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はなれわざ/C.ブランド

Tour de Force/C.Brand

1955年発表 宇野利泰訳 ハヤカワ文庫HM57-3(早川書房)

 本書のメイントリックそのものは、犯人と被害者の入れ替わりという非常にシンプルなもので、そこから派生する犯行時刻の誤認もさほど複雑ではありません。にもかかわらず、本書の仕掛けが“はなれわざ”の域に達している所以は、ひとえに“ヴァンダ・レインになりすましたルーヴァン・バーカー”という構図にあります。伏線としても、またミスディレクションとしても機能するこのダミーの真相こそが、作者の仕掛けの中心となっているのです。

 人物入れ替わりトリックの最も難しいところは、その伏線ではないかと思います。仮面や覆面を使う場合は別ですが、基本的には、入れ替わる人物の容貌がよく似ていることをどこかで示しておかなければならないからです。しかし、これをあまりはっきりと書いてしまうと、真相が見え見えになってしまうことはいうまでもないでしょう。
 ところが本書の場合、ヴァンダとルーヴァンの相似はまったく示されていません(見落としているところがあるかもしれませんが)――あの、“ルーヴァン”による事件の再現までは。つまり作者は、人物入れ替わりの伏線ができるだけ目立たないように腐心するのではなく、偽装を施すことで読者の目の前に堂々と伏線を示しているのです。

 一方、“ルーヴァン”自身が持ち出した“ヴァンダになりすましたルーヴァン”というダミーの真相が否定されることが、真相から目をそらすミスディレクションとしても機能しています。しかもそれに続いて、ルーヴァンがヴァンダを殺す動機、すなわち“推理作家ルーヴァン・バーカー”の真実が暴露されることで、ますます真相が見えにくくなっています。

 また、このダミーの真相が提示される流れがよくできています。ロッド夫人を救うために“犯人役のたらい回し”が始まるのも自然ですし、最後にコックリル警部が説明しているように、ヴァンダが真相を明らかにする一歩手前までいく心理状況にも納得できます。

 その他には、レオ・ロッドの“変心”という伏線もよくできていると思います。

2004.11.10読了

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