解説の、
“次々作の『女郎ぐも』では、本作で破局したはずのアイリスと、よりを戻しているのだ。”(357頁)という記述が念頭にあるからかもしれませんが。
2012.11.21読了