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  4. 赤死病の館の殺人

赤死病の館の殺人/芦辺 拓

2001年発表 カッパ・ノベルス(光文社)
「赤死病の館の殺人」

 奇怪な館の構造に現実的な意味を持たせてあるところは、やはり見事です(これほど何度も折れ曲がっている必要があるかどうかはやや疑問ですが)。そしてそれが、小清水龍磨に危害を加える手段につながっているところもよくできています。

 また、カラーコンタクトを使って部屋の色を誤認させるトリックは非常に秀逸で、トリックを成立させるための部屋の配色(の並び)も含めてよく考えられていると思います。新島ともかは普段コンタクトを着けていない(と考えられる)ので、眠っている間にコンタクトを着けさせられたことに気づいてしまいそうにも思えますが、ソフトタイプであれば違和感は少ないらしいので、寝ぼけていれば気づかない可能性もあるかもしれません。

 “神に誓って、あのとき夫の顔に切りつけたのは自分ではない。ナイフは小清水伊緒子以外の人間の手によって振るわれた”(98頁)(→ナイフに毒を塗ったのが伊緒子)および“あたしは、あのひとを殺してなんかいないんだから! そんなことを夢にも思ったことはなかったのに!”(99頁)(→“あのひと”とは夫の泰吉ではなく水死した兄)という二つの叙述トリックが仕掛けられていますが、このような犯人の心理描写に仕掛けるあざといトリックを多用しすぎではないでしょうか。この作品の場合には、登場人物が限られているために、叙述トリックくらいしか真犯人を隠す手段がない、というのも理解できなくはないのですが……。

 原子力に対する見方があまりにも一面的なのはいつものこととして、(おそらく)色盲に関する奥歯に物の挟まったようなやり取り(96頁下段~97頁上段)もいかがなものか。色盲ではないものの赤緑色弱の私としては、中途半端な言及はかえって気分悪く感じられますし、何より事件の状況を考えれば、可能性の一つとして一応は検討しておくべきものではないでしょうか。

「疾駆するジョーカー」

 見取図(133頁)を見た時点で、部屋の構造やレイアウトがあからさまに点対称なので、トリックはすぐにわかってしまいました。が、犯人を特定する手がかりは不足。森江はどうやら、見張り番を眠らせる手口や、歪んだ心理に基づく動機などから能見有雅が犯人だと見抜いたようですが……。

「深津警部の不吉な赴任」

 特になし。

「密室の鬼」

 二重の入れ替わりを利用した密室トリックそのものは、まずまずといっていいと思います。手順が複雑でわかりにくくなっているのも、状況を考えれば致し方ないでしょう。しかし、登場人物がトリックを使うに至った経緯にはかなり無理があると思います。

 まず前半、錦浦教授自身が殺人のアリバイ工作として密室トリックを準備したのはいいでしょう。協力を命じられた貞三が断り切れなかったのも、また密かに教授を裏切ったのもうなずけます。

 しかし後半、椋山に刺された教授を発見した丹野が、教授を密室へ戻そうとしたというのは今ひとつ理解できません。教授が丹野のオフィス(付近)で死んでいた場合、第一に疑われてしまうのは間違いないでしょうが、自分が刺したわけでもないのにそこまでするかどうか、大いに疑問です。しかも、教授が実際に絶命するまでかなり時間がかかっている*1わけで、医者ではない丹野がすぐに致命傷だと判断できるとも思えません。ここはやはり、素直に救急車を呼んでおくのが無難ではないでしょうか*2

 さらに問題なのが、貞三がわざわざ丹野のトリックに協力しているところです。貞三としては、どんな形であれ教授が死んでくれさえすればいいわけですから、自ら手を汚して丹野に協力する必要はまったくありません。教授自身の殺人計画に協力していたことが露見したとしても、十分に言い逃れが可能だと思われます*3し、何もせずに放置しておいた方が望ましいはずです。

*1: 午後三時四十三分に貞三が離れの様子をうかがいに行ったのは丹野の指示によるものだと考えられるので、教授は刺されてから少なくとも二十分以上生きていたことになります。また、一人で死体を支えて自力で歩いているように見せかけるのは不可能なので、教授が離れに戻る前に死んでいたとは考えられません。
*2: 教授がよほど強く丹野を恨んでいたとすれば、椋山ではなく“丹野に刺された”と偽証する可能性もないとはいえませんが、それを考慮に入れたとしても、教授の死に積極的に関わるのは危険が大きすぎるでしょう。
*3: 何といっても、教授自身が直接的な行為に及ぶ前に刺されてしまったわけですから、貞三を罪に問うことは難しいのではないでしょうか。
2007.03.04読了