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凍るタナトス/柄刀 一

2002年発表 本格ミステリ・マスターズ(文藝春秋)

 まず、“手配師”伊坂の行動にはかなり納得がいかないところがあります。作中で伊坂は最終的に“白い最終審問官”横内潤子に裏切られ、サスペンション処置を受けることなく命を落としていますが、そもそも“不活状態”はまったく無力な状態であり、このサスペンション処置は自分の運命を完全に他者に委ねることに他ならないはずです。しかし、作中の描写からみて、伊坂がそこまで他者を信頼できる、あるいは楽天的な思考をする人物だとは思えません。つまり、自殺してサスペンション処置を受けようという発想自体、伊坂の人物像にそぐわないのです。
 また、時効に関するあまりにも甘い考えもいただけません。現在でも海外在住期間は時効の計算から除外されているわけで、これと同様に“不活状態”の期間も除外するよう法改正がなされるのは明らかでしょう。“不活状態”の間は逃亡することもできず、蘇生した途端に逮捕されるのは目に見えています。この点をみても、伊坂の選択は間違っているといえるでしょう。可能な限り逃亡を続ける方が安全なのです。
 にもかかわらず、本書のような結末になってしまったのは、氷村警部補にサスペンション処置を受けることを決意させるためであり、また娘の死体の首を切断した氷村には伊坂を追いかける時間が残されていないからでしょう。謎解き役である氷村自身が死体の首を切断することで、事件の背景を真に理解する、という趣向は印象的ではあるのですが、そのために前述のような無理が生じてしまっては、元も子もないのではないでしょうか。

 また、伊坂の扱いに関しては他にも問題があると思います。まず、瀬ノ尾珠紀の意思とは独立して動いているため、事件全体がまとまりを欠いたように感じられるのが一点。そしてもう一つ、伊坂の“処置”がはっきりしないため、氷村の決断が不安定になり、結末が落ち着きの悪いものになってしまっている点です。

 伊坂は非常に印象的なキャラクターとして描かれており、この作品には不可欠であるともいえるのですが、その動かし方によって物語に無理が生じているといわざるを得ないでしょう。このあたりがもう少し練り込まれていれば、もっといい作品になったのではないかと思うのですが……。

2003.07.16読了

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