六色金神殺人事件/藤岡 真
最初に出現する“ミイラ化した死体”はまだしも、二番目の“岡島厚雄殺し”はとても人間業とは思えないもの――とりわけ“本当に、仕掛けの痕跡もない”
(95頁)のであれば――で、続く“小野寺町長殺し”、“貴島麗子殺し”も同様。そうなると、実質的に考えられる“真相”は二つしかないわけで、「16 彦火火出見尊降臨」で謎丸緑司がそのうちの一つ――“彦火火出見尊(山幸彦)が神通力で殺した”という伝奇小説風の“真相”を示すのは、さほど意外ではないのではないでしょうか。
“神はその名に宿り賜う”という手がかりをもとに、“ヒコホホデミ→コホミヒデホ”のアナグラムによって“警察署長の古臣英雄(こおみひでお(*1))”が“犯人”だと名指しされる手順や、冒頭の“ミイラ化した死体”が“署長クラス”
(46頁)の警察官の制服を着ていたことなど、細かいところはまずますよくできていると思いますし、もともと“異色伝奇ミステリー”
と謳ってあることもあってこれはこれでも“あり”だと個人的には思いますが、あまりに“そのまま”なのも確かではあります。
ということで、続く「17 真実」では、前述の考えられるもう一つの“真相”、すなわちすべてが虚構――町興しのミステリーツアーだったという“真相”が明かされています。それだけみれば脱力ものではありますが、前述のように人間業ではない“殺人”や、駐車場に高く積もった雪の壁が“ただの雪の画割り”
(334頁)だったことなどから、こちらも事前に想定してしかるべきところでしょう(*2)。そして、それを(一応は)“謎―真相”として成立させるミスディレクションと伏線が、なかなかよく考えられています。
詳しい事情を知らないままイベントに参加することになった主人公・江面直美の勘違いによるところが大きいのはもちろんですが、賞金のかかったミステリーツアーというイベントの性格が巧妙で、他の参加者と相談するようなこともなく、また関係者は当然ながら虚構であることを伏せてロールプレイを続けるわけですし、逆に事件を“事実”ととらえた直美の行動もイベント参加者として違和感がなく、お互いの思い込みが後々まで続いてもおかしくない状況となっています。
その中にも、例えば“口髭の男”の“なにかヒントになるような話はありましたか?”
(101頁)という質問や、“銀髪の男”が“これって本当に合理的な解決ができるような事件なのかな?”
(145頁)と“署長”を問い詰めるところ、あるいは芸能レポーター・星野誠太郎の“なんだ、そんなこと? 本音の話じゃなくて?”
(190頁)という発言など、若干危ない箇所もないではないのですが、それでも強い違和感を抱かせることはなく、むしろ絶妙な伏線というべきでしょう。また、栗栖英輔に会うために地下道を通って祭祀場を訪れる直前の、“このドアの向こうで待っているのは人間ではない。”
(321頁)という直美の勘が、確かに当たっていた――人形だった(*3)――ことにニヤリとさせられます。
かくして、“六色金神殺人事件”は作中の現実から虚構へと移行しますが、そこから先が本書のものすごいところ。「18 長い影」で“中村京助警視”こと鷹柳康紀が示すのは、ミステリーツアーで“被害者”の役を割り振られていた星野がその中で実際に殺害されていたという“真相”で、虚構の殺人と現実の殺人とが重ねられた構図が非常に面白いと思います。そして殺害の動機から始まる犯人特定の手順が、最終的に“(星野に恨みを持っていた)鈴木明とは誰なのか?”という形を取っているのがユニークで、ペンネームを名乗っている謎丸緑司が犯人という結論も妥当でしょう(*4)。
……というのがミステリーツアーの本当の解決編で、“六色金神殺人事件”を“虚構内虚構”に据えたメタフィクション的な構造が秀逸です。さらにいえば、星野が“真の被害者”であることを示す手がかり――星野が出演するはずの番組に穴をあけていたこと――が、作中の現実レベルに用意されていることから、“虚構内虚構―虚構―現実”という三層構造ととらえるのが適切なのかもしれません。
その三層構造を強調するかのように、激しく虚実が錯綜する物語に巧みに紛れ込ませてあった現実の事件――謎丸緑司による鹿島勝男“殺し”が最後に飛び出してくるのに脱帽。その事件の背景となる、“六色金神伝紀”そのものが東元智衛門のでっち上げだったという真相は……まあ予想できなくもないですが、いかにも実際の出来事のように書かれた「プロローグ」の物語が、そっくりそのままパンフレットに書かれている(367頁)――謎丸緑司による掌編(66頁)――ところが何ともいえません。
さらには、殺されたと思われた鹿島が生きて登場し、突然の火山の噴火かと思いきや温泉の噴出と、最後まで徹底してフェイクで貫かれているのはさすがというべきでしょう。強引すぎるハッピーエンドもまた、これ以上ないほど本書にぴったりであるように思います。
*2: 似たような前例――ネタがネタだけに、作品名は完全に伏せておきますが――もあることですし。
*3: 栗栖の人形が登場した時点ですでに明らかですが、さらにカットバックの「20 神が身罷る日」で明示されています。
*4: 地味ながら、
“わたしの本名は、日本で一番多いと言われているくらい平凡な名前”(119頁)という伏線も用意されています。
2012.08.02読了