ネタバレ感想 : 未読の方はお戻り下さい
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.113 > 法廷外裁判

法廷外裁判/H.セシル

Settled Out of Court/H.Cecil

1959年発表 吉田誠一訳 ハヤカワ文庫HM56-1(早川書房)

 “嘘のつけない男”という設定は一見すると面白そうなのですが、実のところはそうでもありません。フェアプレイを旨とするミステリにおいては、錯誤によって結果的に事実と反する証言をしてしまう場合を除いて、登場人物がむやみに嘘をつくことはなく、嘘をつく場合にはその必然性(例えば自身が犯人であるなど)が重視されることになります。つまり、もともとミステリでは原則的に嘘をつかない登場人物ばかりといってもよく、その中に“嘘のつけない男”を放り込んだだけでは、目立った効果は期待できません。

 そして、その設定をうまく生かすとすれば、本書のように叙述トリックめいた表現によって真相を隠すという手法しか考えにくいでしょう。実際、唯一思い当たる他の作品(I.アシモフ(以下伏せ字)「実を言えば」(『黒後家蜘蛛の会 1』収録)(ここまで))でも、同じ手法が使われています(ただし、こちらはややアンフェア)。そのため、真相が見えやすくなっている感はあります。

 また、“嘘がつけない”という設定を遵守しようとすれば、適切な質問をすることですぐに真相が明らかになってしまうことになります。本書の場合には、“あなた(ロンズデイル)がバーンウェルを殺した(あるいは“殺していない”)というのは事実か?”という質問をすれば、ロンズデイルは簡単に追いつめられてしまいます。しかし本書では、それを防ぐために(法廷外とはいえ)裁判というスタイルを採用したところが秀逸です。

 国や時代によって若干の違いはあるかもしれませんが、裁判というものは基本的に、真相を明らかにするというよりも起訴事実の真偽を争うという性格が強いもので、本書でも“ロンズデイルが人を雇ってバーンウェルを殺させた”という起訴事実を中心に進行していきます。したがって、ロンズデイルはそれを堂々と否定するだけでよく、核心を突いた都合の悪い質問が出ないことにも不自然さはありません。このあたりは非常に巧妙だと思います。

 見事に無罪を勝ち取ったロンズデイルを待っていたのは、因果応報ともいえる結末ですが、バーンウェル夫人のために人生最初で最後の嘘をつくその姿は強く印象に残ります。そして最後の、“「わたしも、そうしようとしたんですけれど」申し訳なさそうにジョウは言った。”という一文がかもし出す“とほほ感”がお見事です。

2005.09.22読了

黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.113 > 法廷外裁判