ロマネスク/瀬尾こると
本書最大の謎である、「第一章 3」に始まる独白パートの語り手の正体については、まず“生まれたのは、青い王宮だ。”
(23頁)とあり、その後に“世にも美しい姫君”
(89頁)と呼ばれていることから、王女であることは明らかです。そして、“母は側室として息を潜めていた。”
(137頁)とあるので、アレクシア王女ではあり得ない――となれば、残るはファティマ王女一人。
“母は、戦で略奪された敗戦小国の王女である。”
(136頁)とあるのも、アバーナがファティマ王女について“母君は他国の捕虜で美しい方でしたが”
と語っているのに符合する……かと思いきや、よく読み返してみると“奴隷に近い身分だと聞きました。”
(いずれも82頁)が違っていたりするのですが、いずれにしても、独白の主を(毒殺犯の正体と同じく)ファティマ王女だとミスリードする狙いがあるのは確かでしょう。
実際のところは、独白の中の“この案を聞いた父が池を掘ってくれた。この年にできた池と水路は”
(138頁)というあたりの記述が、胡戎魯がケ・イキョー国に現れた際の“王は男を宮廷に連れ帰り、水脈を探しました。(中略)古代ケ・イキョー王が作った地下水路を見つけて補修、男が言った通り水を得て”
(141頁)というエピソードとまったく違っていることで、独白の主が育った“王宮”がケ・イキョー国ではないこと――そしてもちろん独白の主がファティマ王女ではないこと――が示唆されています(*1)。そう考えると、該当しそうなのはゼノビアだけということになるでしょう。
ゼノビアによる独白とするには、占犂牟が書き記した“愚かなレツは奴隷の中から美女を見つけ出して妾にするのが趣味らしく、ゼノビアもその一人だ。”
(184頁)というその出自がネックになりますが、後に語られているような経緯で王女から奴隷に転落した(*2)のであれば、矛盾はないことになります。いささかあざといミスディレクションではあるかもしれませんが……。
語り手の正体が読者に明かされた後、“もう一つのサプライズ”が用意されているのも見どころで、その秘めた恋心は読者には事前に示されている(203頁~204頁)とはいえ、クライマックスで突然のバシリスクへの告白は――直前の、外(バシリスク視点)からの描写と内心の独白との、印象のギャップも相まって――なかなかの衝撃です。そして、独白によってその“少女のように怯えている”
(287頁)心が読者に示されているために、バシリスクに断られた後の毅然とした態度が一層強く印象に残ります。
“彼がケ・イキョーの王宮を歩いているのを見るだけで”(204頁)と、やや唐突に固有名詞が出されているのは、ミスディレクションを意図したものでしょう。
*2: 前述の、ファティマ王女の母の場合――
“母君は他国の捕虜で美しい方でしたが、奴隷に近い身分だと聞きました。”(82頁)という記述では、捕虜になる以前に
“奴隷に近い身分”だったと考えるのが妥当かと思われます。
2014.06.09読了