<本題に戻る>
「……さて、かなり脇にそれてしもうたが、“ミステリ”が“謎とその解決に重点を置いた作品”である、というところまではよいかな?」
「へえ」
「ようやく“ミステリ”の定義がはっきりしたところで、肝心の“本格ミステリ”、すなわち“本格的なミステリ”じゃが……」
「そうそう、それですよ、それ」
「“本格的”という点に関して、わしは二つの条件を付け加えたい。量の問題と質の問題じゃ」
<量の問題>
「まずは量の問題からいくとしよう。“本格的”なミステリというからには、ミステリとしての要素、すなわち謎と解決が作品の中心となっておるはずじゃろう」
「ご隠居、その、“中心”ってとこが、ちょっとわかりづれえんですが」
「言いかえるならば、謎や解決と無関係な要素が少ない、ということじゃ」
「へ?」
「たとえば、“SFミステリ”はSF要素とミステリ要素を兼ね備えた作品じゃが、そのSF要素が謎や解決に関わってくる場合には、謎解きが作品全体の中心に位置していると考えてよいじゃろう」
「なるほど。逆にそれが謎解きと無関係な場合には、作品の中の謎解きの比重が下がっちまうわけですから、“本格ミステリ”とはいえない、ってことですかい?」
「その通りじゃ」
<質の問題>
「次に質の問題じゃが、“本格的なミステリ”であるためには、ミステリの要素である謎と解決そのものが“本格的”でなければならん」
「まあ、そうですかね」
「ところで、“謎と解決”の本質とは何じゃ?」
「えっ!? そ、それはそのう……(急にそんなこと言われたって、わかるわけねえじゃねえか!)」
「謎なくして解決なし。すなわち“謎と解決”の本質とは、それがセットであること、つまり謎と解決がきちんと対応しておることじゃ。これは別に一対一対応でなくともかまわんのじゃが、とにかく謎に対する解決は何でもよいわけではなく、あまりにも突拍子もないものであってはならんのじゃ」
「つまり、謎に対する解決が論理的に導き出されなくちゃならねえ、ってことですね?」
「違う」
「え?」
「確かに“論理的な解明”は本格ミステリにおいて重視されることが多いのじゃが、わしはそれが必須であるとは思っておらん。なぜなら、叙述トリックを使った作品の大部分が、論理的に解明されないからじゃ」
「……そりゃそうですがね、そういう作品は本格ミステリじゃない、ってことにするわけにはいかねえんですかい?」
「先にも言ったように、わしはミステリを“謎とその解決に重点を置いた作品”と考えておる。そして、その“謎と解決に重点を置く”という姿勢を追求する点において、叙述トリックとそれ以外の間に差はないじゃろう。したがって、叙述トリックを使った作品を直ちに本格ミステリから除くのは、不適切だといえるのじゃ」
「てえことは、結局どうなるんで?」
「謎と解決がきちんと対応しているか否かは、その解決に納得できるか否かにかかっておる。すなわち、謎に対する解決に説得力が備わっているものこそが、“本格的”といえるのではなかろうか」
「……」
<必須ではないもの>
「ちなみに、この説得力を生み出す上で重要なのが“伏線”なのじゃ。この“伏線”の重要性に比べれば、“トリック”も“論理的な解明”も“結末の意外性”もものの数ではない」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ、ご隠居。まさか、“論理的な解明”のみならず、“トリック”や“結末の意外性”なんかもいらねえってえんじゃ……?」
「ええい、ごちゃごちゃとうるさい奴じゃのう。そのあたりは全部ひっくるめて本格ミステリに必須ではないっ!」
「そんな無茶苦茶な……」
「よいか、“本格ミステリの定義”と“すぐれた本格ミステリであるための条件”を混同してはならんのじゃ」
「はあ?」
「よいか、お前が挙げた“トリック”だの“論理的な解明”だの“結末の意外性”だのは、“謎と解決”の魅力や説得力を高めるための手段であって、“すぐれた本格ミステリ”には必要になってくるものかもしれん。じゃが、“本格ミステリ”に必須であるとはいえんのじゃ」
「……でも、そういうのがねえと、つまらなくなっちまうんじゃあ……?」
「うつけ者! まだわからぬかっ! “本格ミステリ”という言葉は、面白さや出来のよさを保証するものではないのじゃ! 出来のよいものだけをジャンルに取り込もうという、その了見が間違っとるっ!」
「ひええ(……またかよ。カルシウムが足りねえのと違うか?)」
<本格ミステリの定義>
「よいか? またまた脇にそれてしもうたが、先の二つの条件を付け加えると、“本格ミステリ”とは“謎と説得力のある解決が中心となった(無関係の要素が少ない)作品”といえるじゃろう」
「……わかりやした」(ぱちぱち)
「どうじゃ! この定義なら、『三つの棺』も『そして誰もいなくなった』も『毒入りチョコレート事件』も、『十角館の殺人』も『星を継ぐもの』も、さらには『六枚のとんかつ』に至るまですべて、(さほど)無理なく“本格ミステリ”といえるのじゃ。わはははは!」
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