六花の勇者2/山形石雄
クライマックスを冒頭に持ってきた「プロローグ」は、ハンスを殺害した事実を確定させることで、モーラが“七人目”だという告白に信憑性を持たせ、読者をミスリードしようとする仕掛けだと考えられますが、どうもこれはあまり効果的でないように思われます。というのも、その後に「プロローグ」に至るまでの経緯が描かれる中で、モーラが不本意ながらテグネウに裏切りを強要されたのみならず、何とかテグネウを出し抜こうとしていることが明かされていくからです。
つまり、ハンスを殺害するという事実は残るにしても、前巻『六花の勇者』での“七人目”――ナッシェタニアとはまったく事情が異なり、モーラは積極的に凶魔と手を組んで〈六花の勇者〉に敵対するわけではないのですから、“本当に“七人目”なのか”――「プロローグ」での告白の真偽が、比較的どうでもいい問題になってしまうという大きな難点が生じることになります。さらにいえば、モーラが本当に“七人目”だった場合には他の六人の潔白がほぼ確定し(*1)、“偽者探し”が終わりになってしまうことを考えると、本書での話の進み具合だけをみても(*2)モーラが“七人目”ではないことは見当がつきます。
これについては、「プロローグ」がなかったとしても、モーラに焦点を当てて物語が進んでいくことで予想はできるかもしれませんが(*3)、「プロローグ」のせいでより見えやすくなっているのは確かでしょう。そしてもう一つ、ハンスが“首の動脈が切り裂かれて”
(11頁)死んだこと、さらに〈鮮血〉の聖者であるロロニアがハンスの治療を試みていることが「プロローグ」で明かされているために、ロロニアに目をかけて〈六花の勇者〉に選ばれるまでに鍛え上げたモーラの意図が、ほとんど見え見えになっているのも残念なところです。
一方、“聖者の釘がテグネウに効かなかったのはなぜか”に端を発するテグネウの謎については、細かい設定も含めて(*4)よく考えられているのは確かだと思います。が、しかし……三枚羽の凶魔がテグネウの“操り人形”だったという真相により、聖者の釘も〈言葉〉の聖者への誓いもテグネウ自身に影響が及ばず、どちらの謎も一度に解決できる――というのは一見よくできているようでいて、聖者の釘が効かなかった時点でテグネウの誓いの信憑性も怪しくなってしまうのが難しいところで、前述の理由とあわせて“モーラ、七人目は君だ!”
(243頁)というテグネウの言葉が嘘であることを疑わざるを得なくなります。
このあたりの割を食っている感があるのが早まった期限の謎で、せっかく(?)誓いに反しない範囲で盲点を突いた計略であるにもかかわらず、すでにテグネウの言葉に信が置けなくなっているために、今ひとつうまく生かされていないのがもったいないところです。もっとも、“このままじゃ、〈塩〉のウィロンがシェニーラちゃんを殺しちゃうんだよ!”
(210頁)という台詞で、テグネウがウィロンを騙したことは明らかになってしまうのですが……。
また、テグネウの正体を示す手がかりの見せ方――“支配種”や“イチジク”など――がやけに親切なために、その真相がかなり見えやすくなっているのも物足りないところ。ただしこれについては、一つには特殊設定ミステリに付き物の事情による手がかりのわかりやすさもあって、なかなか難しいところかもしれません。
(以下、特殊設定ミステリ全般に関わる話になりますので、気になる方は飛ばしてください)
特殊設定ミステリにおける特殊設定は、当然ながら何らかの必要があって導入されている――こう考えると、導入されている特殊設定がトリックや手がかりなど、謎解き部分に関係してくる可能性は高いといえます。裏を返せば、特殊設定ミステリではある程度宿命的に、トリックや手がかりの所在がわかりやすくなるきらいがある、ということになります(*5)。
本書でいえば、基本的な設定は前巻で示されているとはいえ、新たに導入された設定もいくつかあり、それが何らかの形で使われることはほぼ確実です。具体的にはもちろん、〈魔王ゾーフレア〉の特徴として紹介されている“支配種”の能力で、テグネウ(らしき凶魔)が登場する最初の六花大戦のエピソード(183頁~186頁)の中に紛れ込ませる工夫がされているものの、本来はここでわざわざゾーフレアの能力を詳しく説明する必要はないわけですから、それが手がかりとして使われることは予想できます。
(ここまで)
*2: すでに次巻が刊行されているのはもちろんですが。
*3: 次巻以降も同じような問題が起こりそうに思いますが、はたしてどのように処理されているのでしょうか。
*4: 聖者の釘が即座に死をもたらすわけではない点など。
*5: 特殊設定をそのまま使わずに、ひねりを加えて真相を見抜きにくくしてある作品もあるので、一概にはいえませんが。
2012.11.24読了